第436話、きっと心で想像していた未来に辿り着けなくても、走るしかないのさ
―――『LEMU』と呼ばれる、夢の異世界。
金箱病院の地下、中程に存在しているそれは。
本来の、夢を見続けることで終末の刻をやり過ごす……その本来の目的を『プレサイド』などに引き継いだことで、大きな役目をひとつ終えようとしていた。
後は、地上と地下の間に入って、黒い太陽が落ちるその瞬間から地下を、避難している人々を守っていくのみである。
その夢の異世界の主であったレミは。
そんな最後の役目を終えたところで、現実へ……こことは軸の異なる真なる異世界へと帰っていく手はずとなっていた。
そう、レミにとってこの世界こそが、夢そのものであったのだ。
レミの能力【悠久新日】は。
不可思議で目に映らないはずの存在を生まれつき見ることのできていたレミ……風間真(かざま・まこと)が、目に見えないもの……空想の世界にしか存在しえない者達に、夢という形で会いにゆける能力で。
レミがこの世界へやってくるきっかけとなったのは。
そんな目に見えないものが見える、ふところの深い彼女を慕い、家族となった一人の地縛霊と一匹の黒猫、一体の青光りするロボットとの出会いによるものであった。
彼らと親交を深めるうちに、早くから異世界というものが存在してたことに気づいて。
元々はそちらの住人であった一人と一匹と一体の故郷に、いつか行ってみたいと思うようになったのが始まりである。
恐らくは、夢と言うものを介して異世界への移動を可能とするレミの才能を、力を。
故郷を救う一助として当てにするという思惑、打算があったのは確かなのだろう。
レミは、それを分かった上で彼らの導きに従い、能力を発動した。
それは、何だかんだ言って大好きな彼らを助けてあげたいという理由や、滅亡の危機に瀕している彼らの世界と同じようなことが自身の世界にも起きないとは限らないと。
いざと言う時のために経験を積んで備えておく必要があると判断したから、と言うのもあるが。
結局のところ、一番の理由はレミが物心ついた時からずっとずっと帰ってこない『お兄さん』と『お父さん』が、その世界にいるかもしれないと思ったからである。
さみしくて、泣いてばかりいる『お母さん』のその涙を止めるためにと。
時を越え、世界を超えて旅をする決意をしたのだ。
目に見えないものや、不思議な力……それこそカーヴ能力のような力を否定し、認めようとせず、信じることもなく忌避しているようであった『お母さん』。
思えばそれも、確かにレミの中で存在していたように。
『お兄さん』と『お父さん』も持っていて、帰ってこない理由がその不思議な力のせいであると気づいていたからなのだろう。
そんな『お母さん』を、ひとり置いていくのはどうかと思ったけれど。
長い長い夢の時間は、実際には一晩で済むことが分かっていたから。
朝が来て新しい日を迎えたら、みんなでおはようが言えると強く確信を持っていたから。
レミ……真は、旅に出る。
正しくも物語の主人公であるかのように。
一人と一匹と一体のお供がいたから。
寂しいことなんかなくて、みんなで力を合わせて、頑張ったからこそ。
『お父さん』が予想通りレミと同じようにいろんな世界を、『おばあちゃん』に会うために飛び回っていたことが分かって。
『お母さん』が寂しがっているから、たまには一緒に帰ろうと約束することができて。
更に、長い長い夢の冒険の最中で、同じくずっとさがしていた『お兄さん』が。
まるで幸せの青い鳥のように、一人の幽霊としてずっとそばにいてくれたことに気づいて。
これでみんなで帰ることができると。
幼き少女の夢見る冒険譚は、めでたしめでたしで終わるのだと信じて疑ってはいなかったのだけど。
『お兄さん』には、ずっとずっと探し続けていた家族よりも、大切で大事で大好きな人ができたらしい。
大好きな人を守りたいと、一緒にいて、笑い合っていたいと。
そんな光景を目の当たりにしたのならば、家族としておめでとうと祝福して。
影ながら手助けできることがあれば、支えてあげたいと思うのは当然のことで。
そう思い立ってから、かなりの長い時間……ひとつの世界に、レミにとっては夢を見続けていたわけだが。
あまりにも長い時間が経ったからなのか。
そんな世界に来てから、それぞれが目的をもって動いていた自らの分け身、家族たちはもういない。
この世界の『お兄さん』に、もう自分は必要ないと思い知らされて。
レミの中へと引きこもってしまっていたのだ。
とはいえ、元はどちらも自分なのだ。
ショックを受け、もう帰ってしまおうかと沈み込むのも、結局レミ自身で。
正しくも儚くなって消えるように……夢から醒める兆候が訪れた、その瞬間である。
最早為すべきこともなく、抜け殻のようにレミ以外には誰もいないはずの、桜色がかった靄の世界の向こうから、声がかかったのは。
「ここまでお節介をしておいて、なんとも『もうらしい』ことね。でもまぁ、このまま消えてしまいたいって気持ちは分からなくもないけれど」
「……っ、マチカさん? なんだ、『プレサイド』に向かったんじゃなかったのかい?」
そこにいたのは、靄を桜の花びらのように纏って、不敵な笑みを浮かべている桜枝(さくらえ)マチカであった。
てっきり他の者達とともにここを去ったのかと思いきや、どうやら違ったらしい。
「何言ってるのよ。言ったでしょう。私は人一倍寂しがり屋で仲間はずれにされるのが嫌いなんだって。この世界の結末を、答えを教えてくれるって言ったのはあなたでしょう? まぁ、教えてもらうと言うか、結局勝手に見させてもらったわけだけど」
「……っ」
これといって見る必要のなかった、レミの私的なこと、想いまで知ることとなったからなのか。
マチカは一変して申し訳なさそうに頭を下げてみせる。
それに、普段あまり表情が動かないことに定評のあるレミの顔がさぁっと赤くなって。
あまりの恥ずかしさに文句のひとつも言いたくなったが、マチカが知らない世界のことを、夢を追って教えると言ったのは確かにレミ自身であったから。
それをぐっとしまいこんで。
実はすっかり忘れていました、なんて言えるはずもなく。
誤魔化すように、はぐらかすように、話題を変える。
「……それで? マチカさんはどうするつもりなんだい? すべてを失った今、ここに残る理由もないはずだが。今からでも大好きな人を追いかける感じかい?」
「っ、もう。早速あてつけ? 怒らないでよ。ごめんなさい。でも私はいいと思うわ。妹がお兄ちゃんを好きになったって」
「……!」
「……」
からかい半分、残りはやさしさで。
お互いが口撃しあって、ダブルノックアウトの撃沈。
それは、『ルーザー』同士の傷の舐め合いでもあって。
すぐにいたたまれなくなったのか、わざとらしく咳き込んだ後、マチカは再度どうする、といった初めの問いに答えるために口を開く。
「私、思ったのよね。夢の世界……異世界ならば、ある意味初めからやり直せるようなものなんじゃないかしらって。救われたこの世界を見に行くって言うのはおこがましいけれど。レミさん、帰るって言っておきながら諦めてはいないのでしょう? ついでだから、私にも一枚噛ませてもらおうかな、って」
「……ふふ。欲深いことだね。でもまぁ、嫌いじゃない。わたしもそう思っていたところだ。せっかくだし、一緒に行こうじゃないか」
「ええ、よろしく頼むわね」
本当は、もういいやって。
疲れたから帰るつもりだったけれど。
きっとこれも何かの縁、なのだろう。
似た者同士、嫌悪するどころかお互いしっかと手を繋ぎあって。
二人は人知れず、夢の果てへと。
彷徨い向かうのであった。
誰にも悟られぬように。
正に飛ぶ鳥跡を濁さない、とでも言わんばかりに……。
(第437話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます