第366話、生まれてきたその訳も、巡り逢った訳も知らずに


世界と異世界を繋ぐ扉があり、その間を航行する『時の舟』があると言われるカナリの屋敷。


カナリの……正咲のファミリアの名を冠するその場所は、彼女の名を隠れ蓑にしつつ、その実透影(とうえい)家に代々伝わる秘境でもあった。

青空が徐々に赤へと染まり、それが異常ではないと浸透していく中、それでも使命をもって外へ出た者達の大半が、その場へと向かっていて。


『プレサイド』と呼ばれる海深くの異世……シェルターから脱した正咲(ジョイ)、ケン、リアの三人もその一組である。



初めは、そのメンバーに阿海真澄(あかい・ますみ)もいたのだが。

『プレサイド』のシェルターと、金箱病院の地下……『LEMU』の異世がつながっており、そこに阿蘇敏久が残っているかもしれないと言う事で、思った以上に人でごった返していた金箱病院に置いてきた所なのだ。


探す事を手伝おうかと申し出たが、ここまでくればなんとなく分かる、とのこと。

外よりは安全であろうその場所に、そんなわけで憂いなくあっさり真澄をそこへ置いてきたわけだが。

正咲たちが(正咲が忙しがっているせいもあるが)スピーディーに行動できるのには訳があった。


それは、ケンとリアの背中の翼と、ケンの輪っかを創りだす能力のおかげである。


ケンの能力、【黒朝白夜】。

本来は一対セットの黒白で壁などに貼り付け、その間を移動できるものなのだが、アレンジを加える事により、軽い瞬間移動ができるようになったのだ。


簡単に言うと、移動場所の指定である。

ケンは出口用の白輪っかを、目で見える範囲ならば米粒程になろうとも設置できるようなのだ。

幸い、赤みがかってきた空には、雲さえなければ白い輪っかはよく見える。

出口用の白い輪っかを空に放ち、入口用の黒い輪っかを使ってみんなと手を繋ぎつつそれを潜る事により、パーティーメンバーとしての瞬間移動を可能にしたわけで。


しかしそれは、言わば一瞬にして空に投げ出されるも同じ。

リアやケン、そして正咲や真澄も能力を駆使しなければうまくいかなかっただろう。

正咲は、小さいひまわり色の猫となってケンの肩に落ち着き、真澄がなけなしの血液ビン(こんな事もあろうかと自分の血を貯めていたらしい)により、翔び魚のトンミを呼び出し、滑空することで事なきを得たわけだが。



それでも、その紐なし逆バンジーには、多大なる勇気と度胸が必要だっただろう。

だが、ここまで来て外に出るような者達は、どこか箍(たが)が外れていたのかもしれない。


恐怖するどころか、どこか楽しんでいるようでもあって。

事実、初めましてとともに空を飛んだリアなどは、とみにはしゃいでいたわけだが。


 

「ケンちゃん、見えたよ、あの山っ!」

「ほほう、あれが正咲んちの別荘か。……ってかデカくね? 結構な山ばい」

「お山のお城ですね。赤い屋根が綺麗です~」


イレギュラー。

ケンによるその移動術は、まさに予期せぬ程に早すぎた。

世界の思惑に沿って始まる全ての異変よりも早く、舟の漕ぎ手である正咲と、扉を開けるための代価……鍵を持つリアを連れてきてしまったのだ。

それが、永劫続くかもしれない悲劇や苦難を生むかもしれない事など、全くもって気づかないままで。




「わわっ、なにですかっ。やっこいのに戻されるですっ」

「……見えないお約束の、結界とね?」


そうして。

空からこのままお城めいたお屋敷のバルコニーへ降り立つ勢いだったのだが、そううまくはいかないようだ。


ゴム、あるいはゼリー状の膜のようなものが屋敷を覆うようにして存在していて。

ケン達は、ダメージ等はない代わりにその外殻を滑るようにして落ちていって。



「ひゅぉうふっ、90度超えてる、超えてるとねぇぇっ!」

「わははは~っ」

「おっさきぃーっ」


ケンは覚えたての翼で。

おたおたとリアは、初めて滑る滑り台のごとくわくわくとはしゃいで。

正咲はプレサイドの壁登りに比べたらいーじーだよ、とばかりに転がる勢いで、四足で駆け抜けていく。



「いえーいっ、一番のりーっ」

「うう、負けたです」

「まじか、おい。ひどい目にあった」


小さく浮いているように見えるおもちゃのような羽根でも、滑空する力はあったらしい。

本当に楽しげな正咲やリアを脇目に、大きく息をついて、ケンがこっそり冷や汗を拭っていると。

そんな事にはまるで気付かなかった、とばかりに正咲が透明で弾力のあるドームをぺたぺた触り、調べていた。

リアもすぐそれに倣って、触れても怪我の一つもしないらしい優しい仕様の結界を触ってはきゃっきゃと嬌声を上げている。


そんな二人を見て、それほどかよ、確かに滑り台としてはかなりご機嫌だったけど、などと思いつつケンも追随すると。

楽しげなリアとは対照的に、見えない結界を触ってまもなく、しかめ面というか、苦渋というか、なんとも言えぬ普段の子供っぽい相貌が様変わりしていた正咲がそこにいて。 

 


「どしたと? 大好きなケチャップが切れてるみたいな顔して」

「正咲さん、どこか痛いのですか?」

「……っ、なんだよその比喩は。わけわかんないよ~。って、べつにどこか痛いわけじゃないよ。ただちょっとこの結界を破るのは簡単じゃないなって」

「……」


嘘だろ、とほとんど無意識に言葉がついて出そうになるのを、何とか押し留めるケン。

それは、身内……家族にも等しい、ケンを含めた幼馴染達にもあまり見せた事のないものであった。

態度に出てしまうというか、嘘の付けない正咲であるからして、あまりに分かりやすく、リアすらも気づいてほっぺをうにうにしてしまうくらいである。


「わわ、何さ急にっ。リアちゃんってば」

「……はっ。透明の滑り台さんよりやわらかくていつの間にか吸い寄せられてたのです」

「何だよう、そんなのリアちゃんの方が一枚上手じゃないかぁ、ええいっ」

「うゃあっ、ひゅまくしゃべれないですよう」


ここに来てからはそうでもなかったが、幼馴染の中では一番妹のポジションであった正咲にとって、下から見上げてくれるような存在はどこかむず痒いものがあるようだ。

反撃する形でじゃれあう事で、自分自身も誤魔化したのだろう。

リアと触れ合っているうちに一瞬露わになった苦悩は見えなくなっていた。



「しかし、それにしても見えない結界かぁ。お誂え向きと言うか、僕達を邪魔するやつがいるってこととね?」


いつからこの結界があったのかは定かではないが、正しくケン達を通さないかのように張られている気がして、今更敵対勢力の何者かによるのかと首をひねるケンであったが。


「ちがうよ、ケンちゃん。邪魔してるってわけじゃないの。だってこの結界は……ジョイ達を守るためにあるんだもの」


先ほどの渋い顔で何かを言いかけ、やっぱり何かを考えるみたいに言い淀む正咲。

彼女が普段見せない、ケンの知らない正咲。


それは故郷で、再会するまでの正咲。

思えばそれは、まゆと一つになり記憶を共有した時に見た事がある気がするもう一人の正咲……ファミリアと過ごした日々の姿だったのだろう。



(確か、カナリって名前だったとね)


これはあくまでケンの勝手な妄想にすぎないが、言い淀むその先には、きっと彼女の存在があるのだろう。

この屋敷の中には、正咲が鍵……操者となり、リアが乗員となる『時の舟』がある。


その始動キーですら、天使の母の命がかかっているのだ。

代価の大きさを思えば、その先の危険も推し量れようと言うもので。


創造主を守るために、支えるために生まれたファミリアとすれば。

そんな前も後ろも分からない危険に主を飛び込ませるくらいなら、自分が代わりになると考えるに違いなかった。

事実、ファミリアと創造主と言う関係ではないにしろ、ケン達も似たような事をしてきたのだから。


かといってそんな自己犠牲の気持ちなど、受け入れられるはずはなく。

むしろこっちが贄となるべきだ、なんて正咲は思っているはずで。


このままでは、きっと正咲もカナリも後悔するだろう。

結局ケン自身がうやむやになってしまって、何も言えなくて後悔しているのだから。

正咲にはそうなって欲しくない。

お互いの気持ちを腹割って話して、両方にウィンウィンな答えを出すべきではないのか。


ケンがそう進言するつもりだったのだが、うまく伝えるのにはどうするべきか迷っているうちに、正咲が都合の悪い話はもう終わり、とばかりにリアの頬を堪能し終え、一つ手を叩いて声をあげた。



「でも大丈夫っ。こんな事もあろうかと、お家の外から中には入れるひみつの入口、知ってるから。ふたりとも、ついてきて! だんじょんアタック、だよっ」

「ええっ、ほんとですかっ。だんじょん初めてですっ。楽しみですね~」


全くもって大丈夫じゃないと言うか、話を置いただけなのだが、本人すらそれに気づかずリアとケンの手をぐいぐいと引っ張るようにして結界を離れ、思ったより鬱蒼としている山のたもと……黒々と茂る森の中へと進んでいく。



(やっぱり目がはなせないな。ついてきて正解だったとね)


今となってはリアもいることだし、こちらについて正解であったとつくづく思うケンである。

ただその一方で、二手に別れる事となった、もう片方の幼馴染達の事も気になっていた。



(まぁ、瀬華はもちろん、ああ見えて麻理もしっかりして……ないなぁ。やべっ、気になったらどうしようもなくなってきたぞ)


瀬華は、こちらの世界では誰よりもベテランだから、心配はしてもあまり気にしてると逆に怒られる絵が浮かんでくるからいいのだが。

厳密には一緒に行動しているわけではない麻理の事は、結構気がかりだった。



何せ、場所が場所だ。

ケン自身、命の危機に対し麻痺しているのか、あまり重きを置いてはいないのだが、麻理は違う。

本人はきっとのほほんとしているのだろうが、ヘタを打てば一瞬で命を奪われかねない場所にいるのは間違いないからだ。



(まぁ、理屈じゃないとね。……家族、だもんなぁ)


ケンも正咲も、本当の意味での家族を失ってしまって久しい。

だから、ある意味死に無頓着なのだろうが、瀬華いは愛華がいるし、麻理にはつい最近生き別れの家族がいることが分かった。

側にいたい、切っても切れないのは仕方のない事なのかもしれなかった。



「おー、あったあったまだあった。さぁ、ここだよ。ケンちゃん、リアちゃん」

「井戸ですね。さだ子さんのおうちみたいです」

「うう、リアちゃん怖いこと言わないでよう。気になるじゃん。……それじゃあケンちゃん、一番手ね!」

「おっ、おお」

「ダメですっ、リアが一番に入るですっ」

「「どうぞぞうぞ」」

「はいですっ!」


……どうやら、溌剌でピュアなリアには、お約束は通じなかったらしい。

思わず呆気にとられ、ぽかんとする正咲を尻目に、実に元気のいい返事をして、リアは浮かぶミニチュアの羽根をぱたぱたさせつつ、宣言通り一番乗りで年季の入った井戸へと乗り込んでいくのだった。



「さすがまゆの妹、勇気あるなぁ」

「うう。おやくそく、がぁ~」


しみじみと呟くケンと、何故か泣きそうな正咲を残して……。



             (第367話につづく)







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