第328話、いつの日かきっと本当の声が、僕を呼ぶ日がくると
まさしく、運命に導かれるように大矢塁が皆とはぐれ飛ばされたのは。
『脊髄の間』へとほど近い場所であった。
「一人……か」
今の今まで逃げまどう勢いだったのに、一人になった途端すぐさまそんな不安がついて出る。
しかしそれでも、比較的塁の行動は早かった。
ぐるりと、肉壁にも等しい現在地を見渡した事で、進むべき方向が一つしかない事に気づいた事もあったが。
その存在をアピールするかのように。
紅い大地に開かれた状態で落ちている……明滅を繰り返す何かを見つけたからだ。
「……あ、これって」
この異世の主の部屋らしき場所から出てきた、本のようなもの。
まゆ曰く、ヒントと言うか説明書のようなもので。
存在をすっかり忘れていたが、光って自己アピールしてくるのだから何かあるのかもしれない。
そう思いつつ中身を読むと、確かに新しく書かれただろう部分があった。
《 最終ステージは個人戦です。
【横隔膜】のフロアより上にある、『魂の宝珠』を【心臓の間】まで持ってきてください。
『魂の宝珠』があるのは、【脊髄の間】、【右耳】、【右手】、【左耳】、【左手】の五ヶ所です。
【心臓の間】には、三つの宝珠を掲げる杯があります。
つまり、五つある『魂の宝珠』のうち、三つを持って【心臓の間】へ辿り着ければゴールとなります。
その先には、あなたの望むもの……『夏の魔物の思い出』があることでしょう。
あなたの目指す道は、【脊髄の間】です。
魂の宝珠を獲得するために。
魂の宝珠の前には五つのルートごと様々な『試練』や、プレイヤー達を妨害する『敵』立ち塞がります。
【脊髄の間】にあるのは『紅本髄の試練』です。 》
「……」
それは、簡単に言えばこの先で待っているもの、なのだろう。
曖昧な、クリア後の報酬? の意味も分からず反応に困った塁であったが、
それより何より気になったのは、この情報がちゃんと他のメンバーにも回っているのか、と言う事だった。
書かれた文章を読む限り、『魂の宝珠』とやらがポイントだろう。
察するに、その宝珠を得るための代価となるものをこの異世の主は欲している。
ならば代価とは何か?
想像するによろしくないものばかり浮かんでくる。
状況によっては、命を投げ出す事躊躇わない娘たちばかりなのだ。
できる限り早く、試練とやらを突破しなくてはいけない。
一方通行の道を駆け出しつつ、塁が思うのは、他のメンバーの事ばかりだった。
それは一見、他人を思いやっているようにも見えたが。
本当の所は、自分の問題から目を背けているだけで。
本人がそれを自覚し、そんな自分に向き合う事こそが、この先にある試練であると覚悟していれば。
状況も結果も変わったのかもしれないが……。
「あ……っ」
辿り着いたのは、『脊髄の間』と呼ばれる場所。
少しばかり広くなったその部屋の中央、支える柱のように日本の赤い肉感のある物が、天井から地面に伸びている。
その半ばには、瘤ができて膨らんだ形で、『勇』と『哲』が捕らえられていて。
ふたりの足元にあるのは、炎のゆらめきを内に秘めし宝珠。
その受け皿である台座には、まるでゲームコーナーにでもあるような不似合いなボタンが備え付けられている。
「……っ」
大矢塁にとっての試練。
捕らえられた、大切な人。
大切な人を守ろうとする塁を、脅かそうとしている人。
『魂の宝珠』というものが、その名の通りであるならば、ここではそれを獲るために二つの魂がいるのだろう。
駆け寄って見れば、台座には『ON』と書かれた赤いボタンと、『OFF』と書かれた緑のボタンが左右に二つある。
ならば、話は単純だ。
勇を助けて、塁自身が代わりになればいい。
塁はそう思い、勇の側にあるボタンを『ON』にしようとして……。
自身の指が、震止まっているのに気づかされる。
どうして押さないのか?
自問自答。
勇に偽物の自分を見られるのが怖いから?
否。ならばむしろ、勇の代わりに取り込まれるべきなのだ。
見るに、捕らわれし二人は気を失っている。
身代わりになれば、偽物に対する勇の表情を見ずに済むのだから。
今までの……まゆ達と出会うまでの塁だったのなら、迷う事無くボタンを押していたことだろう。
そして、択一を迫られる勇を悪戯に苦しめていたのかもしれない。
きっと簡単すぎるその選択は、間違いなのだ。
そもそも本当に二択なのか?
前提が間違っていないか?
塁は手を降ろし、少し下がって考えてみる。
……こんな時でも浮かぶのは、まゆたちとの思い出。
その思い出に価値が、意味があったのなら、答えはきっとそこにあるはずで。
「……あ」
思い出したのは、初めてまゆと会った時の事。
追われて、落っこちて。
その先で起こった事。
「よしっ」
決意の火が瞳に灯る勢いで、塁は再び近づき『OFF』の緑のボタン【二つ】、同時に押し込んだ。
途端、二人を拘束している肉の柱が緩み、硝子体が崩れ、投げ出される二人の身体。
双子ほど似ていない、だけど兄弟だとすぐ分かる相貌。
それでも、ここまで不機嫌そうな顔したことなかったなぁ、なんて一人ごちつつ。
塁は二人を両腕で抱え上げ、急いでその場を離れる。
やってきたのは、高速の避難通路のごとく、唐突に壁が凹んだ場所。
「【紅月錬房】ファーストっ、ダイヤ・イシュト!」
塁は、そこに二人を横たえ押し込み、強固な盾のカーヴを重ねがけする。
皮肉にも、自身には使うことはできないと騙っていた力で。
元々は、勇を守るためだけに生まれた力でもあった。
哲の姿をした人物と、勇を一緒にすべきかと迷いはあったが。
どう見ても二人共本物にしか見えなくて。
哲に敵意があったのは、偽物の自分だけであったと思い出し、そのまま盾を被し終えると、塁はその場を後にする。
「……」
きっとこれで良かったのだと。
清々しい気にさえなりつつ、向かうは『魂の宝珠』のあった場所。
これ見よがしに磔にされていたこと。
彼らを助け出すとどうなるのか。
一度見ていたのが大きかったのだろう。
『魂の宝珠』とやらを獲るには贄が必要で、贄を助け出したりすると、ガーディアンと呼ぶべきモノが襲いかかってくる。
ならばどうするか?
そもそも、勇と哲のどちらかを選ぶという時点で、既に間違っていたのだ。
塁の考えが正しければ、これから出てくるガーディアンを倒し、台座に封じる事で贄の代わりなるはず。
そして、『魂の宝珠』を手に入れ、試練を乗り越えられるはず……だった。
実際問題、塁は正解を導き出していたわけなのだが。
一つだけ失念していたこと。
それは、ガーディアンの強さだった。
もし、塁の対するものが【脊髄の間】以外であったのなら、一体一で勝つ見込みがあったのかもしれない。
しかし、二人の贄を必要とする【脊髄の間】は、特別だった。
初めは小さな揺れ。
その揺れの中心が、台座のすぐ前……地面であると気づいた塁は。
間合いを取って自らの能力による赤銀の盾を、自身のために初めて展開する。
赤い地面はガムのように伸び、盛り上がり人の形を取る。
それが、足元……奇しくも同じ赤色に染まった草鞋まで細緻に形取った時。
やはり赤い刀に、赤い着流しの、限りなく人に近い『紅』がそこにいて……。
(第329話につづく)
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