第188話、氷ドームの下で、謎解きは始まるのか



一方、屋上では。


野暮天なことを今更ながら自覚しつつ、カナリとちくまのやりとりを影ながら見守っていた仁子がいた。

美里に『カナリの無事』報告した後、携帯を切って一息つき、屋上に続く扉の脇に寄りかかる。


それは、二人の間に入っていくタイミングが掴めず、手持ち無沙汰だったということもあるが。

今のうちに、仁子の頭の中だけで考え、纏めなければならないことがいくつかあったからだった。



まずは、結果的に耳にすることになった、ちくまの正体についてだ。


―――『始祖』。


世界を創りし十二の根源の子であり、年経ることにより疲弊した世界を再生する、象徴的存在。

ひとならざるもの。


それは都市伝説といってもいい、不確実不明瞭な噂だった。

カーヴ能力者の間だけで広まり、蔓延している根も葉もないもの、だと。


だけど……火のないところに煙は立たないと言うように。

どこからそんな噂が蔓延していたのか、仁子はずっと気になっていた。

噂ではなく事実であると考えた方が、まだ納得できる、とでも言わんばかりに。



そして。

やっぱり『始祖』の存在は事実であることを出張する人物がそこにいて。

仁子は、そのちくまの言葉を嘘や勘違いだとは思わなかった。


いや、信じたかった、

と言ってもいいのかもしれない。



誰もが考え、しかし答えにいたらなかった疑問。

それは……人と変わらない存在といってもいいファミリアが、どこから来たのだろう……といった、人間の種の起源を探ろうとすることと同義の疑問。


能力者の力を糧にして生まれるものだと、一般的に定義されているが。

仁子は、それはほとんどのファミリアには当てはまらないと思っている。


力による契約ならば存在するだろう。

例えば、美里とファミリアの契約をしているタクヤのように。


また、こゆーざさんのような存在だって、それが人道的に赦されるかどうかはともかく、『もと』となるものがちゃんとあるから、ギリギリ納得できる範囲と言えるだろう。



では、カナリや晶のような存在はどうなる?

仁子と全く変わらない彼女たち。

ひとがひとをつくるのは道理ではあるが、それにしてはその誕生はあまりにも時間を労せず、生まれたときから独自の思考と意志が確立されている。


それがファミリアと言う能力なのだ、なんて短絡的な言葉で納得したくはなかった。

そもそも、『パーフェクト・クライム』が『完なるもの』と呼ばれるのは、その能力がファミリアタイプであるから、らしいが……。

あんな存在を、人一人が創れるとは到底思えないからだ。


故に。

異なる世界から来た異なる世界の住人が。

能力者に喚ばれてやってくるのではないかと、仁子はずっとそう思っていた。


ちくまの存在は、そんな仁子の考えをそのまま証明するものでもあって。

そのための代価が……ファミリアの数だけ発している残酷な事実など、知る由もなく。


仁子は一つの光明を見い出していた。

晶やタクヤやこゆーざさんよりも前に、仁子が勝手に四人目のスタック班(チーム)だと決めていた一人の少女に。


―――『さつき』という、一人のファミリアの少女に。



『ファミリアは誰かの代わりでも身代わりでもない……』


そう、はっきり言えるのだと。

今、ちくまがカナリにそう言ったように。

今、カナリが自分を取り戻すことができたように、。

彼女だってきっと、生きる意味、といった高い壁を越えることができるのだと。




と……。


「よっしーさん! 大変だよ、ちょっと来てっ」


いきなりバン! と屋上の扉が開け放たれて、ちくまが血相変えて飛び出してくる。



「え? な、ちょっと!」


そのまま有無を言わさずぐいぐいと引っ張られて、仁子はつんのめりそうになりながら屋上へと降り立った。



「あ、え~と、盗み聞きするつもりはあったようななかったような~」

「あ、そ、そのっ、今のは違うんですっ!」


いつの間にというか、まさか気付かれていたとは、なんて思いながら言い訳にならない言い訳をしていると。

ばつの悪さと、羞恥の入り交じった顔で主語のない言い訳をしているカナリと目が合う仁子。


途端、なんだか悔しいようなもどかしいような、渋い笑顔を見せるカナリ。

たぶんきっと、仁子も同じような顔をしているはずで。


お互いになあなあにしておいたほうがいいかも、なんて無言の協定が結ばれたその時。

びゅうと、秋の始まりにしては冷たすぎる風が、仁子の肌を刺した。



「ほら、見て! すごくない、あれっ」


仁子とカナリがそんなやりとりをしていることなど全く気づいていない様子で、ちくまが興奮して叫ぶ。


内心、これはなかなかの難敵かもしれないよカナリっち。

なんて思いつつも、仁子はちくまの指し示す空を見上げる。

それにつられてカナリも空を見上げて。



「何あれ、氷?いつの間にあんなものが……」


そう、カナリが呟く通りに。

仁子たちのいる金箱病院と空の間に分け隔てる何かがあった。


空の青色と太陽の光が屈折し、透けて見えるそれは、病院をまるごと覆うドームのような形状をしていた。

硝子にしては透明すぎるし、鉱石ならば日を受けて溶け出すことはないはずで。


ぽとりぽとりと、天気雨のように、日の光を受けて煌めく水滴が屋上のコンクリートを濡らしている。

やはりそれは……氷でできた何か、で。



「う~ん、氷かぁ。それでなんだかちよっと前から寒かったんだね」


空を見上げたまま何気なく呟くちくまの言葉に、仁子ははっとなる。



「ちょっと前? こうなる予兆があったってこと? それっていつのことか分かる?」

「え? ……うーんと、すごく深くて広い地下を探検する、ちょっと前だよ」


畳みかけるような仁子の言葉に、ちくまは少し気圧されていたようだったが、迷うことなくそう答える。


「それって、新しくチーム分けしてすぐってこと? ……地下を探検って、そんなことしてたんだ」


なんだか楽しそうにちくまが話しているから、カナリはちょっと不満そうに唇をとがらせる。

確かに地下へ行っていたことは初耳ではあったが。

それは、この後皆で集合したときの話題に上がるはずで。


それよりも、仁子はちくまの話を聞いて、この氷のドームは、十中八九、塩崎克葉の力によって創り出されたものだろうと、そう予測を立てていた。


そうだとすれば、克葉の一連の行動や言動にも納得できるからだ。

ただ、それによって何がしたいのかについては……理解できなかった。


どちらにせよ情報が足りない。

地下の件や、爆発のも含めて、それぞれに起こったことをまとめてみる必要があるだろう。



「今の所、ちょっと寒いくらいで何も変わっていないように見えるけど……調べてみる必要がありそうね。とにかく、いったんみんなと合流しましょうか」

「そうだね、みんなの話聞か……へぶっくしょい!」

「……ちょっと、風邪? うつさないでよね」


言いかけてくしゃみをするちくまに対し、そう言うカナリもなんだか寒そうだった。

この寒さがどんどんと増していったとしたら。

寒いだけ、なんて言えなくなるかもしれない。



「えー? 大丈夫だよ」

「何? それはわたしのことを暗に馬鹿だって言いたいわけ?」

「な? なんでそうなるのさっ、こぶしにぎらないでってば!」


すっかりいつもの調子を取り戻している風のカナリに安心しつつ。



(どちらにしろ急いだほうがよさそうね……)


仁子はその不安を煽る思考をいったん遮るようにかぶりをふって、屋上を飛び出していく二人に続いたのだった……。



            (第189話につづく)






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