第364話、知らないうちにそこにあった、ただ押し寄せるあなたへの想い


場所は変わって金箱病院、氷に覆われし結界の外。

本来結界の役目を成すそれを、元々は結界を……プライベートスペースを構築するのに長けたファミリアである事を思い出したにとってみれば。

壊さないままに、自らも気づかない内に抜け出す事など造作もない事であった。


ついぞ夢であったステージに今世において立つ事のなかったそんな彼女……カナリは、自らの使命を思い出し最後の舞台へ向かうためと、ある場所へと向かっていた。

 

それは、かつて自分が主の代わりとなって人の姿を取り、封ぜられていた自らの名を冠するお屋敷。

代々、時を開く禁術を秘匿してきた、透影の一族が守っていた場所。


ある意味では、その名の通り彼女そのものでもあるとも言える、その異世。

カナリの『もう一人の自分』のいる場所……終焉の地であり、主(正咲)を守るための場所。

『時の扉』ある場所であり、その舟の発着場所でもある。


扉を開き、舟を動かすために同じ鍵が必要で。

その場を維持する意味も含めて、カナリは確かにその鍵を担う存在そのものであった。



だが、それを由しとしなかったのが、主である正咲(ジョイ)だ。

彼女はカナリに記憶とともに本来の命を忘れさせ、主と主従(ファミリア)の立場を逆転させてまでそれを止めようとしていた。

急がなければ自身の身を賭してでも彼女はカナリに代わりになるか、代わりになるものを見つけてくるだろう。


ならばカナリはそんな主よりも早く目的地へと帰って事を成さなくてはならなかった。

止めようとするなら止められる前に。

犠牲を嘆くのならば気づかれぬよう。

気づかないまま事が済むように、海神(わだつみ)のごとくそっと主を見守り送るつもりでいた。



「……っ」


しかし、人ならざる力を持つとはいえ、目的の地は遠かった。

故にカナリは焦り、そして迷っていたのだ。

自分が役立たずの手遅れになってしまう可能性の一方で、ただうたかたのごとく消えゆく運命である自分に疑問を持つようになってしまった。



それもこれも、屋敷から出なければ全てがうまくいったのかもしれない。

だけどカナリは、外に出る事によって知ってしまった。


世界の広さを、素晴らしさを。

涙が出る、しあわせを。

身が捩れるような悲しみを、その終わりを。


自分身を粉にする事は、果たして意味があるのか。

芽生えてしまったその感情……散らせる事を、惜しむようになってしまったのだ。


だからカナリは気が急いて急がなくてはと思うのに、時折辺りを見回して振り返るのを止められない。


その選択肢がどんな結末を生むのか、全くもって気づけないままで……。




                          

           ※      ※      ※



 

―――同時刻、金箱病院


 

「よっし~。まずは出口を探すでやんす。カナリちゃんにちくまくん、ええと後、麻理ちゃんだっけ? 早く見つけないと」


集合場所と時間をしっかり決めておかなかった弊害。

地下へ向かう事が舞台からの降板であり、それぞれが密かに舞台に立つ、為すべき事があって、飛び出していった者たち。


一団をまとめる者とすれば失態とも言えたが、逆に時間や集合場所を決めていたら、仁子はきっと敢えてその時間を避けていたに違いない。


それを見越して細かな事を特に決めなかったのだとしたら。

仁子は大人しく従うしかないのかもしれない。

その事に大きな安堵と、僅かばかりの諦観を抱きながら。



「ん~……向こうの方が騒がしいでやんすね。よっし~行ってみる、でやんすよ」


仁子は法久の形を……ガワをよく捉えたその声に導かれるようにして。

相も変わらずフラフラとおぼつかない飛びようで背中を向ける法久の後を追いかけていく。


覚束ないのは回復したはずの仁子も同じで。

そんな所で似なくても、などと自分で自分に苦笑しつつ。



……そうして二人が何とかやってきたのは、病院とその敷地外の境目であった。


まず目に付くのは、まさにそこが境界であると示すがごとき薄青、あるいは透明な氷でできたドームだ。

仁子はそれを見て、氷ドームを扱う能力者がどこかに残っているかもしれない、という事に気づかされる。



「うーん。こんな事なら壊せる時に壊しておけば良かったわね~」


術者を倒すチャンスは何度もあった。

それをしなかったのは、仁子自身の甘さであり、知己が掲げた『喜望』の意思でもある。

当然その甘さが嫌いではなかったので、ついて出たそのぼやきは、既にほとんど力の使えない自身の愚痴のようなものだったのかもしれない。



「あ、でも、ちくまくんたちいたね、でやんす。もうすぐ壊れそうだよ」


それに律儀に答えたのは結局上手く飛べなくて仁子の腕に落ち着いた法久(ネモ専用ダルルロボ)であった。

本物の法久がそこにいたら、おい、そこを変われ! と血涙を零しかねないベストポジションである。


しかし、当の二人はそんな自覚も意識も全くなく、結構な厚さのあった氷の壁をあとひと押しで割る所まで来ていた、ちくまや麻理の姿を改めて見やる。


ちくまは、いつものファイヤーボールを。

麻理はどこかアンバランスだけど妙に様になっている、少なくとも知己よりは正式な持ち主っぽく見えるバラの細工が美しい剣、『黒姫の剣』から閃光を迸らせ、氷かまくらを創る勢いで氷の壁を削り終えようとしていた。



「あともう少しっ……魂に火を点けろーっ!」

「向こうの人っ! もう少しで壊れるから下がってくださいっ!」


そして、通る声で麻理が言うように、世界の異変にまで気づいていなかった一派の人達も、さすがに煌びやかに存在を主張するドームには気がついたのか、何事かと集まっているのが分かった。

おそらく、病院に見舞いに来た人も中にはいたのだろう。



「……」


それを考えると、この氷ドームはやはり仁子達を閉じ込めていたと言うより、選別し隔てていたのかもしれなかった。

ここの地下がその一つであるが、これから訪れる終末に、何もせず手をこまねいたわけではない。

『喜望』主導で、こうしていくつもの地下シェルターを作っていたのだ。


ただ、それでも全ての人を救うには足りなさすぎる。


ある程度淘汰が必要になってきてしまう。

選ばれなかった人は、選ばれた人を見てどう思うのだろう。

そこで、問題が発生しないようにこの氷ドームはあったのかもしれない。


魂まで燃やすというちくまの炎と、本当に真も持ち主であるかのように、バランスがどこか悪くとも冴え渡る剣技で氷を削る麻理。


それを創った者としては止めて欲しいだろうが、仁子も法久の人の型もそれを止める様子はなかった。

今更ながら敵方の思惑など知った事かといった考えもあるが、これで結界が壊れ、入ってくるかもしれない人達を止める権利は自分にはないと思っていたからだ。



これから放映される終末の事。

『もう一人の自分』の事。

病院内にそれらがいなければ、その人は助かるかもしれない。


そこにいれば、それが最期の場所となる。

それを選ぶのは個人の自由だ。


何故なら『もう一人の自分』は、これから始まるテレビを除けば、自分自身にしか見えないのだから。

当然、いまだ舞台の上にいる仁子達にとってみれば、知る由も関係もないわけだが。


しかしそれよりも、問題なのは……。



             (第365話につづく)












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