第397話、意を決し焼け撥で、ありのまま抱きしめよう




間断なく立ち並ぶ、家々建物の屋根を伝って飛ぶがごとく移動する知己たち。

結果的に直線距離で向かったことで、大きな時間の短縮となったのだろう。

きくぞうさんを捕らえているかもしれない問題のその場所は。

それでも探し出すのにそれなりの時間がかかるかと思われたが。

直感で近くまできた事で、知己のアジールが目指す先、異世で覆われている事を看破した。




「異世、やはりこの近くかっ」

「……あ、ちょっとだけ待つでやんすよ。【頑駄視度】ファースト、『スキャン・ステータス』っ!」


ここに来て他人の異世という事はないだろうが。

オロチらしき人物は、明らかにこの場を指定し誘い込もうとしている。

罠のようなものがあったとしても、目の前にある異世の本質を調べておいて損はないはずで。



「出たでやんす。オロチ……いや、宇津木ナオの異世、アジール硬度A、フォームは『月』でやんすね。わかっていた事ではあるでやんすが、たいへん珍しい属性でやんす」



オロチとの一度目の邂逅の時。

法久がいれば二度目の峯村に扮した相手に『スキャン・ステータス』を使っていれば。

その正体が宇津木ナオであることに気づけたのか。


そうすれば。

たらればではあるが、今のような展開にはならなかったのではないのか。

 


知己は一瞬そう思ったが。

そうなる事を選んだのは自分自身なのだからと。

確かにここが、目的の場所だと。

一つ頷きあって、見えない境界線を手足を先にして乗り越える。



するとその瞬間。

はっきりと異世に入った事を分からせるかのように、辺りが真っ黒の闇と帳に覆われていく。

正に緞帳のように外界を隔てる闇を、知己はどこかで見たような気がしなくもなかったが。


まずはオロチ、うずさんを探し出し、捕まっているかもしれないきくぞうさんを見つけ出すのが先決であるが故、細かいことは……どうしてうずさんがこんな事をしなくてはならないのか……そんな動機すら考えるのは後回しにしつつ、辺りの気配を探る。




「あの時と同じだ。きくぞうさんは確かにこの異世のどこかにいる。……ただ」

「こりゃ厄介でやんすね。思ったより多くの生体反応を感知したでやんすよ」



黒一色の何もない世界かと思いきや、複雑で蒙昧な蟻の巣に迷い込んだかのように絡み合い、入り組んだその場所。

それは、闇に目が慣れる前に法久がその青い瞳から光を発し、懐中電灯のごとき役割をした事で晒される。



「法久くん。そんな便利なこともできるんだな」

「今まで使う機会、なかったでやんすけどね。ぴかぴか光るのが特徴だったりするのでやんすよ」


それでも、いつものように他愛もないやりとりをしつつ。

お互いが警戒、戦闘態勢へと移行する。


語らずも感じる生体反応は、およそ百。

その中からうずさんやきくぞうさんを探すのは、一苦労なのはもちろんなのだが……。





「おーい、知己―っ! こんなところにいたかっ」

「もう、ずっと探してたんですよ~っ!」


遠目から、間違いなく聞き覚えのある声がぐんぐんと近づいて来る。



「……正に敵も味方もありゃしないってやつか」

「こりゃ、本物を見つけるのも相当しんどそうでやんすねぇ」


現れたのは、もう長いこと会っていない気がする、須坂兄弟の……偽物であった。

知己は二人の些細な違和感で、法久は二人がここにいるはずがないと言った情報で。

会敵してすぐ本人らではない事に気づかされる。



「柳一さんの能力、紅か」

「柳一さんってもうとっくの間にリタイアしたって聞いてたでやんすけど、飛ぶ鳥跡を濁しすぎでやんしょ」


死して尚、具現化し続け主の命に従い続ける存在。

そのための十分なコスト(ファミリアを維持するための栄養的なもの)と、『死しても命を遂行せよ』といったオーダーがあれば、理論上不可能ではないはずだが。


それにしても、目の前の二人でなければすぐには気づけないであろう出来栄えっぷりに、その主である東寺尾柳一のすさまじさを感じ、辟易しつつも。

きっと、こうして敵対などしていなければ、尊敬すらしていただろう事は間違いなくて。




「なんだ、何を言っている?」

「敵じゃないですよっ、援軍に来たんですって!」


会ってすぐ、もう既に暴かれているのに気づいているのかいないのか。

涙ぐましい功夫っぷりで情に訴えかけようとする須坂兄弟。

奇しくも、それで知己たちが思ったのは、味方の皮をかぶれるのだから、味方に敵の皮を被せる事もできるだろうと言う事で。




「……つまり、この己自身がいちいち一人ずつ確かめないといかんって事か」

「ふぅむ、これでなんとはなしにあちらさんの目論見がはっきりしてきたでやんすねぇ」



つまるところ、よく考えてみたら今の今まで一貫していたわけだが。

相手……『パーム』の者達は、知己の足止め、時間稼ぎがしたいのだろう。

そもそも、若桜高校へ向かった時からずっとそうだったではないか。



「だったら、出来うる限り急ぐだけだな。法久くん、背中のジェットと索敵よろしくっ」

「了承、でやんす!」



そんな二人に構わず何かを必死に訴えかけてきていた須坂兄弟であったが。

一旦スイッチが入ってしまえば、もうその事実心のない台詞は届く事はなくて。




「……ぎぃやぁぁっ!?」

「に、兄さん!? くっ、くるなアアアッ……!」



化けの皮を剥ぐ、シンプルかつ大胆な行動。

それは、知己の能力を前面に押し出した、全力の間合い詰めからの全開ハグであった。


すべてのカーヴ能力を弱め、打ち消し、滅し、時には時間すら巻き戻すがごとく。

なかった事にする知己のカーヴ能力。


『能力を持たない人間』にはまったくもって効果はないが。

紅……ファミリアたちがその熱い抱擁を受ければ結果は一目瞭然である。


魂消(たまげ)る声を上げて、ハグされた瞬間。

赤いドロドロの粘土のようになって大地に染みを作る、須坂兄弟であったもの。




「これしかないとはいえ、あんまり気分のいいものじゃないでやんすね。まるで榛原会長のアイのさばおりを見ているようでやんす」

「おい、それを言うなって! 己だってちょっとそう思ってへこんでるんだからさぁっ」


へこんでいるのは、つまるところオロチやクリムゾン・バタフライなどを見つけても、本物かどうか分からないので。

それを証明するためにハグしなくてはいけないのかという絶望のせいもあったのだろうが。


これが一番手っ取り早いのは確かであるからして。

そんな言い合いをしつつも大地のシミとなった紅たちにはもう構う事なく。


法久を背負い、その指示に従って。

知己は次の獲物を求め、ごくごく真面目に一人残らずハグしてやんぞ、とでも言わんばかりに駆け出していって……。



             (第398話につづく)





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