第368話、典型的紋切り型ヒロインの、東の方っぽい掛け合い


「そんな暇、ないのにっ……」


腕を後ろに引き、反動つけて繰り出されたその炎球。

ただごとではないと、見た瞬間に分かるそれ。


幸永の期待のこもった言葉とは裏腹に。

まともに受ければ一撃にしてファミリアとしての命を失いかねないだろう。

カナリは愚痴をこぼしつつ、焦りから冷静になれないままに自分の能力【歌唱具現】を発動。

いわゆる無詠唱で、『シールド』とタイトルだけを口にし、刹那にしてカナリの全面を覆うほどのタワーシールドを出現させる。

黒鉄色のそれは、咄嗟であったため意匠もなく。



「弾けろっ!」


それを予測していたのか、そうでないのか。

幸永はカナリが生み出した盾に炎球が当たるかどうかのところで、力込められし言葉とともにそれを弾けさせた。


一つは地面に、一つは身を小さくしつつそのまま盾に、残りは盾をかわすようにして上空へ飛んでゆく。


散弾のようになったそれ。

当たらないものもあって、タイミングを崩され、肩透かしを食ったその瞬間に、小さくなったそれはすぐにその場で花火と化す。



「くぅうっ!?」


轟音。

目を焼く光。

コンクリートの地面はえぐられ、いくつもの衝撃がカナリを襲う。


思わず放してしまった手。

ごとりとタワーシールドが転がり、無防備な姿を晒すカナリ。



「まずは一発、いくぜぇっ!」


瞬間、拳に炎まとませた幸永が、目前に迫っていた。



「きゃああっ!」


ほとんど無意識に、カナリは両手でそれをガード。

しかし幸永は、そんな事お構いなしに拳を振り抜く。


反射的について出る悲鳴とともに身体の芯まで伝わる熱い衝撃。

カナリはそれを必死に逃がそうと両足を投げ出すようにして後方へと吹き飛ばされた。



「手応えがねぇっ、やるなっ!」


容赦のない一撃と感心したような嬉しげな声。

……冗談ではないと、再度背中に翼を生やしつつ、カナリは唇を引き結んだ。

あまりに唐突な理不尽の塊に、怒りに感情が増し増しで沸々と沸き上がってくる。



「この暗闇を切り裂くようにっ……!」


何故わざわざ自分の邪魔をするのか。

許せない。我慢ならない。

そっちがその気なら、こちらも容赦しない。

焦りは憤怒と様変わりし、カナリは怒号に近い叫び声で、慣れ親しんだ覆滅のフレーズを口ずさむ。



「……光の筋を疾れっ! 『ホーリーナイツ・アンブライト』っ!!」

「ひゃっほう、きたきたきたーっ!」




攻防一体の、二つの能力のほぼほぼ同時発動。

カナリとしてはいきなりの不意打ちに噴飯ものだったのだろうが、倒すつもりで撃ったファーストアタックは、幸永の予想以上に効いていないのがよくわかった。

まさに光のごとく返す刀であっという間に迫る、地を這う光の筋に恐怖と興奮を綯い交ぜにしつつ幸永も声を上げる。




「おらぁっ!」


あまりに潔く避ける暇もない幸永も、カナリと同じく迎撃をを選択した。

自身を叱咤するべく気合を入れ、両手を結んで力込めつつ大地を叩く。

すると、ちょうど同じように炎の道が生まれ……カナリが生み出した光の筋と激突した。



ゴガァッ!!



「……っ!」

「っそ! はんぱねぇー!」


先に幸永が自ら述べたように、敗者となった今の幸永は、柳一の紅の能力を使って、一時的に蘇ったにすぎない搾りかすのような存在である。

炎の能力も見た目ほど威力はなく、おそらく能力と能力のぶつかり合いでは、カナリの方に軍配が上がったのだろう。


幸永は初めからそれは予測していた。

故に迫る力をいなす事だけを考えたのだ。


結果、地面に大穴が空いた。


下に人がいたら思うとひやっとしたが、幸いにも誰もいなかったようだ。

今更ながらほっとしている自分に嫌気がさしつつも、幸永は声を上げる。




「あ、そうそう。そっちの事情やな何やら知らねーって言ったけど、早速前言撤回するわ。お前さんの屋敷にあるっつー時のトビラ……舟だっけ? オレ、結構詳しいんだぜ」


カナリを邪魔する理由なんて戦いたいからだけじゃ弱いだろう。

足止めされているのに気づいて逃げられたら元も子もない。

幸永は、ポッカリ空いた穴の淵で相対しつつ、カナリが興味を引きそうな事を口にする。




「どうしてそれをっ」


主(マスター)であるジョイ……正咲達一族しか知らないはずなのに。

まさか本人が、カナリが早まった真似をしないように先手を打っていたなどとは露にも思わず呆然とする。


「同じパームの友人からの情報さ。その扉を開け、舟を動かすには代償がいるらしいじゃんか。まぁ、時渡りなんて眉唾モンなことを成すくらいだもんな。人の命くらい頂戴しなきゃ割に合わんわな」

「……だから何よ。何を言いたいの?」


自分の命を粗末にするな、とでも言いたいのだろうか。

だからこうして邪魔をしているとでも言いたいのだろうか。

どうもあえて悪ぶっているのを隠そうともしない幸永にそう聞き返すと、しかし彼女はカナリのそんな考えを否定する言葉を口にした。



「オレの友人の情報によると、その鍵となるアイテムは既にゲットしたみたいだぜ。つまるところ、お前さんが生き急ぐ必要はもうないってわけだ」

「そ、それはっ」


既に、鍵を成すために誰かが犠牲になったという事でもあって。

何もかも遅すぎたのかと、自失しかけるカナリであったが。



「……待って。それならどうしてあなたはわたしを止めようとするの? 初めに言った事と矛盾してるじゃない」

「だから撤回するって言ったろ?」


思っていたより冷静だったというか、そこに気づいちゃうのかよと頭を抱えるしかない幸永。



「確かにわたしは時渡りのため代償として生まれたはず。だけど、もうその必要がないっていうならいいじゃない。マスターに会いに行くのの何がいけないの? 役目がすんだのなら消えるだけ。最後のお別れをしたいって思うのの何がいけないの?」


カナリは忘れていたけど、元を辿れば主(ジョイ)の能力の一部(ファミリア)なのだ。

役目がないのなら、どのみち消える宿命ではないのか?

正咲に記憶を封ぜられ、それを取り戻してから漠然と思っていたのはその事だった。


恐らくは自分を物ではなく、一人の者として扱いたかった故なのだろうが。

それを直接聞いたわけでもないし、納得いってなかった。

そんな心の葛藤を流されて会って間もない見ず知らずの人に愚痴るように口にしてしまった。

言ってから後悔するカナリであったが、聞いた相手の受け取りようは思っていたのと違っていた。



「必要ないなんて言うなよ。あんたはもう終わっちまってるオレとは違うんだ。お前さんに生きて欲しいって想ってる人がいるはずだろう?」

「……っ」


本心を隠したカナリの口からでまかせ。

幸永はあっさりとそれを看破してみせ、自嘲的な笑みを浮かべる。


はっきりと本心を断言され、図星であったから。

カナリは言葉に詰まり、反論すらできない。


さだめを終えたらファミリアは消える。

それは、ファミリアに与えられし逃れられぬものだと思っていたが。


その実、例外とも言えぬほどに、多くの生き様を目の当たりにしてきた。

カナリ自身が、その多くの例外の一人だということもよく分かっている。


自分自身で言っていたではないか。

そうとは知らず、主(ジョイ)に対して、例え自らが朽ち果てようとも消える事はないと。


あの時は立場が逆であったが、裏を返せば主はやはりカナリを置いて澪尽くそうとしているのかもしれない。

この世界を救うために『時の舟』を使って本当の異世界、未来過去へと飛び出していくのだろう。


その旅は決して容易いものではないだろう。

命失う事よりも辛い事があるかもしれない。

主はカナリにその責を負わせたくなかったのだろう。


目の前の絶世の少女は。


ある意味そんな主の代弁者だと言えて……。



            (第369話につづく)







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