第435話、せめて想い出に変わる日が来るまで雪のようにとけないで
―――所変わって、『LEMU』の、さらに地下深く。
正確に言えば、生き残るべき選ばれし者達を、『プレサイド』へ送り終えたその跡地。
その場所に。
金箱病院の地下にもれなくなだれ込んでくるであろう、避難してきた人々の対応をするためにと、残っている者達がいた。
それは……『スタック班(チーム)』の、外に無理くり飛び出していってしまった聖仁子(ひじり・よしこ)以外のメンバーである。
「夢の世界。『LEMU』で蓋をする、と言うわけですか。真……いえ、レミさんでしたっけ。それで黒い太陽の暴威を防げるかどうかはともかく、思えば初めからその予定だったんですかねぇ」
「どうかのぅ。これからここへ来る者達すら、ある意味選ばれし者だろうしの。少なくとも裏で糸を引いている人物はいるだろうな」
先だっての戦いの傷は癒えたものの、二人の主である美里が、本心はどうあれここに残る事を決めた以上、そんなやりとりを交わす稲穂拓哉(いなほ・たくや)と、『こゆーざ』さんこと白猫使い魔な小柴見(こしばみ)あずさは。
この、地上とは断絶された異世を維持するために動けないでいる主のためにと、避難受け入れの準備を粛々とこなしていた。
「ふむ。『ネセサリー』の法久さん、ですか。確かに病院に押し寄せて来る人々をうまいこと誘導している姿を目の当たりにしましたけど、そうなってくるとやはり彼は全てを知っていたのでしょうか。……あるいは、僕たちのように」
「正確には、この時代のきゃつとはいえないだろうがな」
思い起こせば、ずっとどことも知れぬ地下に同じようにこもっている法久本人や、彼の文字通り手足となって働くファミリアとは別に、道行きが少しでもいい方向に向かうようにと、様々な場所で姿を変え品を変え暗躍していたようであって。
「……つまり、この時代の自分ではないから、弥生さんの想いには応えられない、応えるわけにはいかなかった、と言う事なのでしょうか」
「本当のところは、本人でなければ分かりようもないがな。だが恐らく、あれは弥生自身に問題があったというか、アプローチの仕方がそういった事にうとい私でも分かるくらいにまずかったからだろう。きゃつに与えられた使命が、きゃつにとってどれだけのウェイトを占めていたか。ひいては音茂知己という人物が、どれほどきゃつにとって重要であったのか、見誤っていたのだろうよ」
タクヤとあずさの二人は、とりあえずの所、避難所となるであろう異世の受け入れ準備を終えて。
美里たちのいるプライベートルーム……言わば異世の核となる場所へと向かう道中の話題は、主である美里とはまた別の意味で正しく打ちひしがれたかのように動けないままでいる真光寺弥生(しんこうじ・やよい)の事であった。
タクヤもあずさも、その決定的な場面を目の当たりにしたわけではないのだが。
どうも、弥生が初めてこれから向かう場所にやって来た時に。
次元、時間軸の異なる法久と邂逅し、手ひどくふられてしまったらしい……と言うのが美里の弁である。
恐らく、初めからここを任せるために未来の法久は顔を出したのだろうが。
そんな事はどうでもいいから、一緒に連れて行って欲しい的なニュアンスの事を口にしたのがすげなくあしらわれた原因なのだろう。
すっかりさっぱり、見切られて。
おかんむりで、弥生を眠らせつつ、どこかへ行ってしまって。
それからずっと、弥生はショックを受けたかのように動けない……昏昏と眠りについたままであったのだ。
その眠りに誘ったのはどうやらレミのようなのだが。
レミ自身にもいろいろあって、もう既にその効力はなくなっているはずなのに、一向に弥生は目を覚ます事はなかった。
今の今まで妹以外にそれほど強く人を想った試しのないあずさと。
好き嫌い以前に主と共に在ることなくば、溶け消えるのみなタクヤにしてみれば。
そんな二人の仲違いは、中々に理解しがたいというか、であるからこそいつまで続くかも分からない、その停滞における手慰みの話題であるとも言えて。
それでもやはり、本人たちでなければ分からない事も当然あるのだろう。
主である美里だけに負担を強い続けるのもなんであるし、いい加減起きてもらわなければ。
そんな事を共に思いつつも、金箱病院の地下、最奥。
かつては、永いことひんやりと一定の温度を保っていた、病院の過去の記録媒体が保管されていたと言う場所に辿り着いて。
「失礼します……よっと」
「美里? 食事を持ってきたぞ。弥生のぶんもあるが、そろそろ目を覚ましてはくれないものかね」
「……あ、タクヤ。お姉ちゃん。おかえり~。やよちゃんはまだ、起きそうにないかなぁ」
既に他の物は運び込まれ、一つだけ残された蓋付きのベッドに。
相も変わらず眠り姫のままの弥生の姿がある。
そして、そんな彼女を優しく見守るようにして、異世の核とも言うべき陣の敷かれた、背の高い椅子のようなものに座り続ける美里の姿があった。
「そうですか。……いや、しかし実際問題人間である弥生さんは、栄養のひとつも取るべきなんじゃあ」
「う~ん。こまかいことはよくわかんないんだけど、これって夢の世界『LEMU』にダイブするための装置でもあるんだって。やよちゃんはベッドからっていうより、夢の中でごはん食べる機会があれば、だいじょぶみたいだよ」
「食べることさえしなくていいだなんて、なんともはや、いい身分よの」
「それを言ったら僕たちだってそうですけど」
「揚げ足取るでない。って、美里はそうじゃないのだから、しっかり食べねばな」
「あ、はーい。いただきまーす」
別にここで、敢えて美里の感情を揺さぶろう、だなんて思ったわけでもないが。
そう言って手を合わせてタクヤが稲から手づから作ったお米でできた、あずさ作のオムライスを。
実にしあわせそうに食べる美里を見て、穏やかな気持ちになるのは確かで。
その一方で、捉えどころのない、漠然とした不安のようなものがわだかまっているのも事実であった。
それまでは、どこか超然としていて生命の冴えた鋭さと表現してもいいくらい、輝きを放っていた美里。
しかし、仲村幸永(なかむら・こうみ)との戦い……その敗北の果てに、彼女は変わってしまった。
幸永の能力による、幸永との魂の融合がなければ。
美里のことだからきっと、いつまでもここでこうして大人しくしていることなどあり得なかっただろう。
『パーフェクト・クライム』の真実に気づいたのならば。
分かっていた上で、敢えて喜々として向かっていったはずで。
とはいえ、良い方に捉えれば。
戦うこと、強さを求めることを忘れ、丸くなったのだと言えるのかもしれない。
美里の側に在ることが、存在する理由であり、全てであるあずさとタクヤにしてみれば。
それはけっして悪いことだとは思えなかったが。
果たして、美里自身はどうなのだろう。
何もせず、ただ弥生を見守り続け、じっとしていることは幸せなのだろうか。
かといって、既に背負ってしまった役目を捨てて、自由になって欲しいなどと言えるはずもなく。
こんな苦悩、葛藤が続くのだと思うと。
どうにも耐え難い二人がそこにいたわけだが。
ある意味、そんな停滞を破ったのは。
予想外のようで、期待通りの人物であった。
「……って、うそっ!? やよちゃん、目をさましてるじゃんっ!」
食べ終わったお皿を片付けに行こうかといった時分。
驚いてわたわたしている美里の動向を改めて見やれば、寝床の主が目を覚ましたことを感知したかのように透明な蓋が持ち上がり、それに続くようにして弥生が起き上がったではないか。
「…………あれ、ここは?」
「金箱病院の地下だよ。やよちゃん。ここの異世に……のりさんにつかまってたの覚えてる?」
「法久さん? 私、捕まって……っ!」
「あ、ちょっと。ずっと寝てたんだから、そんなにすぐには動けないって!」
そして、弥生の言葉を耳にして。
徐々に今まであった事を思い出したらしい。
その瞳の色に理解が点った途端、ばっと起き上がって飛び出して行こうとする弥生を、慌てて止める美里。
「私、法久さんにひどいことを。あやまらなくっちゃ……」
「うん。わかってる。でもすぐには無理だよ。ずっと寝てたんだから」
「すぐじゃなきゃ駄目なのっ。『彼』が未来へ戻ってしまう前に、行かないとっ! ……『【深真往生】サード、シュガースノー』っ!!」
「……っ」
どうやらここで、邂逅した法久が、別人であったことにも気づいたらしい。
その身の自由が効かないのならばと、美里にくっつかれたままの状態で、弥生は自らの能力、今まで誰も見たことがなかった三番目を発動する。
それは、ある意味で『もう一人の自分』を作り出すことのできる能力。
気づけばそこには、弥生そっくりの少女……さつきの姿があって。
「「……私、行くよ。この姿ならどこへだって行けるんだから!」」
かつてのさつきと違い、今ここにいる弥生とさつきは、二人でありながら完全にひとつの個、なのだろう。
であるからこそ、ユニゾンするそんな言葉。
それはまるで、燻って動けないでいる美里自身に、発破をかけているようにも聞こえて。
「「ここはもう一人の私に任せて。美里もやりたいこと、したいことをすればいいの。できるのなら、いっしょに手伝ってくれると嬉しいけれど」」
……これは、私の我が儘だけどね。
もはや二人の弥生はそう言って笑ってみせて。
「で、でも。みさとは」
「「美里を縛るものは、もうどこにもない。気づいているんでしょう?」」
二人の弥生が、美里を縛るもの……【過度適合】により交わり重なっていた仲村幸永の魂が。
もう、とっくの間にどこかへいってしまっていた事実に、弥生が気づいていたかどうかは分からない。
でも、それでも重なり合うその言葉が。
拗ねて自分を見失っていた美里を立ち上がらせるのに十二分な威力を持っていたのは確かで……。
―――それから。
その場にいた5人がどうなったのかは。
いずれいつの時か語られる時は来るのだろうか。
少なくとも、分かっていることは。
ピカピカと青光りする【金】の神のそばに。
常に甲斐甲斐しく寄り添う、幽(かそけ)き雪のような存在が、あったということだけで……。
(第436話につづく)
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