第365話、焦がれ、憧れ、揺れて、輪の中へ


「あれ、見事に開通できそうだけど、その後の事を考えているのかしらね」

「うむ。絶対この後囲まれる、でやんしょ。まさにスターだね」


ちくまはともかく、こちらに気づいたのか、ちらちらとこちらを振り向いて不安そうにしている麻理は、その事にきっと気づいているのだろう。


二人をおとりにして、その隙に外に出る事もちょっと考えたが、仁子はともかく法久は彼らを見つけるのが目的だったわけだし、そうもいかないのだろう。


はてさてどうするべきか。

仁子と法久がなんとか顔を見合わせた瞬間。


薄氷のごとく残っていた最後の一枚と言うべきものがついに破壊され、さながらトンネルの貫通式のように歓声が上がった。



「やった! ついに抜けたよっ!!」

「~~っ」


ドヤ顔達成感で笑顔を見せるちくまを背中に、巻き込まれては叶わぬと、ダッシュで仁子達のもとへ駆けてくる麻理。

そんな彼女に、あれ、どうしたの? なんて首を傾げるよりも早く、ちくまは人ごみに飲み込まれた。



一体この氷はなんなのか。

また、カーヴ能力者のしわざか。

今日政府から何か発表があるようだけど、その事と関係しているのか。


そんな事より、見舞いの相手は無事なのか。

何も関係ないとは言わないが、自分の目的のために氷ドームを破っただけなのにこのザマである。



「え? ええっ? えっと、た、助けてーっ!」


ちくまも、あるいは初めて人の理不尽を味わっているかもしれない。

もみくちゃになって、まるでちくまが全ての元凶であるかのように、漠然と降り積もる不安を解消するようにと寄って集る有象無象の人々。


それを何とかしようと、やれやれとばかりにふわりと浮かび上がったのは法久(ネモ専用ダルルロボ)であった。



「ちょっち、なんとかまとめてくるよ、でやんす。二人はここで待ってて」


生まれ流れにしてのスター……ではないのだろうが、こういった時の対処に慣れているんだろう。


仁子はそこにカリスマを幻視しつつ。

ごめんなさい、逃げてきちゃったと舌を出す麻理とともにその手腕を見守った。




「はいはいはーい! みなさん注目―っ!! その子は何も知らないんだからあまり責めないでやってくださーい! このお騒がせな氷のドームについてはわたくしめが説明しますからーっ!」


それは、やんすを忘れた、ロボットが出したとは思えない大きな大きな、生きた……そこらじゅうに響く拡声器のような声だった。


さすがはプロ、などと思っているとさくさくとちくまを助け出し押し出して。

ある事ない事口八丁手八丁で、ここであった事、これからの事、謝罪も含めてわかりやすく丁寧に説明してゆく。



「え? あれれ?」


空飛ぶ青まりみたいなロボットである事すら忘れ、不安に苛まれている人々宥め、落ち着かせている法久(ネモ専用ダルルロボ)に対して。

不思議なものを目にし、首を傾げるちくまが、なんだか印象的で……。





         ※      ※      ※




結局の所、病院にやってきた人々に対し、納得できる対応を、と言う事で。

全世界への放送が始まるまで、そのまま法久(ネモ専用ダルルロボ)はその場に残る事になってしまった。


金箱病院に来る事がなければ、終末にいち早く怯え戸惑う事もなかったと言えるが、ある意味運が良かったとも言えるかもしれない。

早めに『もう一人の自分』の意味を知る事で、生存率が上がる可能性が高いのは確かだからだ。


それにより、仁子が目的の場所へ向かうための足かせがなくなってしまった。

このまま放っておけば、『LEMU』で見た夢の通りになってしまうかもしれない。

それは仁子の望んでいる事であり、一方で誰かに止めて欲しい事でもあって。



「よし、とにもかくにもカナリさんを追いかけるよっ」


麻理を、仁子を見つめ、何疑う所なく真っ直ぐにそう言い放つちくまに、仁子はどこかホッとした気持ちを抱いていた。

ちくまが麻理だけでなく仁子にも当然のように頼ろうとしているのが分かって、救われた気分になったのだ。


仁子自身、その事は口にしなかったが。

それにかわりに答えたのは、薔薇の細工が美しい青みがかった剣をしまい直し、背中にしょって人心地ついていた麻理であった。



「追いかけるのはいいけれど、あてはあるの? カナリちゃんの気配が分かったりとか」


仁子とは、ついさっきが初めましてであり、知己が連れてきた最後の優秀な仲間、との事だが。

その背に負う黒姫の剣のせいなのか、あまり初対面と言う感じはしなかった。

金箱病院を出るにあたって、挨拶は一応したのがが、ふとした瞬間にキリリとなる様や、彼女自身があるいはちくまと同じように気安いからなのか、今は亡き黒姫瀬華(くろひめ・らいか)を幻視してしまうのだ。


まぁ、聞く所によると瀬華とは幼馴染だったようで、似ている部分はあるのだろうと、仁子は自分を納得させていて。



「うん、あてはあるよ! カナリさんが知己さんに会うまで暮らしていたお屋敷さ。カナリさんはお屋敷に用があるみたいだったから、外に出られたらきっとまっすぐにそこに向かってるはずなんだ」

「う~ん。そんな事言ってたかしら。……まぁ、私もいない時があったし、そもそもあてもあるわけでもないしね。ここはとりあえず従いましょうか」



逆に、仁子と比べたらちくまと麻理は昔からの知り合いのように見受けられる。

一人で出て行ってしまったカナリを探し出す事に異論はないようで。



「大丈夫、絶対カナリさんはお屋敷に向かってるから。よし、急ごうっ!」

「根拠はなさそうだけど、大した自信ね。……それも愛のなせる業、なのかな」



初めは少し呆れた様子で。

後半は聞こえない位の小ささでニコニコしている。


仁子の見た限り、微妙な三角関係、と言うわけでもなさそうだった。

むしろ麻理は、先輩風を吹かせてちくま達を見守っているようにも見える。


仁子は、そんな二人に微笑ましい気持ちになる一方で、その勢いのまま走り出していってしまう二人にはっとなって。

慌てて声をかけた。


「ちょ、ちょっと! そのお屋敷がどこにあるのか知らないけど、走って行ける距離なの? 急いでるんでしょ、車出してあげるわよ!」

「……あ、そうか。走って行ったらいつになるか分かんないよね」

「も、もう。思わずつられちゃったじゃない」


立ち止まり、頭をかくちくまに、勢いに任せてしまった自分が恥ずかしかったのか、顔を赤くし文句を言う麻理。


ある意味ツッコミ所満載なやりとりなのだが、生憎にもそれを示唆する役目を負うものはその場におらず。

どこかずれたまま、三人は仁子の運転する軽自動車に乗って、ちくまのナビを頼りに目的地へと向かうのだった。



終末が差し迫り、混乱と混雑が予想されると思いきや。


嵐の前の静けさなのか、予想以上にスムーズに目的地へと向かってしまっている事に……気づかないままで。



            (第366話につづく)








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る