第396話、始原のビート、蔑ろにすることなかれ
「もしもし……知己だが。うずさん、なのか?」
知己は、色々な意味で緊張感を覚えながら。
恐る恐るな自分を出さないようにして。
ゆっくりと、携帯の向こうにいるであろう人物に声をかけると。
『……ふふ。ぼくのこと、忘れちゃたのかい? もうこれで三度目の邂逅だって言うのに』
アナログに、法久と知己とで顔を近づけるようにしていると。
返ってきたのは、着うたに示される通り、たしかにうずさん、宇津木(うつぎ)ナオのものなのに。
聞いたそばから忘れてしまいそうな、茫洋とした声で。
「お前はっ……もしかして、オロチっ?」
相手の三度目という言葉を吟味し、知己が出した答えはそれであった。
隣の法久が、まさかと狼狽した声を上げる中、ご名答とばかりに弾んだ声が返ってくる。
『くくっ、あっさり看破するとは、流石だね。やるじゃあないか。今日はね、知己……きみに、素敵なお知らせがあって、こうして電話をかけたんだ』
一度目は、オロチとして。
二度目は、峯村富太として。
知己の前に、自ら立ち塞がってきた人物。
だが、知己や法久が驚きと動揺を隠せないのは、オロチから電話がかかってきたからではなく。
今までどうして気付かなかったのか分からないくらいの、オロチ=うずさんの構図であった。
一度でなく二度も。
こうして蘇ってきたオロチ。
その没個性で他人になりすまし近づいてきたオロチ。
その時点で気づくべきであったのだ。
それが、『ネセサリー』の一人、宇津木ナオの能力、【才構直感】そのものに等しいという事を。
法久の『スキャン・ステータス』すら欺くそれは、かつてそれにこう記されていた。
AAAクラスファースト。
視認した能力を7割程度の力で模倣できる、『ドラマーミック』。
セカンド。
コピーした能力を指定したものに貼り付ける事ができる、『カッティング・シンバ』。
サード。
視認、認識した人物そっくりに変身する、『フェイク・フッドラ』。
思い返せば全てが『パーム』という団体を形成するものとして繋がっているのが分かる。
『パーフェクト・クライム』により死したものが過去の故人の能力を使えるのも。
故人自体が復活したように見えたのも、その大体が彼と東寺尾柳一の能力に依るものだったのだろう。
それを今の今まで気づきさとられなかったのは。
それらの能力に依らない、うずさん生来のものだったのだと言えるのだろうが。
そうなってくると……。
「それじゃあ、お前が『クリムゾン・バタフライ』なのか?」
『何を言い出すかと思えば。違うに決まってるじゃないか。って言うか、人がせっかく取って置きの話題を提供しようとしているのに、おかしな横槍を入れないでもらえるかな。いや、別にいいんだけどね。ぼくはきみの大切な人がどうなろうともさ。……ああでも、あながち外れてはいないのかもねぇ。きみから大切なものを奪おうとしているのは、きみの言う『クリムゾン・バタフライ』なのだから』
パームの……全ての元凶。首魁=うずさんでもあったのかと。
勢い込んで聞くも、返ってきたのはあっさりとした否定と、知己の不安と焦燥を煽り掻き立てるためだけに発せられた、どこか芝居掛かったそんな言葉であった。
「……っ、どう言う事だっ!?」
大切な人。
まさか美弥が狙われたのだろうか。
知己を陥れ、罠だと分かっていても引き寄せるために。
そう思っただけで、携帯がみしりと音を立て、辺りに法久が吹き飛ばされるくらい、怒りのこもった七色のアジールが展開し、広がっていくのが分かる。
『ふふ、そう慌てるなよ。怒りがこっちにまで伝わってくるようだ。なに、ひどく単純なことさ。ぼく達『パーム』は、きみがどうしても目障りでね。ぼくらの宿願を果たすために、きみには消えてもらいたいんだ。……大切な人を返して欲しくば、今のぼくたちが最初に出会ったあの場所へとやってくるといい。きみの命と交換で、手を打とうじゃあないか』
「……っ、今すぐ向かってやっから、首洗って待ってやがれ、こなくそがぁっ!」
『くふふ。待っているよ。首を長くして、ね。なぁに、ゆっくりしていても構わないよ。彼女のこころがいつまで持つか。紅の蝶、死の恐怖にどこまで耐えられるか。見守るのも一興、だからねぇ』
激昂する知己の様を、楽しんでいるかのように。
喜悦含んだセリフで締め、電話を切るオロチ。
そのあまりにも唐突な理不尽さに、携帯を叩きつけアジールのままに破壊しようとするのをギリギリで堪え、知己は改めて吹き飛ばされた法久を回収する。
「法久くん、急ぐぞ。予定変更だ。オロチと初めて会った『パンダ公園』へと向かう」
「……了承、でやんす。こうなったらおいらを背負うでやんすよ。空は飛べずともおいらのジェットで機動力は上がるでやんすから」
「ありがとう。助かるよ」
どう考えたって罠であると。
本当にパームの連中に人質を取られたのか、確認すべきだ。
言いたい事はいろいろあっただろうに、それら全てを後回しにしてまで先に進む事を即決してくれた法久に感謝の言葉を述べつつ。
言われた通り法久を背負い、ジェットを背中に生やして。
目にも止まらぬ速さで一路、オロチと初めて会った場所へと駆け出していく。
もはや、一刻の猶予もない。
何ものも、何においても。
そんな二人を止められるものはないかと思われたが……。
再び苛烈な風に混じって。
微かに聞こえてきたのは、『そこに青空があるから』。
美弥のためだけに設定していた着信音であった。
「なっ、今度はなんだっ」
「本人、からでやんすかね」
さすがにこれは出ないわけにはいくまいと。
一直線に向かうためにと家々の屋根の上にまで上がったところで、慌てて知己は急停止し、電話に出る。
「もしもしっ」
『……あ、やっと繋がったのだっ。知己ぃ、たいへんなのだっ。きくぞうさんが、きくぞうさんが! 『狙われているのならこっちから誘い出して仕掛けてやるのです』とかいったっきり帰ってこないのだっ! きっと、この前みたいに悪いひとに捕まっちゃったのだ! みやも探すから手伝って欲しいのだぁっ』
切羽詰って焦っているようであったが。
確かにそれは美弥の、それでも無事な声で。
一瞬安堵しそうになったが、そんな美弥の言葉を噛み砕いていくうちに、『パーム』の者達が攫ったのが、奇しくもオロチと初めて会った時と同じ、きくぞうさんである事に気づかされる。
あるいは、美弥が狙われている事が分かって、きくぞうさんが囮になった可能性もあって。
「……いや。美弥は今、キャンプパーティの会場にいるんだろう?」
『え? う、うん。もちろんそうだけど』
「美弥は恭子さんたちとそこにいてくれ。きくぞうさんが浚われた場所にあてがあるんだ。すぐに助け出して予定通りそっちへ向かうからさ」
『そ、そうなのか? ……それじゃあ任せちゃってもいいか、なのだ?』
「おお、全て己に任せておけばいい。いつものうまい料理、用意して待っていてくれ」
『分かった……のだ。みんなで待ってる。けど……』
「けど?」
『あ、ううん。料理つくるのはまだ早いかなって』
「今日の夕飯って意味さ。これからすぐに向かうんだから」
『わ、分かったのだ。じゃあ改めてお願いします、なのだ』
「おう! どんと任せておけい」
言いかけて、言い澱んで。やめて、言い直した事。
世界に滅亡の危機が迫っている事についてだろうか。
パーティの準備をする前に避難した方がいい、と言う事だろうか。
いずれにしても、恭子に『あおぞらの家』の子達も側にいるのだ。
いざという時は、うまくやってくれるだろう。
そう信じ、電話を終えて。
知己は背中の法久に改めて一言かけてから。
目的の地『パンダ公園』へと、ほとんど飛ぶような勢いで向かっていくのだった。
本当は何を言いたかったのか。
しっかりちゃんと、問い質すべきであったと悔やむ事になるのは。
正しくも後の祭りで……。
(第397話につづく)
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