第191話、サウザン・ロマンティカの昔語りと情熱を奪うもの
「うぅ~。こゆーざさん乱暴~」
と、そんなやりとりに口を挟むように、ちくまが半ベソで抗議してくる。
「失敬な。あれが一番てっとり早かったのだから仕方がなかろう」
「その割には、えぐるような『やくざキック』だったけど」
「その表現は美しくないな、お嬢様キックとでもよんでもらおうか」
一部始終を見ていた晶がすかさずそう言うが、あずさは悪びれずにそう言葉を返す。
「こゆーざさんってお嬢様なの?」
「……言葉のあやだよ」
このネタは通じないか、なんて内心思いつつも。
やっぱり彼女は自分たちのことを全て知っているわけでもないんだな、なんて実感する。
「って、よく見たらこゆーざさん前に見た女の子になってるじゃん。晶さん、友達だったんだね?」
「……?」
しみじみとそう言うちくまに、お互い顔を見合わせる。
「ほら、なんて言うの? 今見てたらさ、きょうだいみたいな仲良しに見えたんだよ」
「兄弟……か。ファミリアである私たちには形骸的なものでしかないはずなのにな」
そう聞いていやな気分じゃないのは、今もまだどこかでそんな関係を求めているからなんだろうな、なんて思い、あずさは自嘲めいた笑みを浮かべる。
「兄弟がいたの? 向こうの世界に?」
「……」
何気に呟いた風の晶の言葉。
向こうの世界。
思わずあずさは息をのんだ。
それは、ファミリアのタブーだったからだ。
この世に具現化したファミリアは全て、こことは異なる世界の住人なのだと。
たが、ただのファミリアならば、その事を自覚することはあり得ない。
自分達が命を代価にしてこの世界に来ていることなど、知ってはならないことだった。
それは、現世を生きるものが前世を知りえないことと同義だからだ。
かといって、それは絶対知ることのできないもの、というわけでもなく。
死人か、第三視点を持つ存在か、はたまた人以上の存在か。
少なくとも、こゆーざさん自身を含めたここにいる三人はそれらに類する、ただのファミリアではないことが言えるわけで。
「あれ? 晶さん知ってたんだ? ……うん、そう言う風に呼んでいいひとはたくさんいたよ」
そう言うちくまは、心なしか寂しそうに見えた。
「いたと言うことは、今はいないのか」
そして同時に、ちくまの言葉に違和感を覚えたあずさは、気づけばそんなことを口にしていた。
「こゆーざさんっ」
窘めるような晶の言葉。
分かっている。
自分がちくまの傷かもしれない部分に塩を塗る行為をしているってことは。
だけど、言葉を止めることはできなかった。
「君は……残されたのだな。新しい世界の、再生の象徴である、始祖として。生き残った新しい人類の希望として」
その辺りの事情は知っているのか、うつむいて顔を伏せる晶。
言われたちくまは、しばらく天井に顔を向け……やがてあずさに向き直る。
「よく、わかんないよ。それまでずっと、ふつうに暮らしてたんだ。だけどある時、その当たり前の日が、消えちゃったんだ。きょうだいも友達もクラスメートも先生も。周りにいるほとんどのひとがいなくなっちゃったんだ。『ロウ師匠』は言ってたよ。僕の世界は、すべて嘘だったんだって。……だから僕はここに来たんだ。嘘が嘘でなくなるために」
それは本来……聞いてはならない話なのかもしれなかった。
それは未来に生きる、ちくまの使命で。
必然的に今のこの世界の行く末を暗示することになるからだ。
一度集まった時に、仁子がちくまの正体ついて言及しなかったのはそこにある。
今のこの状況で、自分たちのしていることが無駄になるかもしれない、なんて考えたくなかったから。
「『ロウ師匠』というのは?」
あずさは、自らの失態を痛感しつつ、話題を変える。
すると、何かに怯えるように晶の肩が跳ね上がったのが分かった。
どうやら彼女は、そのもののことを知っているようで。
それを訝しげに思っていると。
「ロー・ランダー・ヴルック。僕の世界に本当に存在していた数少ないひとりで、『金』の根源って呼ばれる、僕のお師匠さまみたいな存在、かな。僕は、ロウ師匠のおかげでここまで来ることができたんだ。……全部思い出したのはついさっきだけど」
すぐにちくまが、それに答えた。
思い出したことが今さっきであることに、何らかの意図があるのはまるわかりで。
つまり、それの意味するところは。
「……ふむ。そのロウ師匠なるものが、ちくまや晶に命を下したもの、というわけだな?」
まず、そういうことなんだろうなって思ったわけなのだが。
「え? 晶さん、ロウ師匠の事知ってるの?」
ちくまはそのことを知らなかったらしい。
晶はそんなちくまを見て、一つため息をつき。
仕方ない、とでも言わんばかりにあずさの方へと向き直った。
「そうだよ。わたしは……ううん。わたし以外にもたくさん、『ロウ師匠』さんの言葉に従って動いてるはずだよ。……実は、その人の名前、わたしも今の今まで知らなかったかんだけど、みんなには『ピカピカ光るひと』ってよばれていたわ」
「一体何が目的なのだ?」
晶の渋々と言ってもいい言葉に対し、すぐさまあずさはそう言葉を返した。
それは、そう言った晶がそもそも『喜望』のトップである榛原会長の推薦でここにいることを考えれば、予想のつくことではあったが。
恐らく……直接言葉で確認をしたかったのかもしれない。
「もちろん、決まってるよ。あんな悲劇を二度と起こさないために、だよ」
「それは……」
もう終わったことに対して言っているのか、
これから起こることに対して言っているのか。
敵対すべき相手でないことは、よかったというべきだろうが。
その真意を問うことは、彼女にはできなかった。
「ちくま、おまえもそうなのか?」
代わりに、もはやあまり意味のなさない問いかけで自身を誤魔化す。
「え? ……えーと。あの、確かにあんまり悲しいことは起きてほしくはないよね」
「ずいぶんと客観的だな。所詮異世界の住人であるお前には、この世界は関係のないものか?」
「そんなことないよ、異世界なんかじゃない。おんなじ僕の暮らす世界だもん! ぜったい守るんだ、この世界を」
問いかけは、やはり意味のないものだったらしい。
そこにはどこまでもまっすぐで強い瞳があって。
晶も、ちくまも、必死で生きていて。
申し訳ないなとあずさは思わずにはいられない。
「そうか……聞くだけ野暮だったな。おまえたちはそのためにいつでも頑張ってるんだなものな。私にはそこまでまっすぐはいられないから、なんだかうらやましいよ」
何故なら、自分は既に幕から降りてしまっているから。
「……こゆーざさん」
晶は、そんなあずさの真意を汲んだかのように、心配げに名を呼ぶ。
それは、ついさっきまでの晶とは大違いだった。
あずさは、その事がなんだか気になった。
「それって、こゆーざさんは違うって事?」
そこに、事実晶とは違って何も知らないだろうちくまが、そんなことを聞いてくる。
「違う……んだろうな。少なくとも私という存在理由は、妹の心の安寧にある」
「こゆーざさん、それは」
「秘匿しなければならないことだと、そう言いたいのだろう? だが今、私はおまえたちが心に隠し持つべき事を聞いてしまった。等価交換だよ。……いや、そんなものは言い訳か。私はね、晶。おまえが私のことを知っていると分かって、おまえに疑念を抱いた以上に、救われた気になったんだよ。このつらい思いを、自分以外に知っているものがいたのか、ってね」
「で、でも、わたしはっ」
本当に晶自身が知っていたわけではないと、そう言いたいのだろう。
「だからこそ、さ。私は楽になりたい。自分勝手だとは思うけれど、知って欲しいんだ。私のことを」
今、確信を持って理解する、晶のこと。
晶は同じなのだ。
自分の意志で操り糸に従う人形のごとき自分と。
紡ぎ出された今までの言葉に、本意はあっても本音はなかったんだろうと。
「こゆーざさん……いいの?」
さっきとは違う、晶の呟き。
それは、自分でいいのかと言った、申し訳なさそうな呟きで。
「いいとも。何せ、私たちはとても仲睦まじい間柄なのだからな。そうだろう? ちくま」
あずさは笑顔でそう返し、ちくまのほうを見やる。
しかし、当のちくまは、既に二人のやりとりに目を向けてはいなかった。
じっと、天井を見上げている。
「どうかしたの?」
そのただならぬ様子に、晶も同じように天井を見上げる。
そこは、今自分たちがやってきた穴のある場所だった。
つられてあずさも天井を見上げていると。
「来るっ!」
さらにちくまの顔が引き締まったかと思うと、鋭くそう叫んだ。
瞬間、天井から何かが爆発したかのような揺れが起こり、ぱらぱらと土埃がこぼれ落ちてきて。
一見、それ以上は何も変化がない様子だったが。
今度ははっきりと、螺旋階段の入り口が上から降りてきた岩壁で塞がれたのが分かって。
「出口を塞がれた!?」
それを理解したのは、ちょうど晶がそう叫んだ時だった。
「エレベーターっ」
ひどく狼狽した様子を見せる晶を背に、ちくまは弾かれたように駆け出す。
はたしてそこにはちゃんとエレベーターがあって。
その扉の向こうにある箱物が下方から上がってきて。
停止を意味する鐘の音が鳴ったのは。
油断なくエレベーターの壁を見据えるちくまの隣に何とか追いついたその時だった。
そして、ひと心地つく間もなく、その扉が開いて。
そこから出てきたのは……。
『弥生』だった。
ほんの一瞬だけ、霧散する緊張感。
「……もう、待つのは疲れたわ」
それは、ある一面における真理。
その場の誰もが、その言葉を理解するよりも早く。
まるで、開け放たれたことで溜まっていたものが吹き出すがごとく、弥生の白桃色のアジールの風がちくまたちを襲った。
「うわっ!?」
「な、なんでっ? ど、どうしてここにっ!?」
突然の行動に固まる二人。
目の前の弥生が偽物であることに気付けたのは、あずさだけだった。
滑らかな動きで降り降ろされる弥生の手のひら。
その先にはちくまがいて。
「っ!」
いやな予感がしたんだろう。
条件反射で構えたちくまの手には、緋色のトンファー。
その動きだけでも驚異的に見えたが……
「かわすのだ、ちくまっ!」
あずさが叫んだが遅かった。
まるで手応えもなく、あっさりと弥生の手のひらがトンファーを貫通し、ちくまの体ですら通過したからだ。
「えっ?」
ちくまがずいぶんと間の抜けた声を上げて。
「【深真往生】ファーストっ! スパイス・ロアっ!!」
それに返すように、弥生の力ある言葉か響いて。
「がっ、あっ……」
ぼう、と。
ちくまの体から白い炎のようなものが弾け出て。
「まずは一人」
弥生とは思えない感情のない声で、そいつは呟いた。
そこで晶もようやく、そいつが弥生でないことを理解して……。
(第192話につづく)
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