第330話、すべてをあげるよ、この身を削ろうとも構わない
「っ、ぁあああっ!」
都合八回目。
塁は起き上がる。
目前の、絶妙に離れた所で佇む紅髄を、親の敵のごとく見つめながら。
「……まだ立つか。詫びよう。女子と侮っていた事を」
「……っ」
そんな台詞を口にしている時点で、侘びの意味などない。
だが、こうして悪戯に生かされているのも事実。
ただ時間ばかり浪費するのは当然塁にとってよろしくなかった。
故に塁は、駄目で元々、一計と言う名の挑発を試みてみることにする。
「優しくて甘い。最初はそう思っていました」
「……む?」
新たな盾を生じさせる事もなく、そう呟く塁に紅髄は律儀にも構えていた刀を下ろし、塁を見据える。
「女子供を相手にしたくないと言っておきながら、随分と焦らすんですね。あなたなら、盾破壊を繰り返さずとも、私を戦闘不能にすることなど、簡単なはずなのに」
能力を使わない単純な力で考えても、実力差があるのは明白だった。
わざわざ盾ばかり狙わなくても、塁を御す事など簡単なはずなのに。
「言ったろう。女子供と侮った事、詫びようと。某は強きものと戦いたいのだ。できる限り長く……な」
赤い頭巾に黒い面差し。
その真っ只中に、ぼぅと光る白い眼。
表情は分からないのに、笑ったような気がした。
……実際問題、紅髄は戦いが好きなのだろう。
だからこそ敢えて、塁は否定の言葉を口にした。
「本心ですか? 私にはとてもそうだとは思えません。極論、強者とのあなたが戦いを望むなら、ここに居る必要はないはずです。知己さんにでも挑めば、充分その欲を満たせるはず」
「ぬうう。確かに音に聞く知己とやらと戦いたいのは事実ではあるが……そもそも某はここから動けんのだ」
唸ってはいるが、一度始まった会話を止める事はなく。
会話を楽しむ余裕すらある紅髄。
ならば塁のできることは、更に煽ることだけだった。
「動けないんじゃなくて動かないんじゃないんですか? だってあなたの使命は、こうやって時間稼ぎをする事なのだから。……いえ、もしかしたらそれしかできないんじゃありませんか? 上の方から期待されてないんですよ。これっぽっちも」
時間稼ぎをしている。
それは実の所ここに閉じ込められてから可能性の一つとして考えていたものだった。
敵も味方もお構いなしで考えると、この巨大な人型そのものが、その為に作られたような気がしなくもない。
だとするなら一体何のために時間稼ぎをしているというのか。
『パーフェクト・クライム』が力を溜め、降臨するのを待つ。
まず浮かんでくるのが、そんな理由だが。
「ぬうんっ。某を侮辱するかっ。某が時間稼ぎしかできぬと申すかっ。ならば見せてやろう! 某の力を! 自らの失言を後悔するが良い!」
まさに、打てば響くがごとく。
爆発的に広がった紅髄の赤黒いアジールが、手に持つ刀へと集まっていって。
「くぅらああぁえい! 『秘技、残血の墓場』っ!!」
「【紅月錬房】っ!」
塁が見えたのは、居合の形で刀を仕舞ったのと、大地が凹む程の第一歩。
それでも塁は、なんとか能力の発動に成功する。
刹那、左肘から生まれるは、ぎりぎり半身を覆う赤銀の盾。
塁は盾と重なるように体勢を変え、更に自らを紅髄の刃目掛け倒れるようにして飛び込んでいく。
「ぬおおぉぉっ!」
「やぁああああっ!」
そして、衝撃は共に叫んだ、その瞬間。
赤黒い刀が、下から上へ抉りかち上げるように、塁の盾を襲う。
数秒持たずして盾に罅入る音。
今までならば、激しい痛みに耐えなくてはならないその瞬間であったが。
「【紅月錬房】サードっ、ダイヤ・ヴァニティ!」
「なにっ!?」
構わず、塁はさらに一歩踏み込む。
紅髄の驚愕の声とともに、刃が盾へとめり込んで……
飴細工のようにひどくあっさりとぐにゃりと曲がり貫かれる盾。
紅髄が、その柔らかすぎる感触を覚えた時。
それは起こった。
「ぬぅぅ、これはっ?」
いとも容易く貫かれた盾は、そのまま両側から包み込むように紅髄へ覆いかぶさっていく。
じわじわと広がるそれは、紅髄自身の素材にも似て、ガムのように伸びていって。
そのまま、不定形生物が捕食するかのように、それに包まれていく紅髄。
そして気づけば、ガチガチに固まった銀の玉のようなものに捉えられていた。
ちょうど、頭だけ出すような形で。
「まさか……お主、最初の言葉は真(まこと)であったか……」
茫然自失とした紅髄の呟き。
それは、自らが拘束されたことではなく。
自らの刃が塁の左脇腹から背中まで貫き通された事にあった。
当然、堰切ったように溢れ出す塁の血。
しかし塁は、そんな事どうでもいいのか、あるいは気づいていないのか。
得意げな笑みすら浮かべて、さらに一歩近づく。
「倒せないなら、捕らえればいい。約束通り、私と一緒に贄となってもらいます……よ」
まるで、滴り落ちる塁の血に反応したかのように浅く降り出す、紅い雨。
血煙を纏いながら、塁は紅髄を覆う白銀に手を触れる。
白銀の玉は塁の手のひらに吸い付き、ふらふらとしながらも紅髄ごと、『魂の宝珠』創られし台座の一つへと、置く事に成功して。
「女性がか弱きは今は昔、か。恐れ入ったわ。怖気立つほどに」
ただただ、感心したような紅髄の呟き。
塁は、それに一つだけ笑みをこぼして。
紅髄の刀を腹に生やしたままもう一方の台座へと向かう。
その道すがら、二つの『ON』ボタンを押すのも忘れない。
「……あっ」
と、雨溜まり血溜まりに足を取られたのか、転倒する塁。
衝撃で刀が抜け、一層流れ出す赤いもの。
煙上げながらも止まらないドロドロとしたそれは、少しづづ少しずつ塁の身を削るように離れていく。
紅髄が、目の前の少女が自分たちをあるいは同じものだと気づかされたのはその瞬間で。
「急が……なきゃ」
這いずり、赤の道を作りながらも腕を突っ張り、立ち上がる塁。
視界も煙る中、息も絶え絶えに、それでも何とか台座に腹ばいになりながらも乗る事ができて。
「あ、と……は。たのみます、兄さん」
塁を覆っていた『もの』が、雨と血に混じって流れ落ちた時。
彼女は何年かぶりに元の姿を取り戻していた。
黒髪ショートの、少しだけ気の強そうな女の子。
閉じられ、その瞳は見えなかったが。
その表情には、達成感があった。
「……見事」
紅髄の、一辺の曇りもない賞賛の言葉。
故に彼は、しばしの時を置く。
安堵に途切れる彼女の意識よりも早く、全てを台無しにする結果を突きつけるのは忍びなかったから。
「……ぬぅんっ」
そうして、雨筋と贄を包む緑の硝子体により塁の姿が見えなくなった頃。
紅髄は一つ息を吐き、アジールの力を高めた。
瞬間、ぴしり、みしりと音が続いて。
紅髄の肉体を、塁の盾を、覆い始めた緑の硝子体を。
全て破って現れたのは、赤黒い刀を持った人間の手だった。
「はぁっ!」
そして、勢いよくその手を払うと、噴き出す赤黒いアジールとともに辺りが吹き飛んで。
ことりと、台座を降りる靴音。
気づけば、そこには。
の巨大なる人型……蒙昧なる異世の主である菅原剛司に囚われ、喰らわれたはずの人物がいた。
紅の全てを統括し、生み出し操る根源。
東寺尾柳一の姿がそこにあって……。
(第331話につづく)
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