第431話、もしも歌で、君が救えるならきっと、僕は歌うよ
十二の魂を託され、その身に秘めて。
未来のために始祖、神にも等しい存在となることを運命づけられた、そんな少年がいる。
彼は、滅び行く世界を、文明を再構築し、蘇らせるといった使命を負っていた。
そのためにはまず、滅び行く世界の、その原因を突き止めなくてはならない。
よって彼は、前神であった『金(ヴルック)』の属性に愛されしものの力を借りる形で。
自らが暮らしていた世界の、原初となる過去の世界へとやってきていたのだ。
しかし、それにあたって少年に、様々な問題が降りかかってくる。
まずは、共に在るはずの、『親』とも言ってもいい十二の魂、根源。
その大半と、過去移動のショックで離れ離れになってしまっていたのだ。
加えて、たとえ滅びの理由がわかっても、それを解消するための手段……こことは別の世界、あるいは過去、軸の違う世界へ渡り行く方法がわからないなどと、様々あったが。
何より一番問題であったのは。
魂が引き裂かれ、バラバラになるほどの移動間の衝撃によるものであったのか。
自身が何者でどんな使命を、存在理由をもっていたのか、それこそ自身の名前ですら忘れ去ってしまっていた、と言うことで。
初めは、そのことを偶然から生じた事故によるものだと疑わなかったのに。
期せずして本来持つ名前と、同じ意味を持つであろう名前をつけられたその時から。
自分を少しずつでも取り戻していくたびに、自身が何者であるのか、忘れ去っていたことにも、明確な意味があったことに気づかされる。
表向きには、あるいは彼自身の生涯が、歴史として紡がれるのならば。
彼は正しくも先に述べた通り、未来を掬い上げ維持し守っていく、神と呼ばれるべき存在として扱われることであろう。
しかし、その実。
少なくとも彼が何を思い、何を願って過去の世界に来たのかといった部分にスポットを当てれば、全く異なる側面が見えてくる。
彼はただ、心生まれたその時から。
大好きで仕方がなかった幼馴染の少女に会いたかったのだ。
探し出し、見つけ出して。
まぼろしの存在なんかじゃない、確たる魂を持った彼女を取り戻して。
一度は失敗してしまった、想いを告げることを。
結局もらうことのなかったその答えを。
彼女の口から直接聞きたかったのだ。
彼に存在理由が本当にあったとあるとするならば。
世界を救い上げるだなんて大それたことではなく。
未来を繋げるために、神のごとき存在に成るだなんて烏滸がましいことでもなんでもなく。
正しくも人らしい、だけど有り難くてかけがえのない、その『瞬間』を感じるためであったと言っても過言ではなかった。
そんな、ありのままの彼で、この世界へやってきたのならば。
運命や使命など、どこかへ追いやって。
彼女の手を取って……世界のための礎にならんとしている彼女を抱き寄せ、自身の内へしまうかのごとく。
攫って逃げ出すくらいのことはしていたであろうことは間違いなくて。
―――果たして、今この瞬間の彼……『ちくま』はどうなのか。
どちらに傾いているのか。
すべてを思い出したと口にしていても。
『マリ』……黒姫瀬華の魂であり、始祖を支える十二の根源、家族にも等しい存在であることに気がつかされた少女には、そのすべての判断がつかなかった。
何せ、竹内麻理の肉体を未来にまで繋げ、数少ない生き残り……真なる人間、『神候補』であることに彼女が気づかされたのもごく最近で。
色々と、まだ理解が追いついていないと言うか、それを口に出せないまま、ちくまについてきてしまっていたので。
正直、わやくちゃな混乱から抜け出せていなかったのは確かで。
そんなどうしようもない状況のまま。
ついには二人は、この世界が滅び行くその理由を知って。
自らの故郷へ、あるいは更なる神となるための試練、異なる世界へ繋がるという場所にまで、来てしまっていた。
「……ついた。ここだよ、ここ。ようやく思い出した。この場所に、故郷に帰ることができる『魔導機械』があるはずなんだ」
「異世界か。あるいは未来か。……ここまで来たらあれね。私もついていってもいいかしら」
ずっと答えの出ない考え事をしていたこともあって。
流れのままおざなりに言葉を返してしまう『マリ』。
すると。
現在の彼に、『ちくま』と名付けられた頃の……人ならざる、何にも染まる事のないような、無垢な子供めいた様子は薄れてきてしまっているようで。
「……何を今更。最初っからそのつもりだったんでしょ。ここまで来てやっぱりやめる、はなしだよ」
そんな『ちくま』の、いきなりのとってつけた『いいわけ』めいた言葉に反応しただけだったのに。
マリは返ってきたその言葉に、並々ならぬ凄絶さを潜ませた感情が伝わってきて。
無意識のままに身体を震わせてしまう。
それは。
一番に聞かなければならないことではないと、待ったをかけられるがごとき苛烈さからくるものでもあって。
結局のところ、一貫してマリにとって何が最善であるのか。
答えが出せないでいる中、苦しくなるような緊張感を破ったのは。
大きなシャボン玉のようなものに包まれて、ふわふわと揺蕩う『鍵』の存在であった。
「……っ」
それが、一体どんなものであるのか。
瀬華として生きた日々、記憶も確かに刻まれていたマリは。
それをずっと扱い、管理し続けてきていた一族、未来(故郷)において『神候補』のひとりである少女のことを思い出す。
「これが……『時の舟』の鍵? 正咲はどうしたのかしら」
「まだ来てないんじゃない? 早い者勝ちだから、しょうがないよね。……まぁ、少しは待っていてもいいと思うけど」
出会ったばかりの頃は。
正咲……ジョイに対しても結構反応があったのに。
そんな、そっけないちくまの様子に、マリは内心で寂しいものを覚えていたのは確かで。
ちくまは、そう思っているマリにも気づいていないはずはないのに、まるではぐらかすようにそんな言葉を返してくる。
そんな事思ってもいないだろうに、なんとも白々しいやり取り。
しかし、その事でマリは気づいてしまった。
今そこにいるちくまは、やはり既に何も知らないままの純粋な彼ではないのだと。
全てを知った上で、何でもないかのように。
その鍵を使って、新たな舞台へ向かわんとしていることを。
それは、時既に遅しである事実と、彼が求めてやまない彼女が、泡沫のごとき幻では意味がないと、主張しているようでもあって。
躊躇いと迷いが肥大して、取り返しがつかなくなる前にと。
『待つ』と口にしながらも、その泡を割いて鍵をその手中に収めるちくま。
まるで、彼らしくない勢いをもって。
なんの感慨もないふりをして。
その鍵を使おうとするものだから。
マリは……いや、この世界でそれなりに長い間『二人』のことを見守ってきた瀬華は、ついには声を上げてしまう。
「ちくまは……ちくまはそれでいいの? 『彼女(リコ)』は……ううん。この世界の、この時代のカナリは今ここにしかいないのにっ」
―――それは。
口にしたって遅きに失した……どうしようもないことだったのに。
心が耐えられなくて、同じ想いを未来で共有することとなる親友(リコ)への感情が溢れてきて我慢ならなくて。
口にした瞬間、マリははっと我に返って。
自身の言葉を刹那の間後悔したけれど。
「いいわけ……いいわけないだろっ!! こんな答えは! 結果は! 絶対に認めないっ! ……もういい、もういいよっ! 世界がどうなるかだなんて、知った子っちゃないんだよ! 僕は僕のためにこれを使う。そうしていつか! 帰ってきて、『はい、こちらこそよろしくお願いします』って、言うまで何度だって諦めずに向かっていってやるんだあぁぁっ!!」
彼の、そんな本音を聞きだすことができたから。
結果的には、よかったのかもしれない。
マリは、これで『貸し借り』なしよね? と。
内心で苦笑してみせて。
「その意気や良し、ね。そう言う事なら、どこまでだって付き合うわよ」
「……はぅわっ!? ぼ、僕ってば何をっ」
感情のままに言わなくてもよかったことまで口にしてしまったちくまに。
マリは楽しくなってきたわね、とにやりと笑みを見せて。
ここまで彼女が作った空気を打ち破るみたいに、余裕(アドバンテージ)をもって。
何だか言い訳めいた言葉を口にしているちくまを、引っ張っていくのだった。
(……草場の影でハンカチ噛んでる暇なんてないんだからね、『リコ』)
結局。
内に秘めたそんな台詞を。
マリは一度も表に出すこともなく……。
(第432話につづく)
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