第190話、でこぼこマスコットトリオ、地下への再挑戦



―――第二組(ちくま、晶、こゆーざさん)、ナースステーション跡地。




「んー。やっぱり、ここから降りればさっきの地下室に行けるのかなぁ?」


爆心地に残っていたうつろな穴を覗き込みながらちくまが呟く。

そのすぐ傍には、心なしか眠そうにも見える晶が、何をするでもなくそんなちくまを眺めていた。


そして、そんな晶の頭上にはこゆーざさんがいる。

美里の頭の上にいる時はなんか落ち着くから、なんて理由しかなかったが、今こゆーざさんがそこにいるのは、晶の監視のためだった。



自分の正体に関すること。

一度集合した時にはそれを晶が口にすることはなかったが。

電話の件といい、どこか伺い知らぬところで彼女が動いているのを知った以上、目を離さない方がいいと、そう思ったのだ。


新しい組分けの時に、晶の頭に張り付いて離れなかったことを、美里は不思議そうにしていたけれど。




「降りてみてもいいかな?」


そんな二人に気づいているのかいないのか、ちくまはわくわくした笑顔でそう問いかけてくる。


「……こんな足場も先も分からないとこをおりてくの? だったらあっちのエレベーターとか階段とか使ったほうがはやくない?」


対して、それこそ猫でもかぶってるのか、先程までのこゆーざさんへの態度はどこへやらで、最もな言葉を口にする晶。




「うーんと……あっちはさ、もう一回通ったからさ。つまんないじゃん。おんなじ道通ってもさ」

「……」


しかし返ってきたのは、お前は何しにきたんだと思わずツッコミたくなるものだった。



「そう思うなら別にわたしは構わないけど……」

「構わぬかっ。常識で考えろっ!」


こゆーざさんが我慢できたのは一瞬で。

ちくまの言葉にあっさり頷こうとする晶のつやつやの髪を引っ張って抗議する。



「……こゆーざさん、痛いよ」


さっきまでのやりとりなんか忘れましたと言わんばかりに、晶は涙目でこゆーざさんに文句を言う。


「こゆーざさんってけっこう乱暴だよね。ぼくも頭かじられたことあるもん」

「ひとの頭の上に我が物顔でいすわってる時点で性格悪いのはわかってたんだけどね。さっきから頭の上から離れてくれないの」

「人の気も知らずに好き勝手言いよって。おまえらが間違った行動をしようとしているから、口を挟みざるを得ないんだということを自覚してもらいたいわっ」


もしかしたらこれが彼女の素なのかもしれない。

ずいぶんと饒舌な晶に、こゆーざさんはいささか面食らいながらも、そう言葉を返した。



「間違ってるの? ぼこぼこして真っ暗ですごく楽しそうだけど」


すびしっ!


「いてっ」

「それが間違ってるといってるんだ。楽しいとか楽しくないとか関係ないだろう。これは世界を守るための戦いなんだぞ?」


自分が臆面もなく言える台詞じゃないな、なんて内心思いながらも、きっぱりはっきりそう言ってやる。


「でもさ、エレベーターはなんかへんだし、階段もふつうの階段じゃなかったよ? たぶん、誰かの異世じゃないかなあ。もう一回来ることだって予想してるだろうし、かえってそっちの方が危ないかもしれないよ?」

「うっ」



最初に会話したときにも感じてはいたことだが。

一見、天真爛漫純粋無垢で何も考えなさそうに見えるちくまだが、どうやらただ楽しいからでなく、そこまで考えての言葉だったらしい。


広い視野と先読みの力があるというか、それはどこか老練された経験からきているような、そんな印象を受けた。



それは、こゆーざさん……いや、小柴見あずさだった頃の記憶を刺激する、そんな感覚だった。

まるで、どこかでちくまとこうして言葉を交わしたことがあるかのような気がしていて。



(いや、まさかな……)


こゆーざさんは頭を振り、内心一人ごちると。

晶の頭の上から降り立ち、穴の入り口に前足を立てて覗きこむ。



「ふむ、百パーセントこの道に罠がないとも言い切れないが……さすがにあちらさんもここを下ろうとする輩がいるなどとは思わないだろうよ。よし、ならば私が先頭を切ろう。遅れずについてこれるものならついてくればいい」


もちろん自分たちがファミリアである以上、相手側にファミリアがいれば気配を悟られないように行動しようと考えるのは意味のないことではあるが。


意表を突く意味では、その選択もありなのだろう。

こゆーざさんは、器用にも意地の悪そうに笑ってみせると、そう言葉を残して、すぐさま闇の底へと踊り消える。



「うわっ、ちょっと待ってよ!」


その笑みにつられるように、慌ててちくまはそれに続いて。


「……まぁ、確かに。ここから下ろうだなんて、誰も思わないよね」


晶はしみじみと言葉を反芻し、しかし躊躇なく後を追うのだった……。






初めは狭く、まさしく大地に根を張るように道が枝分かれしていて、降りるのにも時間がかかったが。

ふと、両手両足に触れる土の感覚がなくなったかと思うと、その道とも呼べない道が垂直に落ちていくのを自覚するこゆーざさん。


土の色さえ分からない闇と、足場のない落下する感覚は、なるほど、ただの人間であったのなら、通ること容易ではなかっただろう。


それは潜在的な恐怖すら感じるかもしれない。

だが、こゆーざさんの瞳は、その闇に混じる微かな光を見逃さなかった。

それは、重力に抵抗せず加速度的に落下していったため、一瞬で大きくなり、やがて視界いっぱい広がってゆく。

こゆーざさんが目を細めてそこへと突っ込んでいくと、最初に見えたのはリノリウムの赤い地面だった。



「……ほっ!」


それが、一度見たことのある場所だと認識しつつ。

一息はいてこゆーざさんは、くるくる回転しながらその地面へと降り立つ。

ぶるっと体を震わせて土簿こりを払うと再度辺りを見回した。



「……ふむ。どこから下っても辿り着く場所は同じか」


そもそも、赤い異形はここにいて地上へと上がってきた訳なのだから、それは当たり前のことなのだが。

ちくまの言う通り、この地下がまるまる異世であるなら、その当たり前も通用しないだろうことも確かで。

いささか拍子抜けしていると、やがて頭上から聞こえてくる騒がしい声。



「おーちーてーるーっ!」


木霊するちくまの声はなんだか楽しげで。

こゆーざさんがすっとその場を離れると、大量の土砂とともにちくまが落ちてきた。

だん、と音立てて両足でリノリウムの地面を踏みしめる。


「う~ん、やっぱりこゆーざさんの方が早かったね」


そして、何事もなかったかのようにそう言うと、微笑んだ。

もういっそ、清々しいほどに。


「あとは晶さんだね」


見上げる天井。

そこにいれば直撃だと言うことを分かっていないのか、それとも狙ってそこにいるのか。

そんな益体もないことを考えていて、一瞬だけ、晶が降りてこないという選択が頭をよぎったが……どうやらそれは杞憂だったらしい。



「わ、わ、あ、危ないっ!」


まるで人間のような(もちろん皮肉だ)狼狽っぷりを見せる晶に、ようやくちくまは自身の愚かさ加減に気づいたようだった。


「え? わ、どうしよっ」


狼狽えている暇があったらさっさと退けばいいだろう、なんて思いつつも、こゆーざさんはそれを口にはせず。

変わりに、すっとちくまに近づいたかと思うと、容赦も遠慮もなしの足を繰り出した。



「うぅぐぉうっ!?」


それでも受け止めようと両手を上げかけていたちくまは、抵抗すらできずに顔に似合わない声上げて吹っ飛んでいく。


「……っ!」


何が起こったか分からない晶は勢いがつきすぎたせいなのか、変に体勢を崩し頭から落ちてくる。

そんな晶を、こゆーざさんは前足……ではなく、白魚のような手のひらひとつで受け止めた。

逆さ吊りのような格好の晶の髪が、地面につくほどのぎりぎりで。



「受け身もとれんようなら立派な猫……もとい、ファミリアにはなれぬぞ?」


ちくまがエビフライと称した、黄金の三つ編みを揺らして、こゆーざさん……いや、あずさはそう言う。

それこそ子猫でも扱うような身軽さで晶の首根っこをつかんで、しっかとリノリウムの地面に足つかせ、そして、何かを催促するような意地の悪い笑みを浮かべた。



「……その、ありがとう、ございます」

「いや、礼には及ばんよ。なんだかんだ言いながら、主に私のことを言わないでくれたことに感謝しているんだ」


なんだか複雑な顔で晶が頭を下げると、返す言葉で、打って変わってあずさは柔らかな笑み。



「まだ分からないじゃないですか」


すると、晶はなんだか憮然としてそんなことを呟く。

それは、なんと言えばいいのか……自分をもっと怪しがってほしがっているというか、かまってほしいと主張しているような、そんな印象を受けた。


まぁ、彼女が秘密裏に動いているのは確かだろうが。

彼女が神をもだます功夫の使い手でない限り、少なくともあずさには、彼女の行動理念に悪意はないだろうと、そう思えた。

そこにはむしろ、必死さがあって。


だからこそ、そんなこと失念していたんだろう。


彼女を舞台の演者として動かす存在こそが、神をも騙さんとするものであることを。



            (第191話につづく)







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