第五十四章、『Fade away』

第437話、悪夢を見なくていいのなら、わたしも一緒がいい




―――桜咲中央公園、付近。浜辺。



 

聖仁子(ひじり・よしこ)と、往生地蘭(おうじょうち・らん)の二人は。

ついに『パーフェクト・クライム』が座す場所……黒い太陽が、今まさに降り注がんと準備を始めている場所へと辿り着いた。




打ち寄せる波と、砂地にぐるりと囲まれた、スタジアム型の野外ステージ。

くしくも知己たち『ネセサリー』の4人が最後のライブを行った場所でもある。



任務中で、班(チーム)分けされていて。

仁子はそれを見ること叶わなかったのは、心残りとしてわだかまってはいるが。


懐かしさすら感じてしまうのは、仁子自身その場所を夢で、『LEMU』で垣間見たからなのだろう。

『あおぞらの家』からも比較的近いし、知己にとっても思い出深い大切な場所であるからこそ、やっぱりこの場所であったのかと納得できる部分は確かにあって。

 


 

「……ようやく、ここまで来た、のね。やっぱり『LEMU』で見た夢は、この場所だったんだ」

「夢ねぇ。本当にそうだったのかしら。『LEMU』の主とはお互いファミリアを介して話した事があるけれど、あれはどちらかと言うと未来のひとつ、とかじゃじゃ……」



思わずついて出た、確信を含んだ仁子のそんな言葉に。

高飛車が服を着て歩いているがごときランが、そんな見た目とは裏腹に面倒見が良いらしく。

ここに来るまで、満身創痍な仁子をさりげなくフォローしながら。

夢……『LEMU』を創り出した主と面識があったらしく、続けてそう言うも。


その言葉は最後まで続かなかった。




「夢よ、あれは現実なんかじゃない。未来の可能性なんかじゃない。……私はあんな結果、認めるわけにはいかないの」

「……っ」



さりげなく仁子の身体を支えようと手を添えていたからこそ、余計によく分かってしまう、逃げ場所も隠し場所も見つからない、際限ない怒りのようなもの。


それは、仁子自身に対してなのか。

はたまた『パーフェクト・クライム』に対してのものなのか。

問いかけても、きっと答えは出ないのだろう。



「ここに『パーフェクト・クライム』がいるのは分かってる。……だけど、私は夢のようにはならないわ。ただただ見届けて……ううん。知己さんを、兄さんを止めに来たの」

「まぁ、ここまで来たら一蓮托生よね。こうなったらとことんつきあいましてよ」

「ありがとう。頼りにしてる」

「……」



けっして間違えないようにと。

まずは自分自身に言い聞かせるような、そんな仁子のセリフ。

だが、敢えてそう口にしたからこそ、ランは内心で不安を抱えていた。


『パーフェクト・クライム』の真実を目の当たりにしてしまったら、果して耐えられるのか……と。

その、留まることの知らない感情、怒りを、想いを抑えられるのかと。 



 

(……いざとなったら、くるんでしまってでも止めましょうかね)



思えば、仁子とは今の今まで接点がなく。

出会ったばかりであるのに。


彼女だけは守らなくては。

それこそ、最後の灯火として存在している理由そのものであると。

強く思えるのは、彼女の境遇が自身と似かよっている部分があったのは確かであろう。



ラン自身は既に黒い太陽に焼かれ、夢で……未来のひとつで見たような幸せは望むべくもなかったが。

仁子は違う。


正に出会ったその時。

ランが夢想していたような幸せを、未来を掴みかけているのを目の当たりにしてしまったから。


その夢を叶えて欲しいと。

応援したくなってしまったのは確かで。



ランは、自分はそのためにここにいるのだと。

改めて心内で決意を新たにしていると。

 



「……ランさん、あれはっ」


いよいよ、野外ステージ内、桜咲中央公園の敷地内ヘ足を踏み入れんとした、その瞬間である。

仁子が指し示す先に、すり鉢状に空へと広がる野外ステージを、まるごと覆うようにして薄紫色のドーム状の膜があることに気づかされる。



「空遥かまで覆っているのね。恐らくは、異世の、しかも複数人によるものではないかしら。言われてみれば、気配はあるのに黒い太陽がここから見えないのは、どうやらあれのせいのようですわね」

「……っ。そう言えば、禍々しい感じはひしひしと伝わってくるのに、ここからは黒い太陽は見えないのね。でも、あれで黒い太陽の暴威を防げるとは思えないのだけれど」

「そうですわね。きっと、被害を少しでも抑えられれば、といったところかしら」



ランは、黒い太陽を隠そうとする本当の意味にも気づいていたが。

それを口にはしなかった。

この異世の向こうにいる『パーフェクト・クライム』の主を刺激したくなかった、と言うよりは。

そんな些細なきっかけで、仁子がかろうじて抑え込んでいるものが、決壊しやしないかと危惧していたからに他ならない。

 

 

「とは言いましても、外側からは破壊しない限りまっとうには通れないと思いますけれど。どういたしします? 外で知己さんのこと、待ちましょうか」

「……っ。いえ、ちょっと待って! あれはっ」

「あ、仁子さんっ!? も、もうっ」



故に、このまま中には入らず、本来の目的を果たしましょうと。

進言したのに仁子は、はっとなって何かに気づいてしまった様子で駆け出していってしまったから。

当然、ランも慌てて仁子を追いかけていって……。



             (第438話につづく)








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