第186話、一秒前の君にも、二度と会えないのだから



「【瀑布連砲】っ!!」


そして……元来た道を引き返して。

気づけば慎之介は、そう叫んでいた。

偽物の唇が同じ言葉を紡ぐより早く。



「なっ!?」

「……っ!」


その声を後ろ手に聞いた慎之介の偽物は、さっきの柳一の偽物とまったくもって同じような、信じられない、といった叫びをあげる。


あまりに同じで、まるで茶番のようだった。

もしかしたらそういう演技指導を本物の柳一から受けていたんじゃなかろうかって、そんな益体もないことまで考えてしまう始末。



一方の美冬は水浸しでボロボロで。

怒りという感情に底がないことを思い知らされるとともに、交錯する視線の中に含まれる様々な感情が、深く慎之介の心に突き刺さる。



「炎呼びし年経た露よ! 紅蓮と爆ぜ真理を暴かせっ!」


慎之介は感情の高ぶりのままに謳う。

繰り出した水の螺旋に、一見変化はないように見えたから……慎之介の偽物は驚きはしたようだが、既に学習済みのものと判断したのだろう。


迎え撃とうとすることもなく、悠然と向き直る。

その滅多にというか、基本的に生で見ることはない慎之介自身の顔に嘲り含まれる嫌な笑顔のままで。


それを見た慎之介が渋面になるのは当然のことだっただろう。

それは、偽物とはいえ美冬に自身の醜い部分を見せてしまったってこともあるが。

慎之介の能力が変質した、という情報を、目の前の偽物が受け取っていないという事実による部分のほうが大きかった。


てっきり、柳一の偽物が学習した慎之介の情報が、目の前のこいつには伝わっているのかと思ってたのだが、どうやら違うらしい。


目の前のこいつは既に用済み、つまりはそういうことだろうか?

それを考えると思わず渋い顔にもなろうというものだ。


慎之介には、本物の柳一が考えていることがやっぱり理解できなかった。

その目的が、ただただ慎之介たちを滅しようするといった、単純なことじゃない気がしたからだ。

まるで、慎之介らに試練を与えて成長を促そうとしているようにも見えて……。



「だ、誰っすか! あんたは」


目の前の偽物は慎之介の攻撃を結局避けることもなく、両腕でカードしながらそう叫ぶ。

何も知らず慎之介を演じ続けている姿が滑稽で、哀れだった。



「な、なんすかっ、その顔はっ」


慎之介の内心の気持ちが、顔に出ていたらしい。

そこでようやく張り付けていた笑顔を止める。



「すまないっすね。美冬さんを傷付けた時点で、あんたの末路は決まってた」


慎之介はそれに答えるでもなく、ただ静かにそう呟いて。

無詠唱カーヴによる、小さな水鉄砲を撃ちだした。

その中に、電子を内包したものを。

それを見た、慎之介の偽物はあざ笑い、あっさりと手で振り払う。


なんだか人間みたいだと思うとなんだか侘しいものも覚えたが。

その瞬間、小さな水鉄砲に含まれていた電気がパチッと弾けて火花が飛んで。



それが、名もない慎之介の偽物の……最期だった。



「……ギッっ!?」


全身に浴びたのは水溶性のニトログリセリン。

小さないかづちを糧に無惨な爆発物へと変容したそれは、偽物の纏っていた慎之介の姿を焼き付くし、その中の真実を曝け出す。


名も知らぬ、自己の存在すら確かめようもない、『紅』の姿を。

たが、それも一瞬のことで。



あたりの景色と不似合いな熱風が慎之介の肌を焼く頃には、そこにはもう何も残っていなかった……。




         ※      ※      ※




「し、しんちゃん、だよね? 今度はほんとうの……」


と、随分と遠慮した様子で、背中越しに声がかかる。

慎之介はすぐに振り向き、それに答えた。

偽物の笑顔を極力真似して、意地悪そうに。



「実はさっきのが本物の長池慎之介だ、って衝撃的な結末でもいいっすよ、美冬さん?」


すると美冬は泣き笑いのような表情をして。


「そ、そう言う意味じゃないもんっ。私、しんちゃんをほかのひとと間違えたりしないよっ。だって、今だって爆発からさりげなくしんちゃん庇ってくれたじゃないっ、そんなのしんちゃんしかいないし。そ、それであのっ、今のはね、しんちゃんがあんなに強かったなんて知らなかったから、なんか見違えたっていうか、かっこいいなぁって意味だもんっ!」


いろいろなことがあって混乱から抜け出せといないのか、うまくまとまらないうちに、だよもん星人っぷりを発揮しながら、思うがままにまくし立ててる美冬。



「あぁ、そうっすね。オレだって今の今まで知らなかったっすよ。……今まで生きてきてこんなに怒ってるの初めてかもしれないっすからね。新たな自分って奴を発見した気分なんすよ」


あんまり意地悪してるとほんとに子供みたいに泣き出してしまいそうだったから。それには素直……かどうかは分からないけど頷いてみせる慎之介。



「怒ってる……も、もしかして、今も?」


美冬は、あえて強調した部分な気づいたらしい。

恐る恐る聞いてくる彼女に、慎之介はまじめな顔でで言ってやる。



「もちろん。実は……美冬さんとオレの偽物とのやり取り、見せてもらったっすから」

「……ふぐっ」


するとその途端、しゃくりあげて泣きべそ顔になる美冬。

見る見るうちに顔色も悪くなって。



「ストップ。泣くのはちゃんとオレの話を全部聞いてからにしてくださいっす」

「し、しんひゃん……?」


思わず両頬を押さえながらそういうと、涙目ながらもきょとんとする美冬。

慎之介はその隙をついて言葉を続けることにする。

思えば、美冬から離れたたのも、自分の力に無意識のうちに限界を決めてしまったのも、ずっと逃げてたからなんだろう。


だけど皮肉にも、既に逃げ道は塞がれていて。

覚悟、しなくてはならないのだろう。

これからのお互いのために。



「美冬さんとオレが一蓮托生になって……それを重荷に感じてたのは紛れもない事実っす。偽物の言ってたことは、オレの本音だっていってもいいかもしれない。いつかいつか言おうって思ってたけど、気まずいのが嫌でずっと黙ってたっす。ごめん、黙ってて」

「……」


頬を挟まれたままの美冬の瞳から、失われていく希望の色。

慎之介はそれが失われる前にと、言葉を続けた。

あの後に続くはずだった、その言葉を。



「でもね、美冬さん。あいつが最後に発した言葉だけは本当じゃないんすよ。ついでに美冬さんは早とちりのうっかりものっすよ。確かにオレは、自分が死ねば美冬さんの命を奪うことになることをプレッシャーに感じてる。だけど、オレはそれが嫌だなんてまったくこれっぽっちも思ったことなんてないんすよ。オレはむしろ、その重圧を誇りに思ってる。だから……だからオレは怒ってるんすよ! その誇りを、あいつが偽物だと分かってて! オレのためって勘違いして捨てようとしている美冬さんがっ!」


最後のほうはほとんど叫びに近かった。

その叫びには、美冬が落ちれば契約が解けるというひどいウソへの糾弾も含まれていた。


いや、ウソと言うには少し違うのかもしれない。

何故ならば、人ではない美冬に能力者として落とされるなんて事は、ありえないからだ。


確かに契約は解かれるのだろう。

美冬との永遠の別れによって。



だから、慎之介は怒ったのだ。

あがいた結果の結末ではなく、美冬が自分の意志でその選択をしようとしたことが……許せなくて、悲しかったから。



その気持ちは、美冬に通じていたはずだった。

だけど、その瞳にはいまだ陰りがあった。

美冬はそっと慎之介の手から離れるようにして言葉を続ける。



「しんちゃん……ありがとう。そんな風に思ってくれて。でも、でもね。私が取り返しのつかない嘘をついたのは事実なんだよ。私の都合でしんちゃんにひどい罪をかぶせるところだった。知らないことが一番の罪だってわかっていたはずなのに」


美冬はそこで言葉を止め、また一歩下がる。


「だからね、やっぱりこんな私は……しんちゃんのそばにいちゃいけないんだよ。だって、このままいたってしんちゃんをくるしめるだけだ……っ」


慎之介は、最後まで言わせなかった。


何故ならば。

美冬のいない世界なんて願い下げだったから。

美冬が目の前から消えないうちに、さっきの慎之介みたいに逃げ出さないうちに、きつく抱きしめる。




「し、しんちゃん……なんで?」


ぽつりと出た美冬の言葉には、本気で疑問が含まれていて。

なんだかそれがすごく悔しくて。

慎之介は、さらに強く抱きしめ、叫んだ。

こころが伝わるようにと。



「なんでって……好きだから! 好きだからに決まってるじゃないっすか! 確かに嘘をつかれたことはすごく嫌なことだけど、だからってキライになるんだったら好きになんてならない! 辛いことや重圧が誇りに思えるのは! それだけ美冬さんが好きだからなんだよっ!」



たぶんそれは、美冬を失いたくないあまりの我が儘にも似た怒りからくる勢いで。

普段の流線型な慎之介だったら、なんてこっ恥ずかしいこと言ってんだって、間違いなく思っていただろう。


でも、今は……自分をさらけ出すことに恥ずかしい、なんて思ってしまうことが、とても悔しいことだって、悲しいことだって、そう思っていて。


その様は、抱きしめるっていうよりも、子供が親に抱きついてるようにも見えただろう。

でも、とにかく慎之介は必死で。

なんだかんだいってもそれは、かなり情けない姿ではあったわけだが。





「えへへ。しんちゃんに初めて好きって言われたよ~」


初めて会った時に見たような。

最高の笑顔を見せてくれたから。

情けなくてもそれだけで十分すぎて。



「……そうだったっけ?」

「そうだよぅ。私が好きだって言ってもしんちゃん誤魔化してばっかりなんだもん」


膨れた顔をした美冬の澄んだ青い瞳から涙が一粒こぼれた。

誤魔化してたのはたた恥ずかしかったからだけなのだが。

それがよくなかったのだと、慎之介は身に沁みるほど沁みきっていて……。



「ごめんっす。……これからはちゃんと伝えるから」


なにがあっても、後悔しないように。

そう思えるようになったのは柳一のおかげでもあるような気がして。



「私も、ごめんね。ずっとしんちゃんのそばにいられる自分であるように、がんばってがんばってがんばるから」


そこにどんな意図があるのだとしても。


この一瞬は感謝しようと思う。

一秒後のことは分からないけれど。


今、目の前に世界で一番の大切な人が、笑っているのだから……。



            (第187話につづく)






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