第432話、ラストシーンのその瞬間まで、きっと共に在るんだろう
―――桜咲中央公園から、さほど遠くない住宅街。
始めは、きっとお父さん的誰かに違いない、そんなぬくもりを感じていた知己だったのに。
一度意識が飛びかけて再び復帰した時には、あろうことか地べたに寝かされていて。
お腹の傷口を、青く冷たい足の裏で足蹴にされているかの如き感覚を覚えて。
知己は、苦しい唸り声を上げつつも、意識がはっきりしてくるのを自覚する。
「……はっ、オヤジっ!? オヤジはっ!?」
「ともみくん、やっと起きたでやんすかっ! パンダ公園に戻ったら誰もいないし、焦ったでやんすよぅ。……って、おやじでやんすか?」
冷たくひんやりとしたスタンピング……それはよりにもよって仰向けに寝っ転がっていた知己の、モロに傷口のところをピンポイントで狙うかのような、ダルルロボな法久の足踏みであったらしい。
みゃんぴょうやきくぞうさんのようなもふかわによる『ふみふみ』ならば大歓迎だけれど、それはそれでこうして覚醒することもなかったと考えれば、仕方ないと言えば仕方なかったのかもしれなかった。
「あれ? ……ここ、どこだ? 確かに公園じゃない。やっぱり誰かが己を運んでくれた? 法久くん、じゃないよな?」
「そうでやんすね。公園から公園まで、これから向かう目的地の中間点でやんすか。まったくもって違うところにいるものだから、探すのに苦労したでやんすよ」
知己の、法久もろともの力の発現で。
いわゆる専用ダルルロボを失ってしまった法久。
よくよく見ればそこにいるのは『キューバレ』と呼ばれた、ダルルロボの一体で。
取るもの取らず、駆けつけてきてくれたのだろう。
となると、ここに来るまで……死に体であった知己を運んできてくれたのは誰だったのか。
「……何て言えばいいのかな。大きな背中だった。そんな体験、今までしたことなかったけど、お父さんってあんな感じなのかな」
「お父さん。オヤジさんでやんすか。ともみくん的に言えば、大吾さんとかでやんすか?」
「んー。どうだろう? 蘇ってきたの、問答無用で倒しちゃってるしなぁ。……まぁ、オヤジならそれくらいしてくれそうではあるけど」
かつての派閥の一つ、『哀慈』のボス、梅垣大吾(うめがき・だいご)。
以前にも述べたが、『あおぞらの家』の発起人であり、所謂試験管から生まれたがごとき感覚しかない知己にとってみれば。正しく『オヤジ』のような存在である。
一度目の黒い太陽が落ちた時。
最前線にいて散っていった彼が、果たして今になって知己を助けるためだけに蘇ってくるだろうか。
男気溢れる彼ならば、可能性はなくもなかったけれど。
多分違うんじゃなかろうかと、知己はどこか確たる思いでいて。
「……借りを返せたって、聞こえたような気がするんだよな」
「ふむ。思い当たるところは?」
「いや、まったく。そんなんだから、ナオに怒られたり、紅さんに迷惑かけたりしちゃうのかもなぁ」
「それに気づけただけ、いいじゃないでやんすか。答えはもう出ている、でやんすよ」
「そっかぁ」
『らしい』ことを言う法久に。
ひどく納得できる自分がいて。
知己はなんとはなしに、まじまじと法久を見てしまう。
―――法久くんには行く末を。その先まで見守っていて欲しい。
それは、知己自身がかつて口にした言葉だ。
今そこにいる法久は。
原初の……何も未だ知りえない、彼なのだろう。
軽々しく口にしたわけではないが、それが終わりの見えない、永劫続くかもしれないだなんて、どうして気づけようか。
気づくことは結局なかったけれど。
ある意味で変わり果ててゆくその姿に、申し訳ないものを感じたのは確かで。
―――自分さえいなくなればよかったのか、と。
一瞬でも考えてしまった自分を、慌てて否定する知己。
だってそうであるならば、こうして幾ばくの間でも生に引き止めてもらった、意味がなくなってしまうじゃないかと。
「……それじゃあ、迷惑ついでに目的地まで運んでもらえるかな。実はちょっと、お腹がへって、力が出なくて」
「う~む。ジェットを使って背中に取っ付けばなんとかなるでやんすかね」
申し訳なさ全開で、苦笑を浮かべて知己がそう言えば。
確かに、知己自身の力は現時点では弱まっているようで。
ファミリアである『キューバレ』に、さほど影響していないのに気づいたらしい。
迷うことなく、了承でやんすと。
そのまま言葉通り知己の背中にとっつくと。
さっきとは違うあったかいものが知己の背中を支配したから。
「……よし、行こう!」
「出発、進行でやんすよおぉっ!!」
目指すは、赤色が支配しつつある空を。
更に塗りつぶすかのように広がる黒色のたもと。
二人して敢えて言わないけれど。
音に聞く名コンビの。
さいごの冒険は。
こうして、始まるのだった……。
(第433話につづく)
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