第393話、もう一度、あの新しい日の二人に戻れたら、何を伝えるだろう
「真澄ぃぃっ、おれだ! 敏久だ! やっと見つけたぞっ!」
「え? ほ、ほんとに敏久なの? 猫になっちゃってたんだね。見つからないわけだよ……っ」
―――二人は世界の滅亡を防ぐため、その運命に翻弄されて。
今の今までずっと、ずぅっと会えなかったのだ。
こうして会えたのは、何たる偶然。神様のいたずらか。
おそらく、こうして能力者同士で戦うために、お互いのアジールを身に受けていなかったのならば、お互いに気づく事はなかっただろう。
「もう、絶対に離さないからなっ! ちゃんと素直になるって決めたんだ。男同士の仲間じゃなくて、大切な人として傍にいて欲しい……っ」
「敏久ぁ、僕も気づいたんだ、自分の気持ち。嬉しい……よっ」
真澄だけでなく、敏久も目を真っ赤にして。
もう離さない、とばかりに。
ステージの上にいることも忘れて、思い切り抱きしめ合う二人。
それは、束の間の幸せ。
長年叶わずにいた二人の夢である。
しかし、二人の邂逅が世界のゆらぎの第一歩である事は、確かで。
だがそれも。
かつて一度、体験したことなのだ。
この新しい世界ならば。
そんな危機も、きっと乗り越える手段がある事だろう……。
「うぅ……ジーニーさんよかったですぅ」
「くっ。喜ばしい事のはずなのによ、涙が出るぜっ」
「あなた、ジーニーちゃんのことほんとに好きだったものねぇ」
『……なんという奇跡! なんという美談! これはもう戦っている場合じゃないのかぁぁぁ! 前途ある二人に拍手をおおおォォっ!!』
仲間達と、実況と。
相手チームの喜びと賞賛の声。
この違和感しかないシナリオを、誰も疑うことはない。
「よかったねぇ、真ちゃん。ジーニーの飼い主さん、ずっと探してたもんねぇ」
「……っ!」
そして、真は幽鬼な知己の感じ入っているのは本意なれど、他人の事のようにも聞こえるそんな呟きに、全てを理解し思い知らされることになる。
「あら、今度はお犬さまの方からとんできたわね」
真、やっぱり知り合いなんじゃないの?
怜亜のそんな言葉が、終わるよりも早く。
青みがかった白色のスピッツ犬は、一目散に真の元へと向かってくる。
「マスター、大変だよっ! あの猫さんは知己さんじゃありませんっ! ……って、なんで!? 知己さんがいるのっ!?」
「え、えっと? 初めまして、だよね?」
その声は、確かにアキラ……外で番をしているはずのレミのファミリア、晶の声で。
既に分かりやすすぎるくらいに思い知らされてしまった事を。
必死に伝えようとしているのが分かって。
……瞬間。
かっとなって何の罪もない彼女に手をかけてしまいたくなるような激情が、真=レミを襲う。
それを無理に抑えようとしたからなのだろうか。
目の前が真っ暗になって、全身の力が緩み、崩れ折れる感覚。
(い、いつから、こんな……)
大失敗の致命的なミスに気づけなかったのか。
おそらく先程まで見ていた幸せの光景は、全ての答えであったのだ。
あの舞台上に本来いるのは、知己であったはずで。
知己の記憶も、『パーフェクト・クライム』の事も何もかも分かるはずであったのに。
それが、レミの些細なミスで台無しになってしまった。
崩れ折れるこの感覚は、この夢の異世が終わるにも等しく。
「真ちゃんっ!?」
「マスターっ!」
焦ったような、心から心配してくれているのが分かる、知己と晶の切羽詰まった顔と声。
「ごっ、ごめんなさいっ。わたしのせいで、取り返しのつかないことをっっ!!」
いつの間にやら、真と瓜二つの少女の姿になって。
全てを理解したらしく、絶望に染まり、今にも泣きそうな晶。
そんな彼女と、あまりの衝撃に世界を保っていられなくなり。
この夢の異世が、ここにいるレミが。
崩れ始めているのを見て、驚き戸惑いながらも、背中から倒れようとするのをなんとか受け止める幽鬼な知己。
「だっ、誰か救助を、お願いしますっ!!」
晶のせいじゃない。
全ては、ツメが甘かったレミ自身の責任なのだ。
心で繋がっているのだから、晶にその気持ちは伝わっているだろう。
……自分のせいなのに、かっとなってごめんなさい。
全てが繋がっているからこそ、泣いているなら謝るから許して欲しい。
レミは、そんな事を思いながらも。
だんだんと霞み見えなくなってきていた目で、もう幾許もなく消えるであろう世界を夢にまで願った……『お兄さん』を探していた。
「大丈夫っ! 己はここにいるからっ、消えるんじゃない! 真ちゃんのそばにいるから!!」
そんな、夢の今際の気持ちが、呟きとなって出ていたのだろうか。
滲む視界の中、ごく近くに横向きの『お兄さん』の顔が見える。
(そっか……)
思えばこうして触れてもらうのも初めてのことだった気がする。
本来なら舞台の中心にいるのが彼で。
全てを取り戻した瞬間が今であるからして、『お兄さん』の呪縛も解かれているのだろう。
それすなわち、『お兄さん』が知己として全てを思い出したと言う事でもあって。
「……ありがとう。名前、はじめて呼んでもらえたね……」
「真ちゃん!? だっ、誰か! 早く助けてくれえぇぇっ!!」
この『新しい』世界で。
小さい頃に出会った。
パンダ公園のベンチに何故かずっと座り続けていた、真にしか見えなかった『お兄さん』。
会うたびに、面白い話をしてくれたけど。
そう言えば結局しっかり名前、呼んでもらってなかった事に気づかされて。
(うそつき……)
それが結構嬉しかったから。
最後なのだから、いい気分のままでいたかったから。
そんな本音は、ちゃんと口から出ていかないように注意する。
こうして触れられるのならば。
もう『お兄さん』は真だけの『お兄さん』じゃない。
消えていくことはもうないかもしれないけれど。
もう側にいる事などできないって分かっているはずなのに。
どうして晶みたいに泣きそうな顔をしているのか。
(きっと、やさしいんだね……)
それは、いくつもの歌にあるように。
決していいことばかりではないのだろうけれど。
「……どこかで、みて、くれているんでしょう? ちょっと、失敗しちゃったけれど、ここからでもあなたならきっと、答えを見いだせる、ょ……」
目を背けたがっていた事実を。
勝手に暴こうとした、どうしようもないくらいのお節介。
その事に気づかれて、満足のいく結果は得られなかったけれど。
それでもここまで見ていてくれたのならば。
もう、答えは出ているようなものだろう。
……と。
幽鬼な知己やファミリアの晶だけでなく、幸永や怜亜、正咲や恵、麻理、マチカといったお馴染みのメンツの顔が、霞んだ視界の向こうに浮かんでくる。
みんな、大会そっちのけで何かを訴えているのに聞こえなくて。
レミにはなんだかそれが、滑稽に見えたけれど。
「……やんすっ」
この夢の異世が儚く消えゆく瞬間。
幽鬼な知己よりも、大事な妹である晶よりも。
はっきり鮮明に見えたのはノリ……法久のファミリアである彼の、そんな呟きで。
相変わらずお馴染みのフレーズで鳴いてばかりだったから。
言葉としては伝わらなかったけれど。
――『任せておけ』、と。
もう、瞳を逸らさないと。
逃げずに答えを求めていくのだと。
ちゃんと返してくれたような気がして。
(……また、夢で会おうね。お兄さん)
生きていれば辛いことがあって。
時々、逃げ出したくなることもあるかもしれない。
あるいは、日常から離れて、一人になりたい事もあるかもしれない。
そんな時には、また遊びにいくから。
あの、パンダのいる公園で。
初めて出会ったあの場所で。
ずっと、ずぅっと待っている。
それが、『LEMU』。
未来の可能性の一つと言えるもの。
レミは待っている。
自らが創りたもうた夢の世界で。
自身の夢を叶えるためにと。
永劫に続くかも知れない時の中を、眠り続けていて……。
(第394話につづく)
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