第434話、時代が流れ、流れても、遠く時を越えて運んでゆく



―――同じくして、『プレサイド』。


その場を守り、維持する者たち。

くしくも長池慎之介を除く、『AKASHA班(チーム)』の面々プラスアルファが。

地上と地下の境目とも言える、大仰な丸扉の下に介していた。





「……本当に行くつもりかい? はっきり言わせてもらえるのならば、死に向かうに等しいようにも思えるが」

「まぁ、僕たちが言えることじゃないけどね。初動が遅いんじゃないかなとは思うよ」

「ふたりとも心配してるんですよ。ここから移動するだけなら、ほかに方法がありますし」


須坂勇(すざか・ゆう)は、額にしわを寄せ、むつかしい顔をして。

彼の弟、哲(てつ)は敢えての偽悪的な態度を隠しもせずに。

世界が終わりに向かっていると言うこのタイミングで、黒い太陽の暴虐に晒されるであろう外界へ出発せんと、準備万端の王神公康(おうしん・きみやす)と石渡怜亜(いしわた・れあ)に向かって、そんならしい言葉をぶつけてくる。



すかさず大矢塁(おおや・るい)が、フォローというか、二人の本音を代弁するものだから。

兄弟らしいタイミングの合いようで、ノーダメージ突っ込みを塁が受けるまでがセットである。



ある意味そんな、状況にそぐわないほんやかとしたやりとりに。

でもこれはこれで、これからイロイロと大変よねぇ、などと内心でによによしつつ。

ほとんど無意識のままにダーリン……王神にとっつきつつ、怜亜は律儀にもそれに答えることにする。




「ええっと、確かここからだともう一つの避難所、『LEMU』だっけ……には行けるのよね? でも、それじゃあ意味がないっていうか、たぶんそっちでも止められると思うのよね。今更ここを出るのも、あれかなぁとは思ってたけど、元気いっぱいなのにダーリンがじっとなんてしてられないって言うのなら、あたしはついていくだけよ」



この『プレサイド』の世界を管理する責を負わんとばかりに、足元から縛られ動けないでいる勇。

そして、外界と断絶されゆくこの『異世』でなくてはいずれ消えゆく運命にある哲。

そんな二人を、塁としては今更置いていくことなどできるはずもなく。


故にこそ偶然か幸運か、身体の空いている王神がやるべきことをやらなくてはと、希ったのが現在の状況である。



「……あ、でも。それなら怜亜さんも哲と同じなんじゃあ」


一度は黒い太陽に灼かれて、この世を去りかけた者同士。

哲が冷たそうに見えて、敢えて口にしなかった言葉を、それでもと塁が口にすると。


案の定それに哲が、僅かばかり眉を上げて。

余計なことを言うんじゃないと怒り出す(塁に対しあたりがきついままなのは、哲なりの照れ隠しなのだとは、後の勇の談)前にと。

怜亜が何だか照れた様子で、だけどいっそう王神にくっつきつつ言葉を続ける。



「あ、ええ。それなら大丈夫よ。美冬さんと長池さんの関係を目の当たりにして、これだ! って思ったから」



死さえも共有する、と言われるファミリア契約。

それにより怜亜は、王神のファミリアとなり、完なるもの……『パーフェクト・クライム』の呪縛から逃れ、命長らえることとなったのだ。



「これで身も心もあたしはダーリンのものってことなのよ、最高ねっ!」


そんなわけで、喜々としてそう嘯く怜亜を見守りつつ。

照れる様子を見せずに暖かく、満足げに頷いてみせる王神。


そんなお腹いっぱいな様子を目の当たりにして。

勇がなるほど、哲も『そう』すればいいんじゃないか? なんて言うものだからさぁ大変。

心底嫌そうな顔をして、だから言うなって言ったんだ、と毒づく哲に。

長年哲をやっていたこともあり、そんな二人の心境が身にしみて理解できたらしく、塁は苦笑浮かべて素直に哲に謝る仕草を見せていて。


ついさっきまでは、大変そう、などと勝手に思い込んでいた怜亜であったが。

これはこれで、三人で完成されているのかもと、しっくり納得できて。





「……うむ。そうだな。始まりのきっかけは、あのリーダーにどことなく似ていたような気がしなくもないあの夢見の少女に、勇がご大層な啖呵を切ったこと、だろうな」

「そうか。けっして忘れていたわけじゃないんだけどね。『あんなこと』を口に出しておいて、なんだかんだでこの場で燻ることしかできないのは、ボクに確かに心残りではあったんだ」

「何さ、二人して。僕にも分かるように教えてくれよ」

「あ、あたしもっ、あたしもそれ知りたいわっ」



そうこうしているうちに、ついには口を開いた王神が、遅きに失しているかもしれないとはいえ、外界へと向かうその理由を口にしだす。

すると、言葉通り相当に心残りであったというか、悔しい気持ちがあったのだろう。

勇は、王神のその言葉だけで、王神の無謀にも思える決意に納得してしまったようで。

その場にいなかった哲や怜亜にとってみれば、何が何やらであろう。


そんな二人の疑問に答えたのは。

もう一人、その場に居合わせていた、塁その人であった。




「世界を救うための心意気を問われたんですよね。その覚悟ならとうにできているって、何の臆面もなくにいさ……勇が返したまではよかったんだけど、やってのける前から声を大にするもんじゃないって、私が言うのもなんですけど、思っていたのは確かですね」

「うぐっ。改めてはっきり言われるときついよ。面目ないというか、なんと言えばいいのか……」



思えばきっと、その時から勇が一番にやりたかったこと、成し遂げたかったものは、『世界を救う』などといった大それたものではなかったのだろう。


哲を失ったこと、過去に対しての自棄と。

塁に取り返しのつかない重荷を背負わせてしまった罪悪感。


勇には、これらを紛らわし、生きていくために強い意志が、目標が必要だった。

それこそが知己であり、知己にならい、あるいは対抗するために。

『パーフェクト・クライム』から世界を救わなければと。

それを成すのは自分なのだと、自惚れている部分があったのは確かで。


当の塁に、その辺りのところをつつかれたものだから、顔を真っ赤にして狼狽え、弁明している勇が何だか新鮮で。

王神はそんなやりとりを、やっぱり暖かく見守りつつ、理由の続きを口にする。




「俺たちはチームだからな。一度口にした事も守れぬのか、などと思われるのも癪だろう? 勇がこの異世の維持管理を任され、動けないのならば、俺が、俺たちが動くべきだと、思ったまでよ」

「言いたいことはわかったけど。プライドやメンツを潰したくないからって、命を捨てる気?」



今度は、別の意味合いをもって勇から視線を外した哲が、誇りのために命を投げ打つのかと。

最早王神と怜亜は一蓮托生であるのに、などといった内心のこもった疑問を口にする。



「何、このまま『パーフェクト・クライム』黒い太陽が落ちる場所に、策もなくただ突っ込む、と言う話ではないんだ。現状の俺たちができること。世界を救うための可能性を、選択肢を増やそうと思ってな」


対する王神は、百も承知よとばかりに実に老練に頷いて見せて。



「選択肢……それって」

「ええと。たとえば、この大きなロボットの異世は、後々世界を均し、再生すると言われる『始祖』の生まれる場所みたいなのよね。まゆやリアは、正咲んちから世界を救う術を求めてほんとの異世界へと旅立つって言うし、こうみんたちがいる……かどうかははっきりしないけど、『LEMU』はここと同じように避難所、隔絶された夢の世界を形作ってる。みんながみんな、方法は違うけど、世界をなんとかしようって動いているわけじゃない? だったらあたしたちも何かできないかなって。実際、こういう避難所って足りてないんでしょ? せめてできる限り地上の人たちを助けられたらなぁ、って思ったのよ」



可能性は多ければ多いほどいい。

みだりに命を散らすわけじゃなく。

いざとなったら黒い太陽が落ちる前に逃げ出すから。

怜亜は王神の言葉を補足する形でそうまとめて。



「実は、少々実家関連で当てがあるんだ。俺の家は古くからファミリアを……人智を超えた存在と密室な関係にあってな。とはいえこれも夏井さんにちらっと聞いた話でもあるんだが、昔からこの世界に在った超越者たちの中には、時を超え、異世界を旅できるものもいたらしい。代償なども特に必要ない、とのことだったからな。俺の、そのような存在を手繰り寄せる力を使えば、そんな彼らとのコンタクト……その可能性が広がるのでは、と思ったんだ」



ここに来て、存在理由(レーゾンデートル)見出した、とばかりに。

希望とやる気に満ち満ちている王神のことを、どうして止められよう。


その権利と、実行力のある怜亜が。

どこまでも共に在ることを決めてしまったのだから、これ以上引き止める気も起こらなくなっていて。




「分かったよ。それじゃあ王神さんに『AKASHA班(チーム)』の矜持、預けることにするよ」

「まぁ、約束を、一度口にしたことを反故にするだなんて、舐められるのも気分が良くないのは確かだよね。兄さんの自業自得を背負わせるみたいで、申し訳なくはあるけどさ」



どこまでも、何だか偉そうな勇に、すかさず哲が毒々しい皮肉を浴びせる。

再びうぐぅと言葉失う勇が、やっぱり何だかおかしかったけれど。




「……また、会えます、よね?」

「ふふっ。『僕に構わないで』って態度だった塁ちゃんも変わるものよねぇ。だいじょうぶ、せっかくダーリンと一緒になれたんだし、できるだけ長くこうしていたいもの」

「まぁ、うむ。そうだな。いたずらに命を無駄にしないことは約束しよう。お互いの未来を、目にするためにもな」



この『プレサイド』を。

保ち維持すること。

黒い太陽の暴威から逃れ、去っていくまでには。

永い長い時を要することであろう。


そのためには命を意志を、繋いでいかなくてはならない。


思い浮かべ考えるだけで、正にそれは夢のようであったけれど。




『AKSHA班(チーム)』の五人は。


確かにその未来が、まぼろしでなくはっきりと見えていて……。



            (第435話につづく)







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