第234話、始まりの救世主、体内型ダンジョンへ舞い降りる



どうしてまゆがそこにいて。

こんな目に遭っているのか。

それは語れば長くややこしいものになるのだろう。


そもそもは、ただ待つしかできない暇が悪かったのだ。

次いで、無謀と紙一重の好奇心。

そして何より、まゆ自身のデリカシーのない不用意な一言が原因で。


……きっと、これから語られることは、そんなまゆへの罰であり。

魂(こころ)に同じ呪いを刻まれた、さいごの友だちへの物語。








―――蒙昧なる人の型に張り付いた扉を開ければ、そこは異世界だった。


あんまり精神的によろしくなさそうなアカ色の岩肌。

天井にに途切れなく、ニョロニョロのようにぶら下がるのは、たぶん鍾乳洞にありがちな何か。

きっと、誰かの異世で、洞窟をイメージしてるのだろう。



「しかしいきなりこれは笑えないよ……」


カーヴ能力者新人にはちょいとばかしきつすぎやしないかねと思わずにはいられないまゆである。


何と言えばいいのか、いかにも夢に見そうな光景で。

まゆは、思わず回れ右して帰りたい気分になる。


デビュー戦の時はもっと勇ましい自分がいたはずなのに。

勝手が違うからなのか、勝手に精神まで引っ張られてるらしい。

相応に弱腰なのはいいやら悪いやらだが……。



「……あれ? 建物ちゃんと残ってると?」


ノリで振り返ったら全く同じグロテスクな洞窟が続いている、なんてことはなく。

楕円描くように道は末広がりの袋小路になっていて。

今出てきたばかりの離れがすっぽりはまるように、でんと門を構えている。


懐かしさと、哀しみにあふれた思い出の場所。

少しでも気を抜けば、まゆの脆い心は壊れる。

それを、必死に知らないふりをして目を逸らすのが、まゆのせいいっぱいだった。



「……よし、ここを拠点にしよう」


自分を落ち着かせるように、大きく息を吐いて、まゆはそう呟く。

想像するに絶するほどの広大な異世だ。

一日や二日でやらなければならないことが達成できるとも思えない。


来客を予測してごちそうでも作るつもりだったのか、こうなることを予測していたのかは分からないが。

食料はたっぷりと備蓄してあった。

ここは遠慮なく使わせてもらうのが吉だろう。

まゆは一度屋敷内に戻り、いわゆる一つの旅の支度を整えて離れを出る。



……遠足用のリュックを背負った天使の図。

シュールすぎて泣けてくるが背に腹は代えられない。



「とほーっ。何で僕がこんな目に……」


嘆いたって今更ではあるのだが、ぼやきの一つもなけりゃやってられないってのも正直なところで。

兎にも角にもまゆは歩き出す。


目的地はなくはないのだが、あてはなく。

本物の炎とは違うのかもしれないちょっと赤すぎるカンテラの明かりに照らされた道。

だんだんとその道幅を広げながら、ずっとずっと続いている。


自身の羽音と足音は聞こえない。

それは、間断なく何か大きなものが振動し、唸りを上げている音にかき消されていたからなのだろう。

それは、膨大な水が流れる音にも聞こえるし、巨大なボイラーが稼働している音にも聞こえる。


……世界の鳴動。

車の行き交うトンネルを徒歩で歩いたら、これと似たような感覚を味わえるかもしれない。


ただ、今歩いているのはまゆ一人だけで。

どこにもその音を起因させるものはない。


案外壁が薄くてその向こうに何かがあるのかもしれないが。

何となく不安になって背後を顧みて……。


「きっ……!?」


思わず情けない悲鳴を上げそうになるのを寸でで押し留める。

いつの間にやらそこには、赤い粘土質の人型がいた。

何度か見かけたことのある、紅と呼ばれるファミリア。

よくよく見ればそれは一人ではなく、まるで何かに並ぶように何人もいるのが分かる。


彼らの目的は言うまでもなくまゆなのだろう。

まゆは、そんな結論に達するよりも早く駆け出す。

がむしゃらに前に前に。


彼らの足が速くないことがせめてもの救いで。

追いつかれることもなくしばらく走っていると、割とすぐに一本道が終わりを告げた。



「これまた広い……って、めっさいるめっさ!」


急に視界が開けたかと思うと、目の前に広がったのはとてつもなく広いフロアだった。

右手を見れば今まゆが出てきた道と同じような横穴が他に四つ見える。

左を向けばどこまでも赤い煉瓦の道が続いている。

こちら側は、余りに広すぎて終わりが見えない。

例えるならば、雨ざらしを防ぐジャンボジェットの格納庫のごときスケール、だろうか。

趣味の悪い彩色を考えなければ、まさに冒険心くすぐられるロケーションと言えたんだろうが。



いるわいるわうじゃうじゃと。

まさにモンスターのハウス。

あまりの赤の多さに、目がチカチカしてくるまゆ。


しかも、馬鹿正直に目の前に広がる光景に対して感嘆の声を発したのはあまりよろしくなかったらしい。

場違いな鈴鳴る声は、逆に彼らを引きつける効果を十分に発揮した。

一斉に、とまではいかなくても近くにいたかなりの数の紅がまゆに気づき向かってくる。



「どうする、どうするとよっ!」


狼狽と混乱。

でも、それを口に出すことで比較的に冷静になれてる自分がいるのを自覚する。

こんなときはそう、カーヴ能力だと。



ただ、それを使うに当たって一つ問題があった。

どうやら普通の人はその能力とやらを一つしか使えないらしい。

その力を『三つ』使えるまゆは、言うなればあり得ない存在であるから……人前で能力を使うときはよく考えて使わなければいけないのだ。



「……あ、でも今は誰もいないしべつにいっか」


それに、そんなことを考えている間にも、着々と紅たちは近づいてくる。


迷っている猶予はない。

ここにいることへの責任。

それにより高まる緊張感。


誰かのためと思えば、それは全く苦にならない。

冷静に、冷静に。

繰り返す言葉が、この場の最善を模索し、導き出す。


「……せぇの、【隠家範中】っ!」


力ある言葉を意識し、記憶の中にあるそのための知識を引き出す。

なんて言っても実際はノリと勢いで。

技の名前を言い合うのって恥ずかしいよねって素人考えのあるあるはとりあえず全力で無視する。


すると利き手にふっとわいて出たのは黒い輪であった。

丸い蛍光灯に墨を塗りたくったような(天使の輪のよう、とはさすがに言えなかった)それは、輪の中に怪しげな磁場を発生させながらフラフープほどの大きさにまでその姿を変える。

そう、ちょうど人一人が通れるくらいに。



まゆは、磁場が渦巻いて狭間の世界を覗かせるその輪の中に躊躇いもなく飛び込んだ。

【隠家範中】は何もない空間に自前の異世へと続く扉を作り出す能力だ。

それだけならただ隠れるだけの転ばぬ先の杖で終わってしまうが。

予め別の場所に対となる白い輪を貼っておけば、その異世からその場所にワープできるという優れもので。

もちろん、こんなこともあろうかとまゆは拠点と決めたあの離れに白い輪を張っていた。


よくよく考えてみれば。

それこそ一時しのぎにすぎないわけだが。

そこは今がよければいいと、ポジティブシンキングで乗り切ることにする。



「ふう。……あれ? なんか随分と散らかっているような」


辿り着いた、輪の向こう。

その内の、まゆがいることで、許可することで通過を許されるまゆの異世は、どこにでもありそうな一軒家の一室だった。


だが、なんだか少し様子がおかしい。

前に来たときは家事にマメなのがよく分かる女の子らしい部屋だったはずなのに。


「あぁ、思い出した! 泥棒入ってたと!」


すっかり忘れていた自分に思わず頭を抱える。

いや、泥棒なんて言ったら泥棒が可哀想だろう。


あれはなんというか一生理解できないだろう存在であった。

願わくは生まれ変わったらドジで憎めない可愛い女の子にでもなって現れてほしいものだと思ってしまうくらいには。



「うう、めんどくさいけど後で掃除しなきゃ」


本当はすぐにでも取りかかりたい所だったが。

どうにもここに帰ってくると今の状況を忘れてしまいがちになるのが困りもので。

散らかり具合に耐えられなくなってる自分を宥めつつ、まゆは出口を探す。


ここから出るためには、この携帯我が家のどこかにある黒い輪を探す必要がある。

何の理由があってなのかはさっぱりなのだが、まゆは毎回これがまた探すのに苦労していた。

もしかしたら、何につけても一旦落ち着けといった意味があるのかもしれないが……。


しかしどういうわけか、今回ばかりは簡単にそれは見つかった。



            (第235話につづく)












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