第433話、青空の果てを探して、二人は鳥になり飛び立つ
―――信更安庭学園、付近。内海の奥深く。『プレサイド』と呼ばれる場所。
かつては、世界と世界を行き来する『時』の眷属であった夏井美冬(なつい・みふゆ)は。
自分だけの大切な人を。
未だ昏昏と眠り続けるその人を、いつまでもいつまでも見守っていた。
美冬の大切な人、『しんちゃん』こと長池慎之介(ながいけ・しんのすけ)は。
今現在コールドスリープ機能付きの、蓋付き寝台に寝かされている。
そこには、目覚めの時が来るまでと。
慎之介と同じように、多くの者が眠っていた。
その寝台一つ一つを照らすスポットライトがあるとはいえ、潜み隠れるようにその場は暗闇が支配しており、その場で眠り続ける彼らを見守っているのは、現在美冬のみであった。
このまま、もう一度黒い太陽が落ちて。
人々の文明がなくなって……長い時を経て元ある形に戻るまで。
ずっとずっと待ち続けるのだろうか。
美冬としては、それでもいいと思ってはいたが。
きっと助けてくれると。
天使な彼女との約束が気がかりで、やきもきしていたのは確かであった。
天使な彼女……まゆの言い分では、ここ『プレサイド』を出ることができれば。『しんちゃん』を癒し治すことができる人物を呼べる、とのことで。
それは、彼女と彼女の妹が、この檻のような異世から脱出する手助けをする代わりに、美冬がお願いしたこと。
結果的に見れば、彼女たちの力にはなれなかったが。
二人はどうやら無事に、外へ出ることができたようで。
独りよがりな約束が果たされるかどうかよりも、今となってはそんな彼女たちの道行きを心配し憂う気持ちが大きくなっていたわけだが。
そんなことを考えていたからだろうか。
美冬が見守るスポットライトから、少しばかり離れた所で。
喉元の熱さを忘れるまで、ずっとずっと夢を見続けているはずの、棺のごとき寝台のひとつ……その蓋が開き、誰かが起き上がってくる気配がした。
一体何があったのか。
あるいは、美冬と同じように眠ることなくこの場を見守り、『プレサイド』を管理し、維持している人物を呼ぶべきか、なんて思っていると。
起き上がってきた当の本人たちが、美冬の方へやってくるではないか。
「あ、おーい。美冬さーん!」
やってきたのは、美冬のよく知る人物。
天使姉妹とともに『大切な人』を探すためにと外へ出たはずの赤い瞳のウサギ少女、阿海真澄(あかい・ますみ)であったが。
別れ際の……美冬から見ればどこか鬱屈して見えた彼女の姿は、もうそこにはなかった。
きっと彼女は自ら積極的に動くことで、勝ち取ったのだろう。
元気に跳ね回るような、今までならばありえなかった彼女の後ろについてくる……実に純朴と言う言葉は似合う青年の姿を見て。
美冬はそんな、確信めいたものを覚えていて。
「真澄さん。戻ってきたのね。どうやら探し人は……見つかったみたいね?」
「あっ、どうも。阿蘇敏久(あそ・としひさ)です。真澄がお世話になっております」
飛んでいってしまいそうな真澄を落ち着かせるように。
暖かく見守り、つかまえておくかのように。
敏久と名乗った青年の瞳は、真澄に対する慈愛がこもっている。
よかったねぇと。美冬が思わず笑みをこぼすと。
それをどうとったのか、真澄は赤くなってあたふたしだして、何故か敏久をぽこぽこ叩きつつも声を上げた。
「もうっ、僕のことはもういいんだって! 美冬さんにね、渡しておいて欲しいって頼まれたものがあったんだよ」
そして、どこからともなく取り出したのは。
いつだか見たことがあるような気がする、天使の輪を黒色の染めたようなアイテムであった。
「それは?」
「えっと、まゆさん……じゃなくて賢さんかな? 彼の能力が込められてるんだって。ええと、確かブラックホール的な力で、これを対象にかざすと指定したものを吸い取ることができるみたい」
「……そう。まゆさん、お願い叶えてくれたのね」
もしかしたら、言うだけ言って忘れていた、だなんて。
一瞬でも思ってしまった自分がひどく情けなくなる美冬である。
何も役に立てなかった自分に慮ってくれていたことに、涙がこぼれ落ちようというもので。
「せっかくだし、早速使ってみてよ」
「……ええ、そうね」
やっぱり人が変わったみたいに。
実に楽しげに真澄がそう言うから。
美冬はすぐに涙を拭って。
『しんちゃん』の眠るベッドへと向かう。
その後を、ただ穏やな空気を纏い、敏久が続いて。
―――『しんちゃん』が箱庭の夢から目覚めたら、まずは何を話そうか。
約束を違えずに、救ってくれた彼女たちに、お礼を尽くさなくちゃいけないんだろう。
『しんちゃん』のことだから、天使たちの行く末を案じて、それこそ飛んでいってしまうかもしれないけれど。
それも、二人一緒であるならば、悪くないと。
そう言って。
今度は打って変わって一番の笑みをこぼす、美冬の姿が印象的で……。
(第434話につづく)
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