第四十六章、『愛のことば~そこに空があるから』
第367話、終わりの時は、今すぐじゃなきゃいけませんか?
―――少し時は遡る。
一人飛び出した事により文明の利器……様々な移動手段を使わずにいたカナリは。
自らの能力により、奇しくも正咲達と同じ方法、空を飛ぶ事で目的の地へと向かわんとしていた。
何せ、屋敷からは半ば拉致される形での車移動だったのだ。
目新しい外界の景色に目を奪われていた割には、なんとなく方向しか覚えておらず、加えて電車などを使うなどといった発想すらなく。
だけど主と同じく、帰巣本能があったのか、自らの名のついた屋敷に向かうだけならなんとかなったわけだが。
『歌』により派生する、翼を生やし舞う能力には、持続性がなかった。
『空を飛ぶ』事に関しては歌のあるあるのごとく、幾数にも存在していたのだが、気が急いていた事もあって、いつも使っているお馴染みばかり使っていたのだ。
普段から使っていた、ちくまとお揃いでもあるそれは、瞬発力と上昇力に長け、戦闘における対空攻撃に向いているのもあるのだが、長時間飛ぶのには向いていなかった。
よって幾度となく失速、墜落しかけ、飛んでは止まり、飛んで止まりを繰り返していたのだ。
当然その姿は目立ち、世界の異変、終焉を気づき始めた人々の目に付き、話題となった。
奇しくも真の天使ではない彼女が終末を世界に降さんとする神に対し、滅びの宿命は今でなくてはならないのかと抵抗し、奔走すると言われる終末の天使として扱われ、滅びの説得力を持たせてしまったのは何たる皮肉だっただろう。
そんな事は知る由もないカナリであったが。
結果的に見れば敵に悟られてしまうのは必然だったのかもしれない。
……否、果たしてそれは敵であったのかも今となっては定かではない。
ただ、目的を邪魔されたカナリにとってみれば、幽鬼のごとき『彼女(ヒロイン)』は、間違いなく敵であり、障害だったのだろう。
それは、カナリが目的地まで感覚で半分ほど来たかといったところだった。
ちょうど能力が切れ、一旦降り立つ予定であった大きなショッピングモール……その屋上、本来なら駐車場として多くの車があり、行き交う場所。
まばらに止められ、あるいは打ち捨てられたその場所に、きょろきょろしつつカナリはゆっくりと降り立つ。
そのまま翼をしまい、一息。
金箱病院を出る前に弥生によって手作り置きされ手渡されていたおにぎりを、下へ向かう入口を囲む、黄色い円形ポールに腰掛けつつ、頂きますと一声かけて束の間の休息とする。
「……?」
そして、カナリがその場の異変に気づいたのは、梅入りおにぎりを食べ終えた……ちょうどそのタイミングであった。
未だうだる暑さの残るお昼時。
天頂にあったはずの本物の太陽が、一瞬にして陰りを見せたかと思うと、足の速い雲が多い包み込み、刹那にして暗くなり温度が下がるのを幻視する。
「……なっ」
思わず肩をかき抱こうとして、数メートル先に突如として顕となった、背景を通す程に透けた……幽鬼のごとき金糸を後ろ手にくくった、凄絶なほどに美しい少女を目にし、カナリは警戒も忘れて思わず声を失う。
今までの流れもあって、正直カナリは敵性が自分の前に立ちふさがる事など失念していたのだ。
というより、敵も味方もすでになく、考えも及ばなかったというのが正しいのかもしれない。
「エライ目立ってくれたじゃねーか。おかげでとらえるのラクだったわ」
気安い、気の置けない友人に話しかけるかのような、軽くて到底敵とは思えないような少女の声。
それが合図出会ったかのように、透けているはずの少女の身体が色味と質感を増し、快活な……だけどどこか安堵したかのような笑みが、はっきりと浮かび上がった。
「え? えっと……あなたは?」
「おお。オレは幸永(こうみ)ってモンだ。一応、パームに所属してた。……もっとも既に負けっちまってて、ここにいるオレは絞りカスみたいなもんだけどな。心配しなくても目的を果たしたらとっとと消えるからよ」
金箱病院にて美里達と相対し、とっておきの能力を使うことで命を散らした人物。
少しでも運命がずれればもっと前に邂逅していただろう、悲劇のヒロイン……その二人。
「目的、それって……」
「無駄死にに行く愚か者を止めに来た。かわいくて主役張れるポテンシャル、無駄にしたくないんだと。もっとも、オレとしては一度あんたと戦ってみたかったっていうのがあるけどな」
いたずらっぽく場違いに笑う幸永。
無駄死にに行く。
初めはそれが、自分の事を言っているのだと、すぐには気づけなかった。
だが、理解するうちにどうしようもない怒りが湧き上がってくるのをカナリは自覚した。
「無駄、ですって。何も知らないで。あなたに何が分かるというのっ!」
今の今まで自らがファミリアである事を忘れ、その役目を主に押し付け、のうのうとしていた自分。
そんな自分の真実を思い出し、ショックを受けたのはカナリ自身が人間だと思い込んでいたからだけではなかった。
主が……ジョイが本来カナリの役目であるはずと身命賭した宿命を、カナリに黙って変わろうとしている事にあった。
この世界の終わりのシナリオを、未来を変えるために。
そのキーとなる『主人公(天使)』を連れて、時を越えた旅をすること。
尋常でないそれには、当然代価が発生する。
その扉を開けるだけでも、ファミリアとしてのカナリの全てが必要なのだ。
忘れていなければ、カナリはそれを当然のように受け止め、扱っただろう。
その事に生きがいと誇りを持っていただろう。
だが、主はそれを惜しんだのだ。
『もう一人の自分』として、魂の相棒として、情を持ち躊躇したのだ。
その事が、嬉しくて幸せなことだと言うのは分かっている。
だけど、その代わりを主が引き受けるというなら、話は別だった。
だって間違いなく、カナリ自身が想われる彼女に負けないくらい、ジョイの事が好きなのだから。
故にカナリは、一刻も早く主より先にカナリの屋敷へと向かわなければならないのだ。
黙って身代わりになろうとする彼女よりも早く、本来あるはずだった役目を負うために。
「分かる……なんて言えねえよ。正直上から言われてるだけだからな。でもよ、そんなオレでもあんたが生き急いでんのはよくわかるぜ。だったらその命、オレにくれよ。無駄ににゃならねぇ。オレが楽しめる」
あくまでも自分本位に悪役らしく。
命の炎を燃やし尽くすが如く、絶世の少女は凄絶に笑う。
カナリにもはっきり見えるそれが、幻でもなんでもなく……カーヴの力そのままだと理解した時には、皮肉にも寄り集まって小さな太陽を形作って。
「楽しませてくれるよな、おいっ!」
正しくも意義の持てない戦いの火蓋が切って落とされたのだった……。
(第368話につづく)
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