第439話、どんな嘘つきになってしまっても、悲しみと引き換えに幸せになるのを望んでいる



……自身の能力の、ライバルなマチカと違ってなんと美しくないことか。



そんなランの内心の葛藤めいたものはひとまず置いておいて。

思えばまともに使うのは初めてであったそれを。

なんとかうまく使いこなし、見事結界を超えて、再び浮上することに成功して。



能力を解除しようと、着ぐるみのファスナーを下ろすように。

まずは仁子の視界を確保しなければと、気を利かせたその瞬間である。




「黒いっ、太陽! もうあんなにも近くにっ」

『……っ!』



震え、呆然と見上げたままの、仁子の声。

つられるようにランが、どこにあるかも分からない視線を上げれば。 

 

少しばかり飛び上がりでもしたのならば。

触れられ焼かれるのではと思える程近くに。

黒い太陽が浮かんでいるのが分かって。



どうやら、想像以上に世界の終わり、その進行は駆け足になってしまっているらしい。

ここまで来ておいてあれだが。

仁子の命を守るためには、踵を返して尻尾巻いて逃げ出すのも吝かではない。


このまま地中深くに戻り、深くへ潜ってしまえば。

仁子は助かるだろうと。

能力解除の動きを止めたまでは良かったのに。




『……えっ? ど、どういうことですのっ!?』 


驚愕の声を漂わせ上げたのは、セカンドの『地』のフォームによる着ぐるみのコントロールが不能になってしまったからで。

それが、いつの間にやら主導権を、仁子に握られてしまったのだと気付かされたのはすぐのことで。


一体全体、どうしてそんなことに。

その答えは、もはや抑えきれない感情のブレーキを、忘れ去ってしまったかのような仁子自身の呟きによって解けることとなる。




「…………どうして。どうして、こんな。手遅れなのに。あんな風にして、いられる、の?」


こんな、ひとたび大地に落ちれば数えるのも億劫なくらいの生命が失われるというのに。

 

もし、自分が同じ立場……『そう』であったのならば。

大切な人すら、理不尽に害するであろうことに、気づいてしまったのならば。

 

自分から身を引く、ただいたずらに『生きている』ことすら烏滸がましいと。

自分ならば、迷惑をかける前に消えゆく判断をするだろうことは、間違いないと。



故にこそ仁子は。

目前にある『笑顔』が、理解できなかった。




あまりにも、理解が及ばなくて。

恐怖が、畏怖が、得体の知れない不気味さが、仁子を包み込んでいて。




「あああぁァァアアアアアアアアっ!!」


訳が分からなくなってしまって。

仁子は駆け出していた。

念話のように、焦って追い縋るように、ランが何かを訴え続けていたのに。

それすらかき消され、仁子の耳には届かない。

 

正に恐怖に怯える咆哮であったのに。


気づけば仁子は。

『畏れ』そのものになってしまったかのような感覚に陥っていて……。





          ※      ※      ※



                                      

―――知らなかったからこそ、心を保っていられた。



忘れ去って、奪い取ってくれた人がいたからこそ、心穏やかでいられた。

そんなことを、説明したとしても、今更仁子には届かないのだろう。


『そう』なってしまったのは、自分のせいだと。

ランは自嘲する。

 

何故ならば、この結果が見えていたのに。

包んで捕まえて、逃げもせずにここまでやってきたのは。

間違いなく、ランの意思によるものだったからだ。



(……それでも、わたくしはあなたに、生きていて欲しかったのです)


生きるために、生き続けるために。

必要なものは、綺麗で美しいものばかりじゃない。

そんな『いいわけ』を、それでもランは口にすることはなく。


その代わりに、とっておきを。

今この瞬間のためにと、発動する。




(―――【夢顔襦袢】サード、『パードン・ミー』……っ)


 


あとは。命を賭して守りぬくだけ。

カオナシの襦袢と化した、かつての『サード』の、能力そのものとも言えるトランの気持ちが。


今だけは、ランにも理解できたような気がしていて……。



             (第440話につづく)






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