第395話、これから先の未来、笑顔だけでは乗り切れないから
―――金箱病院、信更安庭学園。
迫り来る終末に向けて、人々が避難するための場所は。
地下という地下がその対象であった。
世界の主要機関、各局テレビ、ラジオでの緊急避難の発令がされてから。
大半のものはそれに従い、地下へと避難していったわけだが。
中にはその意思があるにせよないにせよ、未だ地上に残っている者もいた。
単純に避難し遅れているもの。
メディアや、他人の意見を鵜呑みにせず、応じようとしないもの。
自身がどうなってもいいと、自分の運命は自分で決めると思ってるもの。
あらゆる情報がシャットアウトされていて、世界の危機に気づいていないものと様々であるが。
無謀と分かっていても、万が一にでもその滅亡の危機を救えると信じて。
そのために様々な観点を持って立ち向かわんとしているものは、そう多くなかっただろう。
そんな中でも、前々からしていた約束があったから、向かわなくてはいけない場所があると。
危機感があってないような思考でいたのは、知己くらいだったのかもしれない。
向かうのは、桜咲中央公園に隣接している、浜辺を利用したキャンプ場であった。
『あおぞらの家』の子供たち主催で行われる、アニバーサリーパーティ。
今回は、9月の誕生日の子たちを祝う会である。
このような状況になっても、中止の連絡はなかったから。
知己自身が過去に宣言した通り、仕事があろうがなんだろうが、絶対向かうと決めていたのだ。
何も知らない者達が、そんな知己を見れば、ふざけるな、そんな場合じゃないだろうと弾劾を受けるだろう。
知己は、そんな事は百も承知で開き直っていたのだ。
自身は皆の世界のヒーローにはなれないって事を、重々に理解していたから。
(当たり前だけど、交通機関は麻痺してる、か。運転する車もないし……こりゃ走るっきゃないかな)
知己のカーヴ能力は強すぎるが故にあまりに特殊で。
当然のように歌にありがちな、空を飛んだり舞ったり、という事はできない。
騎乗できるようなファミリアを作り出したり呼び出したりもできないし、フィールドカーヴめいた力を使って遠いところへ瞬間移動、なんてこともできなかった。
故に知己の移動方法は、己の際限のないアジールを身に纏ったランニングのみである。
それは妹の仁子にも言える事だが、知己は生まれつき身体能力がある意味人の範疇を超えていた。
今となってはカーヴによらない過去の幻想……超越者の存在がカーヴ能力者の間で認知されてはいるが。
両親が不明で出生の分からなかった幼き頃は、きっと自分は人間ではないと思い込んでいる節があった。
幸い、身の回りの人たちは、そんな知己に理解があって虐められたりする事はなかったわけだが。
その頃は、カーヴ能力者として鍛え、戦うためだけに作られたモノとして。
無機質、無感動であった自分を、知己は不意に思い出していて。
(んー……なんでだろう? やっぱりさっきまで見ていた夢のせいなんだろうか)
公園のベンチに、見えない何かの力で縛られ、動けないでいる様は。
まさに幼き頃の知己そのものといってもよかった。
そこから救い出してくれる人がいなかったら、今頃どうなっていたのだろう。
他愛もない妄想にすぎないが、きっと『パーフェクト・クライム』とは似て非なるものになっていたような気がしていて。
(もし己が『そう』だったのなら……)
『パーフェクト・クライム』はどうなっていたのだろう。
共存できずに、どちらかが消えていたのだろうか。
あるいは、知己自身が『パーフェクト・クライム』の代わりとなって、存在せずに済んだのだろうか。
益体もないことではあったけれど、夢見が良かったのか悪かったのか。
どうしても、そんな『もしも』の事を考えてしまう。
(ま、色々無駄に考え込んでも仕方ない、急ごう)
アニバーサリーパーティは、9月5日に行われる。
何気なく携帯を確認すると、9月2日を指していて。
あと三日あると見るべきか。
もう三日しかないと見るべきか。
とにもかくにも急がなければと、両足にアジール込めて、ダッシュで駆け出そうとして。
「……おーーいっ! ともみく~~んっ!!」
金箱病院の方向から聞こえてきたのは。
親より聞いている馴染みの声。
立ち止まり振り返ると、そこにはサッカーボール大の青光りする鞠のような物体、ご存知ダルルロボ……法久のファミリアが、足裏のジェットを駆使して、中々のスピードでこちらへ向かって来るのが分かって。
「ちょっと待つでやんす~っ! おいらを忘れちゃダメでやんすよーっ!」
「法久くん! 来てくれたのかっ」
元より一人で向かう腹積もりではあったのだが。
それでもやっぱり一人で向かうのは不安があったのは確かで。
思っていた以上に安堵している自身に驚きつつも、到着を待っていると。
法久は器用に中空でスライディングのような仕草をして、知己の目前で見事に制止した。
「いやぁ、その。なんて言うか、サボってるわけじゃ……ないと思うんだ、多分。こっちの方が怪しいなって、ちょっと偵察をね」
そんな安心感に、思わず言わなくてもい言い訳がついて出てしまう知己。
それに対し法久は、皆まで言うなでやんす、とばかりに小さな腕を回しつつ言葉を返す。
「分かってるでやんすよ。知己くんは知己くんがやりたい事をやればいいのでやんす。今までも、ずっとそうだったじゃないでやんすか。おいらの仕事は、そんな知己くんを最後まで見届けること、でやんすから」
それは、法久がこうしてファミリアとして動くようになってからの、二人の約束事であった。
知己的には、これからの世界の結末を、戦わずして見届けて欲しいと言う意味合いの方が大きかったわけだが。
法久はそれを、知己の動向と取ったのだろう。
言われてみればライブの時も、瀬華に身体を預けた時も、いつだって側にいて、見守っていてくれたのだ。
今更別行動と言うわけにはいかなくなっているのは確かで。
「そうか。うん、分かった。じゃあ行こう。桜咲中央公園へ」
「がってん承知、でやんすよ!」
理由は語らないし、聞かない。
それが二人のスタイルだったから。
「あ、そだ。法久くん、自慢のジェットで己とともに飛べたりしない? ほら、背中にしょったリュックスタイルとかさ」
「いやぁ、おいらはあくまで偵察機、でやんすからねぇ。しゃべるカメラがドローンしているようなものでやんすし、実際問題はし以上のものは持てないのでやんすよ」
「お嬢様かよっ……って、確かに法久くんが何か持ってるとこ見た事なかったわ」
ならば仕方がない、ダッシュで向かうから先導または後追いよろしく、とばかりに二人が駆け出そうとしたその瞬間であった。
その、二の足を踏ませるがごとく、携帯の着信音が鳴り響いたのは。
「……知己くん、この着信音って」
タイトルは、『未来のため、もう一度』。
自作だからと。
無理やりにでも設定させられていた、たった一人のための着信音である。
「……うずさん、だと。そんなまさか」
ネセサリーの一人である彼は。
とっくの昔に『パーフェクト・クライム』によって命を落としたはずなのに。
だが、そう思う一方で。
知己たちはパーム……あるいは『パーフェクト・クライム』によって幾人もの死者、犠牲者が蘇ってきているのを見ていたのだ。
まさか、と思ったのは。
それすなわち、うずさん……宇津木ナオまでもが、パームの一員として蘇ったのかもしれない、と言う事で。
「もしもし……知己だが。うずさん、なのか?」
知己は、色々な意味で緊張感を覚えながら。
恐る恐るな自分を出さないようにして。
ゆっくりと、携帯の向こうにいるであろう人物に声をかけたのだった……。
(第396話につづく)
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