第438話、核心を飲み込んだら、欺瞞と虚言の臓器で




「……女の子、ですわね。『あおぞらの家』の年長さんかしら」

「何をそんな悠長にっ、助けないとっ」

「待ってください。強引に助けようものならば、異世が、結界めいたものが解かれてしまいますわ。下手するとそれがきっかけで黒い太陽が落ちるなんてことにもなりかねません」



紫色の結界の、すぐ傍までやってきて。

二人が目の当たりにしたのは、結界の壁に埋もれ、一体化するようにして地に足を付けず十字を描くようにして揺蕩い、眠っているようにも見える少女の姿であった。


仁子は、すぐに助け出さなければと声を上げたが。

ランはそれを、慌てて制する。


 

「それに……恐らく彼女がここにいるのは、彼女の意思で使命そのものなのだと思われますわ」

「使命、ですって? こんなっ。いけにえのような仕打ちが? そんなの。そんなの絶対に認めないっ!」

「そりゃあわたくしだって、許しがたいとは思ってますわよ!」

「だったら! 助けましょう! だってこんな異世、あったところでほとんど意味がないんでしょ?」

「……っ」



黒い太陽の暴威において、この異世、結界はまるで意味をなさない。

その事には同意するが、それとは別に意味があるのは確かなのだ。


だが、それを口にすればきっと間違いなく。

仁子の方が先に暴発する。


ぐうの音も出ずにランが二の句を告げないでいると。

その隙を突くようにして、あろうことか仁子はその身一つ、拳一つで結界へと向かっていったではないか。

 


バババチィッ!



「ぐうぅぅっ、ぎぃっ!?」

「お馬鹿っ! なんて無茶をっ。……ああ、もう! そんなことしなくてもわたくしの能力ならば結界を抜けることは可能でしてよっ。そこまでおっしゃるのならば、この結界を統括している術者が必ず中にいるはずですから、直接談判に行きますわよぉっ!」



流石は、あの兄にしてこの妹。

カーヴ能力、アジールなんぞろくに残っていないのに。

その一撃だけで、結界全体を震わすような一撃を与えてしまった。


このまま結界を破壊されるのが先か。

仁子の拳が無くなるのが先か。

『パーフェクト・クライム』が気づいてしまうのが先か。

 

焦ったランは、一時しのぎどころか自身の首を絞めているような気がしなくもない、そんな別案を提示して。

慌てて仁子の手を、結界から放す。




「術者……その人に話を通せば、彼女は解放される?」

「まぁ、話くらいは聞いてくれるでしょう。いえ、いざとなったら美しくはありませんが、強引にでもお話を聞かせるのです」

「よし、そうと決まれば今すぐ向かいましょう」

「分かった、分かりましたから。傷の手当てくらいはさせてくださいなっ」



とは言っても、ラン自身回復や治癒の能力を持っているわけではないので。

さながら傷バン、瘡蓋のごとく血みどろになった拳を覆うのみであったが。

 

 

「【夢顔襦袢】、ファースト! 『フォオ・ユー』っ!!」

「……ランさん、それはっ」

「みなまでいいなさんな。じっとしていてください。あくまで応急処置ですので」



ランの文字通り、身を削った応急処置に。

はっと我に帰って冷静さを取り戻す仁子。


ランの身体から、滲み出るように……ほんの僅かばかりちぎれて、分かたれるかのように桜色のアジールが球形となって。

そのままふわりと浮かび上がり、仁子へととっついていった。

とりあえず見た目だけは、傷が塞がっていくのが分かって。



「まぁ、こんな風にわたくしの能力は、わたくし自身を分け隔て、変質し、覆ったりくっつけたりできますの。この能力を使って、結界の及ばない下から向かうことにいたしましょう」



さっきまでのご乱心はどこへやら。

あからさまに心配げにランのことを、その大きな瞳で見つめてくるのが耐えられなくて。

ランは、有無を言わさずそんな説明口調で述べて誤魔化して、何か言われる前にと。

さっさと先へ向かうための能力を発動してしまうことにする。




「【夢顔襦袢】セカンド、『イーツィ・アザー』っ!」

「え? わっ、わわっ!?」


するとその瞬間。

元より魂だけの存在に等しい、いつ儚くなってもおかしくないランの身体がすぅっと薄くなり、世界に溶けいかんとするのが分かる。


仁子からすれば能力を発動した途端、この世界で言う色付きのアジールに変わってしまったわけだ。

急な展開にあたふたしていると。

薄茶色の揺蕩いしアジールはそのまま仁子にまとわりつき、覆い被さるかのように渦を巻き始めて。




『大地と同じくするアジールで作られし襦袢ですの。サードの力のような、着ぐるみ仕様とは異なりますので視界はききませんが、結界を抜けるまでの間です。辛抱していただいて、身を委ねていただけると助かりますわね』

「……あっ。う、うん。分かったよ。任せます」



ランの能力、【夢顔襦袢】は。

ランが口にした通り、大きく分けて三つあるわけだが。


それらを一つに、簡単にまとめるのならば。

何かに、ラン自身であったものをくっつけるといった能力である。



一度目の、始まりの黒い太陽が身に降りかかった時。

その三つの能力全てに目覚めていたわけではなかったが。

何とかして生きようと、『サード』の力、『パードン・ミー』を発現して。

後に『パーフェクト・クライム』の駒の一つである『代』として、何とか生きながらえることができた。



しかしそれは、あまりに急で不完全で。

とっておきの『サード』にファミリアめいた意思があったことにも気づかないままで。

何もできず、ずっとその内側に閉じ込められてしまっていたのだ。



その点、セカンドの『イーツィ・アザー』は。

この世界を構成し存在する12のアジール、『フォーム』と呼ばれていたそれに変わるだけで。

今回ランは、異世……結界をくぐり抜けるために、『地』のフォームを選択した。


それは、着ぐるみというよりは。

内側からみれば、暖かく包み込む毛布のようで。

狼狽えつつも、大人しくなった仁子を優しく包み込む。



『それでは、行きますわよっ。じっとしていてくださいまし』

「ふがぐっ」


仁子は律儀に頷いたわけだが、簀巻き状態ではそれもままならず。

それに慣れきってしまっていたラン自身とは違うのだから、急がなければ、とばかりに。

ランはそのまま、反動つけて跳ね上がる勢いで、大地へと飛び込んでいく。



ドプン、と。

まるで水の中へ潜り込むみたいに、大地に跳ね返されることもなく。

大地に染み入り溢れ包むアジールと一体化しているからこその、ランだけにできる移動方法。



黒い太陽が落ちた一度目の時も、こうして大地の奥底へ逃げていけば助かったのかもしれないのに、とは。

もはや、過ぎ去っていったたらればで。



今こうして、ここにいる事こそが。

ランの使命であったのならば。



それでも自分の選択は、間違っていなかったのだと。

自信をもって断言できたわけだが。


 

そんな『セカンド』の能力は。

ランの気づき得ない欠点がひとつだけあった。


ラン自身が襦袢……意志のないきぐるみと称した通りに。

その能力は、それぞれのフォームの性質、色にあった着ぐるみへと変わるのだ。


『地』のフォーム、アジールの場合、その姿は。

大地と言う名の海を泳ぐ地這虫(ワーム)のような見た目をしていて。


 

かつて、表向きでは反目しつつも、その実憧れていた幼馴染にしてライバルの桜枝(さくらえ)マチカが。

その身を削るように美しい桜の花びらを生み出していたのを目の当たりにして。


どうしようもない羨望に打ちひしがれたのは。

根本的に同じような能力であるのに、こうも違うものなのかと。


美しくないものを出来るだけ避けたかったランは。


後にしみじみ思い返すことになるわけだが……。



             (第439話につづく)







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