第二十五章、『まほろば~Nostalgia~』
第187話、気づけば周りはファミリアだらけ
ちくまがカナリの元へと辿り着く、少し前のこと。
残ったメンバーは、単独行動を避け、各々カナリを探すことになっていたのだが……。
晶はひとり、その言葉を聞かずに駆け出していた。
それは、スタック班(チーム)のリーダーである弥生の言葉に反するが、
しかし何の根拠のなく、晶はこんな単独行動に出た訳でもなかった。
沢田晶と言う一個の存在に与えられた使命。
沢田真琴と言う一個の存在に与えられた使命。
主であるレミと言う一人の少女のために。
やらなくてはならないことがあったからだ。
ただ……ファミリアである自分たちならば、同じファミリアであるカナリの居場所はある程度わかってもいた。
それは、自分はもちろん、タクヤやこゆーざさんについても同じだろう。
カナリの心情はともかくとして、それほどの大事になることはないだろうと晶は踏んでいた。
まぁ、そう晶が思ったのは、それより何より、そこに行くべき人物は自分ではなく、その場に座するほど野暮ではない、と言う気持ちのほうが大きかったが。
「……」
そんな晶の向かうのは、病院の入り口ロビーだった。
本来ならば、病院という場所において最も賑やかな場所である。
だが今、その場所にあるのは静寂だけだった。
入り口の全面ガラス張りのドアから零れる太陽の光だけが、その静寂が無機質になることを留めている。
ここが存在するものを選択する異世ならともかく、ここは現実である。
打ち捨てられることのない限り、こと病院という場所においてこの光景は……あり得ないはずだった。
「……」
しかし、その光景を目の当たりにした晶は。
一瞥をくれただけでまるで避けるように視線を外すと、目的の場所……緑色の公衆電話のところに向かった。
何故ならば、目の前の状況の経緯を、晶は知っていたからだ。
カーヴに関わったもの以外のすべての患者は、今日の朝までには他の病院に転院することが決まっている。
残された者は、カーヴに触れたもの……しかも、極秘密裏な審査の果てに選ばれたものたちだけだった。
その経緯を知っているのは、晶の主を含めた『喜望』の中でも上のもの数人に限られる。
この場を任された、弥生にすらその情報が伝わっていないのは、端から見れば問題だろう。
急に転院をしていった患者たちや病院関係者の姿を見て、弥生たちが訝しがるのは当然の反応であると言える。
だが……。
選抜されてここに残っている意味を伝えるわけにはいかなかった。
彼女たちは、あくまで偶然の上での被害者でなければならない。
いや、被害者、という表現は相応しくないかもしれなかった。
打ち捨てられたのはこの病院ではなく、それ以外の場所なのだから。
それは、人の歴史を本当の意味で途切れさせないための残酷苦渋の策。
晶は、このシナリオを描く人物のことが、時々ひどく恐ろしくなる。
もしかしたら……『パーフェクト・クライム』すら、彼にとっては全うに生きるための渇きを癒す手段でしかないのかもしれない、なんて思ってしまうほどに。
でも、それでも。
かの存在に人間らしい一面があるのも確かで。
……真光寺弥生という少女がここにいることが。
かのものを地に留めおくエゴであることが……ただ救われる。
『金』の根源と名乗るものが、完全な存在でないことにひどく安心するのだ。
晶は、そんな思考の合間で誤魔化すように。
そんなシナリオ通りの台詞を電話の相手方に伝える。
自分の感情や意志を、全て殺して。
ただの、舞台演者として。
元は、一人のマスターを守るためだけにあったファミリアでありながら。
『酌量の余地のない悪人』に仕立て上げられた哀れな男……梨顔トランの息の根を止める、残酷な台詞を。
晶たち自身にも、友である稲葉歌恋の心を救うためといった、裁く理由があるとは言え……その仕打ちがただの時間稼ぎでしかないことに、やり切れない思いを抱きながらも。
そうして。
滞りなく電話を終えて役目を終えて。
自分を取り戻す瞬間だけが、晶にとっての救いだった。
あとは向こうにいる真琴に全てを任せるだけ。
晶に妹と言う概念が許されるなら、そう言って差し支えない彼女に後を託さなければならないことは……非常に心苦しいことだけれど。
(わたしだって大変なんだから、許してくれるよね)
言い訳めいた心の呟きが出て、深呼吸でもするように……晶は自嘲めいたため息をつく。
と……。
まさにそのタイミングで。
「おまえ、そんな所で何をしている?」
疑心をたっぷりと含んだ、
晶が初めて耳にする少女の声がする。
その瞬間。
逃げ場のない恐怖が晶を包み、びくり、と晶の肩を跳ね上げさせる。
それは……見知らぬ人物に急に声をかけられたから、ではなかった。
彼女が現れるそのことすらも、予め伝えられ、定められていたこと、だったからだ。
身に沁みて分かっていたことだが……。
あまりに思惑通りに進む事態に未だ慣れることのない自分を晶は自覚していて。
できるのなら出てきてほしくはなかったと。
暗に気持ちを込めながら……自分が冷え変わっていく感覚に、身を委ねる。
「おんなじ言葉を返すよ。……小柴見あずささん?」
そして……晶は自分でも驚くくらいの冷たい声で、そう返した。
「何故その名を?」
そのことを知っているのか。
狼狽した様子の呟きと、場に満ちる張り詰めた空気が辺りに満ちる。
それは、当然の反応だろう。
今まで会ったことすらないのに、晶は名を呼んだのだから。
「……ううん、やっぱり今まで通り『こゆーざさん』って、呼んだ方がいいのかな?」
そして。
晶はわざとらしくも、敢えてそう言い直した。
静寂とともにある緊張の中に、深い疑念が混じる。
これで彼女は、沢田晶と言う人物に、捨て置けないほどの疑念を持ち続けるだろう。
「おまえ、一体……どこまで知ってる?」
「ごめなんさい。すべて、とは言わないけれど……わたしは、あなたが主に何をおいても秘密にしておきたいことを、知ってる」
……瞬間。
晶があずさ、と呼んだ少女の山吹く色の瞳に、苛烈な炎が灯った。
ぶれる彼女の姿。
晶に向かって吹き付けてくる烈風。
気付けば、目の前……首筋に白刃を突きつけられていて。
「……何を企んでいる?」
事と次第によっては。
その言葉の先がなくても彼女が何を言いたいのか、容易に伝わってくる行動だった。
「私は何も企んでないよ。……私はただの、ファミリアだから」
晶はそんな彼女に対し、全く動じる様子もなくそう答えた。
「……私を脅す気か?」
晶の言葉の意味を、彼女もよく分かっているのだろう。
さらに増す、その場の緊張感。
「それで世界が救えるのならそうするかもしれないけど……そうじゃないから」
晶は、そんな緊張感を吹き飛ばすように笑った。
それは、答えになっているようでなってない、そんな呟きで。
そこには確かに、晶自身に対する自嘲と苦悩が含まれていて。
ふと、鳴り響いたのは晶の持つ携帯の着信音。
自分が戻ってくる感覚。
「あ、美里さんからだ」
晶が呟いた言葉に、少女の顔が青褪める。
握る手に力が籠もったが。
「あ、カナリちゃん無事だったんだね。分かりました。……うん、こゆーざさんも一緒だよ。すぐに戻ります」
晶はあっさりと電話を終え、少女の方を見た。
「カナリちゃん、見つかったみたいだよ。戻ろっか、えっと……こゆーざさん?」
「……」
続く言葉への理由と真意がつかめない故に、気付けば向けていた刃を下ろしていて。
そのまま駆け出す晶に、少女は何も言うことはできないのだった……。
(第188話につづく)
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