第329話、石は磨いてもダイヤにはならない



「やぁやぁやぁ! 我こそは『東寺尾軍』随一の武士(もののふ)、紅髄(こうずい)である! 赤き弐つの兄弟星よ! ぬしらのたたかいをは見せて…………ぬ? これは失敬。人違いでござったか」



紅髄と名乗った、意思のあるように見える紅は、朗々と口上を述べたかと思うと。

掲げていた刀を鞘へと戻し、頭下げて待機……膝立ちの構えを取る。

そして、何かを待っているかのように動かなくなった。


思いも寄らぬ登場の仕方に、同じ様に固まっていた塁であったが。

偽物の自分など、戦う価値もないと言われているようで、塁の視界はカッと白くなった。



「二人は来ない。だから……この僕が相手だ!」

 

怒りのままに叫び、盾の前面についた刃を向け接近すると。

紅髄は困ったように(正しく、はっきりそう見えた)立ち上がり、塁から少し間合いを取るように後ろに下がった。




「ま、待ちたまえ。女子供に手をあげるなど武士の名折れなのだっ」

「……なら、贄としてそこで大人しくしてくれると助かるんだけど」


溢れ出しそうになる怒りを、自らの後ろめたさからなんとか堪えて。

代わりに、塁にとっての最上の案を持ちかける。

何も必ず戦わなくてはならない理由など、塁にはなかったのだから。



「折角参ったというに、殺生な言葉を吐く女子よ。……まぁ、仮にお主の言葉通りにしたとて、何も変わらぬぞ。この『脊髄の間』は、二人分の魂が必要であるからの」



勇と哲の二人が磔にされていた時点で、それは予測出来た事だった。

故に、塁は何の動揺も見せることなく、むしろ笑ってみせる。



「あなたと僕。ここに二人いるじゃない」

「……なんぞお主、自殺志願者か?」


悪役であるはずなのに、まるでそれが悪い事、気に入らないかのような声を上げる紅髄。

塁は、それには答えずアジールを高め、戦闘態勢を取る。

それはきっと、言い得て妙だと思ったからなのかもしれなくて。



「訊けば、カーヴなる妖術使いは、女性の方が多いとか。なれば、戦うのも止むなし……か」


ほとんど人らしく、紅髄は大きく一つ息を吐いて。



「然様ならば、いざ参る!」


瞬間、爆発的に膨れ上がる赤煙のアジールとともに。

塁の、さいごの戦いの火蓋が、切って落とされたのだった……。





         ※      ※      ※




大好きだった兄弟。


比翼の二人。

そのひとつが欠けた時、何が何でも取り戻さなくちゃいけないと、そう強く思ったのは。

何より塁自身の意志であり願いだった。


それでも完なるものに魅入られしもの……Sクラスの存在を知っていれば、状況は変わっていたかもしれない。

知っていたのに口にしなかったとすれば、塁が哲に成り代わる決意をしたことも、その執刀をしたことも、その全てを唆した医師に責任の一端があっただろう。



その医師……露崎千夏は、果たしてなんのために塁に近づいたのか。


いずれ来る世界の破滅から、世界を守るために。

大義名分はまさにそれだろう。

しかし、彼女としては我欲を満たす……つまりは実験がしたい。

ただそれだけだったのだ。



塁は、実験のために被検体だった。

黒い太陽に焼かれ、肉体を失った魂が、完なるものに魅入られしSクラスの能力者として受肉できるのか、という実験の。

 

それは言わば、魂を包む着ぐるみを作るというもので。

後に、梨顔トランを形作り、紅の元となったものでもある。

 

本来、整形であるならば身を削るが、そのような理由のため、塁の体は本人にも分からないくらい薄い膜を重ねる事によって、哲として生まれ変わった。


着ぐるみを身に纏っているなんて到底分からない。

そんな出来栄え。

 

ただ、千夏としては、それは完璧なものであるとは言い難かった。

自分のためだけに実験を行うマッドサイエンティストが、情に絆されたのだ。

 

ある一定の条件が整うと、着ぐるみは剥離行動を起こし、素材へと戻ってしまう。

折角作ったものが無に喫してしまう、欠陥品。

 

それが後に別の形で役立つ事になるとは、なんとも皮肉なもので。

その欠陥を塁に伝えなかったのは、ギリギリ保ったプライド、だったのかもしれない……。


 






あからさまに、手を抜かれている。

それは、相手の実力を推し量れなかった塁の誤算。

 

 

「……う、ぐっ」

 

みしりと音を立て、都合七度目。

能力で作り出した盾が、粉々に崩れ落ちる。

 

それは、紅髄が手に持つ赤銀の刀によりもたらされたもの。

塁と盾は繋がっている。

故に彼女を襲うのは、激しい虚脱感と痛み。


それは、強固な盾の代償であったはずなのに。

まるで壊し方を熟知しているかのように、簡単に壊してみせる。

 

それこそが、紅髄と塁との実力の差。

しかし、塁が納得いかず憤ったのはそこではない。


紅髄が、まるで一つ一つ型を見せて回っているかのように。

一撃を繰り出した後間合いを取って離れる事にあった。



             


塁にとって盾を破壊されることは、敗北に等しい。

盾のダメージがそのまま塁にくるからだ。

 

いつもなら、勇やAKASHA班(チーム)のメンバーに守ってもらっていた。

守ることが仕事なのに、守られるとはこれいかに……ではあるが。


事実、今までは上手くいっていたのだ。

それは正しく、追いかけてくるまゆたちから逃げ出しておきながら、誰よりも孤独を嫌う塁自身を表しているようで。



どうして攻撃を続けないのか?

なんて情けない事は聞けなかった。

そんな事を聞いている暇があったら、この一端離れてしまった間合いを詰めるべきなのだ。

 

 

「あぁぁぁっ! 【紅月錬房】ファーストっ、ダイヤ・イシュト!」


塁は裂帛の声を上げ、再び盾を生み出すと、前のめりに突っ込んでゆく。

緻密な細工の施されし、僅かに赤みかかった銀の盾。


その中央に伸びる金属の角。

それが、紅髄の首元目掛けて伸びてゆき……キィンと僅かな鍔鳴り音とともに、

足元から伸びゆく白い残光に弾かれる。



「うぅっ」

「ふんっ」


盾と刀が交錯するのは一瞬。

身体の一部が千切れるような感覚になりながらも、今! とばかりに更に前のめりになる塁。

そして、次なるフレーズを口にせんと口角が上がるかどうかの瞬間。


「ぜえぃっ!」


気勢とともに深く懐に潜り込まれる気配。

死が物理的なものとして光撒き迫ってくる。


……それなのに、攻勢に出るための後一歩が踏み込めない。

あ、と思った時には迫り来る衝撃を受け流すようにして、後方へと吹き飛ばされていた。

 


自身の不甲斐なさに歪む表情。

それはすぐに、全身に伝わる痛み、虚脱感となって塁を襲う。



全身を打ち付けながら転がると、やけに軽い手元。


またしても、そこに盾はなくなっていて……。



              (第330話につづく)






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