第189話、幽き本当の自分、大切な人に認めてもらえるなら……


それから。

集合場所である中庭に一旦集まって。

一同は、今までのことと今後の事について話し合った。


課題はいくつかある。

最初にあげられるのは、パームの者達についてだった。



まず、塩崎克葉。

仁子とカナリの前に現れた、金箱病院を覆う氷を創り出したであろう人物。

その、氷ドームの調査とともに、この病院のどこかに潜んでいる彼を捜す必要があるだろう。


次に仲村幸永。

これまた仁子たちと、晶とタクヤの前に現れた少女。

目的はいまいちはっきりとしないが、自ら攻撃する意志がないと言った克葉と比べても要注意人物だと言えた。


それから第三の敵と言ってもいい、赤い異形の存在がある。

ちくまによると、それは東寺尾柳一と言う故人のものらしい。

本人の姿は今のところ見当たらないが、それ故に厄介な相手と言えるだろう。


ただ、相手も慎重なのか別の意図があるのか分からないが、こうして合流している時に姿を見せることは一度としてなかった。

分散しているところを狙う算段なのかもしれない。


仁子たちは……敢えて三チームにわかれ、その算段に乗ることにした。

その事に異を唱えたのがタクヤだけで多数決で決まってしまった、というのもあるが。

索敵を除いても、やらなければならないことが山積みだから、と言う意味合いのほうが大きかったからだ。



というわけで。

各々の希望や素直になれない部分とか、それぞれに相対する意味を求めた結果。



第1組……仁子、弥生の二人は氷ドームの確認調査を。

第2組……晶、ちくま、こゆーざさんの三人は赤い異形による爆発元、地下の探索を。

第3組……美里、カナリ、タクヤの三人は、現在病院に残されたものたちの見回りをする事に決まった。



ただ、分散して行動するにあたって、問題が一つあった。

それが、氷ドームによるものなのかは分からないが、ついさっきまで通じていたはずの携帯が、一切通じなくなってしまったのだ。


それはつまりお互いに連絡が取れないのはもちろん、外との連絡も取れないことを意味していた。

それは唯一、AKASHA班(チーム)やネセサリー班(チーム)にあってスタック班(チーム)にはないもので。


たけど今は、ないものねだりをしている暇もなく。

結局、定期的に同じ場所に集合する、といった原始的な対応を取るしかなかった。

更に、それぞれの組が行動範囲を決めておき、集合時間になっても戻ってこないようなら、その組のフォローに回るのだ。

原始的かもしれないが、堅実であるのも確かで。



そうして。

仁子たちは、それぞれの組に別れて行動を開始したのだが。

メンバーの中で一人だけ、中庭に戻ってこなかった人物がいることに、一体何人が気づいていただろう?



その人物……『本物』の真光寺弥生は今。

金箱病院の、深い深い地面の下に、いた。





「いたた、なによもうっ。捕まえたかと思ったら急に放り出すってどういう了見よっ」


今はもうその場にいない相手。

波と化した赤い異形たちに向かって、一人愚痴をこぼす弥生。


ぱたぱたと埃を払いながら辺りを見回すと。

そこは、やはり明かりも何もないのにぼんやりと光る壁に両脇を遮られた、所謂人の手で作られたダンジョン、と呼べそうな場所であった。



先ほどのエレベーターと、地上に繋がる長い長い螺旋階段以外に下へ続く階段があったのだが。

それは、弥生達がやってきた螺旋階段から、エレベーターを挟んで一番奥まった場所にあり、確認する前に赤い異形に襲われ、流されなければ気付きようもなかったはずで。



「うう、こういうの性に合わないんだけどな……まぁ、こんなところに一人で『さつき』を放り出すわけにもいかないし、仕方ないよね」


弥生は、言い訳するようにそんなことを呟いて。

遙か向こうに見える未開のダンジョンの先にあるものを求め、歩き出す。



弥生が、『こういう』現状に甘んじるに至ったのは。

ある意味自業自得、といってもよかった。



赤い異形に襲われて、エレベーターに逃げ込んだあの瞬間。

目に見えない何者かの手でいいように踊らされているのが我慢ならなかった弥生は、エレベーターのドアが閉まる直前、自らの能力を発動したのだ。

―――【深真往生】と呼ばれる能力を。



弥生はその力を使い、閉ざされたエレベーターの扉を透過した。

そして、地面さえもどこまでも通過して落ちていきそうになる所を堪え留まっていたら、成す術なく赤い異形の波にのまれ、未知なる階段の先へと運ばれたのである。



そうなったのは、弥生自身が幽体、あるいは生き霊のような……物質透過、物質化のオンオフが自由自在な質量保存の法則を半ば無視できる存在へと変容していたからだろう。


それは一見、幽体離脱のように見えるが、実状は異なる。

あくまでファミリアに類する、もうひとりの自分を創り出す能力。

いや、能力者である弥生自身がドッペルゲンガーめいた、『もうひとりの自分』になる能力だと言えた。



何故もう一人の自分になる能力なのか。

それは、能力発動によって生まれ出たファミリアが、能力を解除するまで自分のほうが本物であり、弥生が仕えるものと信じて疑わないというころにある。


そう、まさしく、自分は人間であると信じていたカナリのように。

彼女がそうであることに気づいた時。

弥生も美里も、彼女の主に対して怒りややりきれない気持ちを抱いたのはそこにあった。

同族嫌悪だったと、はっきり言ってもよかったかもしれない。


ただ、そんな自分を否定したかった。

一番よく見られたい人物に自分の能力が、『本物と能力、思考、姿の変わらない身代わり……影武者を創る』だと、したり顔で評価されるのが、悲しかった。

そんな彼女と自分を、それぞれ対等の、別個の存在だと証明したかった。


カナリのように、誰とも違う自分をこの世界に留めてくれることを信じて。

今までは能力発動の時、弥生自身が『さつき』なっていた。


そのままで別にいいと思っていたけれど。

カナリのように、面と向かって真実を告げなければならない時が来るのだとしたら、『さつき』が『さつき』であることを知っても、強い自分でいられるように、導いてあげたかった。




(……ちょっと冷静さに欠けてたかもしれないわね)


だというのに、前しか見えていなかった結果、

自分だけ取り残されることになってしまった。

単独行動の危険さくらい、弥生自身重々承知していたはずなのに。


相手の思惑通りに進んでいるような、からかわれているみたいな感覚が我慢ならなかったのだ。


とはいえ、エレベーターが閉じる瞬間に目に入った、さつきの心配げな表情見てしまえばいたたまれないのも間違いなくて。



「この先に何があるのかさっさと調べて、早く戻らなきゃ」


一人ぼっちになるとついつい独り言が多くなる自分を自覚しながら、弥生は長い長い通路を進む。



一見真っ直ぐに見えるその道は、しかし緩いカーブを描いていて。

やがて見えてくる、壁から発するものとは別種の明かりが見えてきた。


それは、エレベーターのあった広いフロアと同じ、蛍光灯のものだったらしい。

エレベーターのあったフロアに比べると、心なしか小さめのフロアに辿り着く。


赤く光る、リノリウムの床。

煉瓦の模様の入った、コンクリートの壁。

やはり、真ん中には中に何かがあってもおかしくなさそうな円柱型の巨大な柱があった。



(……またエレベーターでもあるのかしら)


だとしたら乗るべきか乗らざるべきか。

そんなことを考えながら、弥生は柱の角を曲がる。



「……」


そして。

エレベーターの代わりにあったもの。


それは……祭壇のようなものだった。

ようなもの、と表現するしかなかったのは。

そこに奉られていたものが、あまりにも場違いだったからだ。

弥生が呆然とした後に、思わず鼻で笑ってしまうくらいには。



「なんで、こんな所に……?」


弥生はなんだか脱力しつつ、それに近づく。


それは油断。

それは慢心。


そして何より、それが自分を害するはずはないと、弥生は信じきっていた。

いや……今となっては信じたかった、と言うべきなのかもしれない。




「……っ!?」


それの目が、弥生を捉え、数秒後。

突然空気の潰され押し出される音がしたかと思うと。

辺りに真っ白な煙のようなものが充満し始める。


慌てて口を塞いだが、遅かった。

手のつけられないほどの凶悪な睡魔が弥生に食らいつき、意識が深い海の底へと沈んでゆく。



「……っ」


弥生は抗うように手を伸ばしかけたが……それも一瞬で、重力のなすままに崩折れる。


それは。

目の前に奉られしものが、ここにいる意味に気づいてしまったからだ。


弥生には、抗えない。

抗う気も起きなかった。


何故だろう。

その表情には、微笑みすら浮かんでいて。



「……っ」


弥生が何か呟いたが、それは誰にも届かなかった。

そのまま、白い白い霧が、弥生を隠してゆく……。



              (190話につづく)






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