第394話、新しき夢を我が儘に置いて、逢いにゆくよ



――夢を。夢を見ていた。


こんなご時世でもたくさんの子供たち遊んでいる、小さくて、パンダとか象とかの遊具があって。

少しだけ読み方の難しい名前のついた、けっこう活気のある公園。

 


その中心にぽつんと置かれた、ひとつのベンチ。

自分が何者かも分からず、ベンチからも離れられず、誰にも見つかる事なく座っている。

 

夢だからはっきりとはしなかったが……。

随分と長いこと座っていたようにも思われる。

 

繰り返す四季模様を、三回ほど数えた所で、訳が分からなくなって。

数えるのをやめてしまった頃。


少女がやってきた。

黒髪おかっぱの、魂が震えるほどに可愛らしいひとりの少女が。

魂が震えたのは、見た目の好みによるところもなかったとは言えば嘘にになるわけだが。


まずは自分の姿を見い出してくれた事が。

見つけてくれた事が大きかったのだろう。

そしてそれより何より、『お兄さん』と呼んでくれた事が何においても最高に大事で。

正しくも、その瞬間から自身を取り戻していったと言ってもよかったのかもしれない。



物心ついた時から両親はいなくて。

歌の力で発動する、不思議な力を鍛えるための施設に入れられたこと。


それでも物心着いた頃に、噂に聞きかじった父親らしい人物は。

豪快と言うか自由と言うか、王様のような人で。

奥さんがたくさんいたらしく。

故にこの世界のどこかに兄弟姉妹がそれなりにいるかもしれないってこと。



……だから、飽きもせず動けない自分に会いに、『お兄さん』と呼んでくれる彼女が。

誰になんと言われようと『己』の妹であると確信を持つのに、それほど時間はかからなかったわけで。


名前とか、聞きたかったのに。

シャイな性格が邪魔をして、それもままならない。


そんなダメな自分がいけなかったんだろうか。

ある時から、彼女は現れなくなってしまった。

人の成長は早いから、彼女の方がこちらの方を見つけられなくなってしまった可能性も考えられたけれど。



それからすぐに、彼女と出会ってからと違って、全てに忘れられたような無為の時間に耐えられなくなっていて。

早く、なんとしても、この呪縛を解いて立ち上がらなくては。

長年のニートが頑張って立ち上がって社会復帰する事に比べたら簡単なはずだと、気合を入れる。



「おおおおおぉぉーっ!」



彼は叫ぶ。

自身を縛り付けて雁字搦めにしている、見えないナニカを引きちぎる勢いで。

まるで生まれたその瞬間のように、声も枯れよとばかりに大声を上げて……。





           ※      ※      ※





「……おおおぉぉぉぉっ!!」



その瞬間。

知己は金箱病院の一室、そこに宛てがわれたベッドから飛び上がるように起き上がる。



「……ええと、己、何してたんだっけか」


何か、やけにリアルでドキドキして、続きを見たくなるような夢を見ていた気がする。

知己はそんな呟きを漏らしつつ。

思い出そうとして出来ない自分にもどかしさを覚えつつも。

覚醒していくうちにここにいた意味を思い出した。



「そうだ。法久くんと敏久さんに作戦……お願いをしてたんだっけか」


そして、こうして目を覚ましたのだから。

知己は知己でやらなくてはいけない事があるのだ。



「行かないと……」


もし、逃げて目を背けているのならば。

もうそんな悠長な時間は終わっている。

 


「また、リーダーのくせに自由すぎるって怒られるかもしれないけど……」


仕事より使命より、向かわなきゃいけない所がある。

知己は、わがままに、自分本位で。

そのまま支度をすませ、部屋を出た。

それ以降、一度も振り返る事なく。

 

――その実、強く滾る意思を秘めて。


全ての責任を背中に負って。

金箱病院を飛び出していったのだった……。




             (第395話につづく)







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