第398話、一方的にライバル視していたけど、いざ肩を並べるとつれなくなるの
駆け出し、知っている人も知らない人も構わずごめんなさいと一言告げてから、ハグをお見舞いしていく知己。
情に訴えるように仲間たち扮しているのはもちろん、会った事もない敵まででてくる(そして、男女構わずハグされそうになると悲鳴を上げる)のを見ていると。
本当に時間稼ぎだけが目的なのか、逆に怪しくなってくるくらいであったが。
人質が真に囚われているのか、それを確認できるまでは止まってなどいられない。
もしかしたら、倒す事で紅達にその手段を学習させる腹積もりでもあったのかもしれないが。
知己は繰り出すのは、全身全霊のハグのみである。
模倣したいのならばすればいい。
皆がハグしあって平和になるだけだと。
……そんな益体もない事を考えつつ。
目算で半数ほどハグ昇天(法久命名)し終えた頃だろうか。
ようやく状況に変化が現れる。
しびれを切らせたのか、うまいことみつかってしまったのか、今まで自己主張の激しい割に、知己を見るやいなや変質者に出くわしたかのようなリアクションを取るようになっていた紅達とは違って。
一見するとごくごく冷静な、だけど一度見てもすぐに顔を忘れてしまいそうなほどに影が薄くオーラもなく。
だけど普通とも呼べない、中肉中背の青年が佇んでいる。
オロチとも峯村とも同じようで違う、演者を立たせるプロデューサーの鏡のような男。
それは確かに。
かつての同僚、宇津木ナオに見えて。
「くくっ。いつもそうだ。お前はこちらが予想もしない事をしでかしてくる。それでこちらがどれだけのくろっ……おおぐぇええっ!?」
「だっしゃらあああっ! ようやくスピーディでセンシティブなハグのこつを掴んできたぜええっ」
ちょっとした昔語りと、思い出話。
恐らくは、こうして生き返ってまで知己達の前に何度でも立ちはだからんとする理由が語られるはずだったのだろう。
しかし、そこはうずさん本人が言うように、何をしでかすか分からない知己。
目の前の人物が、紅でないのを分かっていた上での全力のハグ。
「……そういえば、知己くんとうずさん、あんまりウマが合わなかったでやんすか」
勢い込んでなければこんな事できるはずがないだろうと。
どこかやけっぱちに、みしみし音を立てサバ折りをする知己に。
シリアスな空気を忘れて、どこか呆れたような声を上げる法久がそこにいて……。
※ ※ ※
「ぐおおおっ、なめるなああぁっ!!」
「……っ!」
本物であるかどうかまではまだ分からないが。
とりあえずファミリアに紅が扮しているようではなさそうである。
さすがにバンドメンバーのうずさんを名乗るだけあって、知己のハグによりカーヴの力が抑えられる中。
それでも強くアジールを放出し、その反動をもって間合いを取る事に成功するうずさん。
それは、少なからず男に抱きつく趣味はないといった理由も知己の方にあったわけだが。
「やるなっ、この感じ! うずさんを名乗るだけあるわ」
「知己くんの力に抵抗できるってだけで指折りでやんすねぇ」
三度目の邂逅となる彼は、三度目であるからして一筋縄ではいかないようだ。
人質を盾に取られたなら、危ないかもしれない。
故に知己は、何かを言われる前にと、改めて戦闘態勢。
再び、自らの全身を包み覆うように、虹色のアジールを高めたわけだが。
「……そう、やって! あるがまま我が儘に行動した結果がこれか! お前のその自分本位さでどれだけの者が傷ついたと思っている!」
もはや、完全にオロチであった事など忘れ去ってしまったかのような台詞。
あくまで対等な存在としての、怒りのこもった言葉であった。
それにより、知己はアジールを弱め、戦闘態勢を解く。
それが、相手の目論見通りであったとしても。
訴えかけられるものがあったのは確かだったからだ。
「『それ』とは何を指しての言葉でやんすか? オロチさん……いや、うずさんがこうしておいらたちの前に立ち塞がっている理由でやんすか?」
「……あ、ああ。そうだっ。知己、きみの全てのものを抑え込み、台無しにする力のせいで、どれだけの人々が被害を被ったと思っている! 忘れたとは言わせないぞっ! お前の理不尽なその力で! 我が子にも等しい子達が儚くなってしまった事をなぁ!」
言われて思い出すのは、うずさん……宇津木ナオが、多くの若きアーティスト達に『先生』と呼ばれていたその理由であった。
彼はうず先生として、ひとかどのプロデューサーとして、後進の指導を行っていたのだ。
「何をいきなり言い出すのかと思えば、知己くんはそんなことっ」
いくらなんでも言いがかりであると。
法久が声を上げかけた時。
それを止めたのは、あろうことか知己本人であった。
「沢田真琴ちゃん、往生地蘭さん。……そうか、あの娘たちはうずさんの教え子だったんだな」
ファミリアである事に気付けなくて。
知己のありあまる力で「消して」しまった娘たち。
もしかしたら、知己が気づいていないだけで、被害者はもっと多いのかもしれない。
うずさんが怒り、蘇ってまで立ち塞がる理由は、十分にあると言えて。
「そうだっ……だからこそお前にはここで報いを受けてもらうっ! 罪を噛み締め、消えるがいい!」
怒りを込め、うずさんが何かを手繰り寄せるかのように拳を突き上げる。
それは、この広大な異世に未だ散らばる気配を呼び寄せる合図のようなものであったらしい。
今の今まで異世じゅうに散らばっていた生体反応が、正しくうずさんを中心に集まっているのが分かって。
「うずさんがここにいる理由、はっきり知る事ができたのはよかったよ。報いを受けろと言うのも、吝かじゃない。もともとさ、『パーフェクト・クライム』をどうにかできたら、この力を手放す気だったからな」
「知己くん……」
初めて聞く、知己の先のこと。
法久だけでなく、すっかり怒りに染まっていたナオでさえも、虚を突かれたかのように目を見開いている。
何故ならそれは、歌を、音楽を……知己にとって生きる意味、その一つを自らの手放そうとしている事と同義であったからだ。
「分かっていたんだ。最初から己の力は、己が目指しているものとは真逆なんだって。人々の想い、感動、喜怒哀楽を奪ってしまう事を。だから捨てる。……才能どころか、まともに歌うことすらできなくなるかもしれないけど、それでもいいって言ってくれる人がいるから」
―――たとえ音すら取れなくても、かわりに歌おう。
そう言ってくれる、もう一つの生きがい……大切な人がいる限り。
何を奪われようとも、きっと自分は自分でいられるから。
「己に対してなら、いくらでも報いを受けさせればいい! だからっ、己の周りの大切な人に手を出すのはやめてくれっ! だって、そんな事をしたら、同じ事の繰り返しになってしまうじゃないか!」
うずさんに、そんな事をさせられない。
けじめをつけるなら、自分だけでいい。
知己のそんな訴えは、確かにうずさん……ナオに届いていたわけだが。
「……もう、遅いっ。何もかもがっ、遅すぎるんだよおおおぉぉっ!!」
そんな事言われなくても分かっている。
だけどもう、賽は投げられてしまった。
覆水は盆には返らない。
そう言いつつも、後悔に塗れた悲痛さがそこにはあって。
やがて、慟哭めいた叫びとともに崩れ折れるうずさんを隠し前に立つように。
二人の人物が現れる。
「……伝説のライバル二人っ、まさか死して肩を並べるでやんすかっ」
法久の感嘆の言葉にも近い、震える呟き。
そこには、『+ナーディック』のボーカル、更井寿一(さらい・じゅいち)と。
『レトリーヴァ』のギタリスト兼ボーカルである、花原亜音夢(はなはら・あねむ)……二人の青年の姿があった。
彼らは。
今までの紅から生まれし偽物とも一線を画す、派閥の長にも匹敵するであろう剛の者で。
「……正直、あまり気が乗らないんだがな。まさか、いつの日か一緒に未来を作れれば、なんて思っていた若者と相対する事になるとは」
「そうですか~? 僕は一度でいいから渡り合ってみたかったんで、結構テンション上がってますけど」
「手前には聞いてねぇ。いいからどっかいけ、そのまま何もしないで消えちまえ」
「ははは。寿一さんってば相変わらず僕の事大好きなんだからー」
「手前からコロス」
思わず身構える知己と法久を前にして、ある意味生前ではありえなかっただろうツーショットコントを始めるレジェンド達。
こんな切羽詰まった状況でなければ、貴重な音源として保管したいと思うくらいには、夢の共演でもあって。
「こんな状況じゃなきゃ、さいきょーにアツイ出来事なのに、でやんすっ」
「くっ、結局戦うしかないってのか」
『パーム』によって呼び戻された、蘇りし傀儡である以上、恐らく代行のマスターであろうナオの命令に逆らう事はできないのだろう。
雲の上の先輩をこき使う程に追い詰められてしまった事が、いたたまれないと言うか、もっとやりようがあったのではないかと。
やはり後悔しかない二人がそこにいて。
「もう、そんな事言ってるとほかの人がきちゃいますよ」
「アァっ!? そりゃいかん、ちょうど二対二なんだしよ、横槍入れられるわけにゃいかねぇな」
そんなやりとりを皮切りに。
もう手遅れであることを身を持って証明するかのように、戦いは始まったのだった……。
(第399話につづく)
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