第369話、限りある未来を搾り取った日々から、抜け出そうと誘って
「その様子だとしっかり想い人がいるみたいだな。けっ、爆発……じゃなかった。うらやましいぜ。オレにゃとんと縁のなかった事だなぁ」
カナリが言われて思い出したのは。
自らの分身にして創造主である主(ジョイ)の事であったのだが。
リア充爆発しろとばかりにぼやく幸永の続く言葉を受けて、かっと顔が熱くなるのを自覚する。
「な、何を言ってるのよっ。そんなやついるわけないでしょっ!?」
「んん、ヤツだぁ? その割には明確に誰かさんを思い浮かべてんじゃね?」
先ほどまでの生死を分けかねないやりとりはなんであったのか。
それも幸永の時間稼ぎの一環であると気づきもせずに。
カナリは確かに一人の人物を思い浮かべてしまっていた。
幸永が口にしたように、自らの命を惜しむ、ついぞ感じた事のなかった感情を生み出した人物。
それが恋や愛といった、夢物語にしかないはずのものだと気付かされたのは、皮肉にも自らが創られしファミリアであると気付かされたその瞬間で。
彼……ちくまが自らも人ではないと明かしてくれたその瞬間で。
(……あっ)
カナリは思い出してしまった。
異世界の住人であり、この世界からの脱出こそがこの世界を救う鍵であると語っていたちくまの事を。
主(ジョイ)と同じようにそのために方法を彼が探し求めていた事を。
ならば、やはりカナリは自らの名を冠する屋敷に向かわなくてはならない。
例え、幸永の言う通り、主の役に立てなくても……まだ自分の存在理由があったのだから。
「そう……ね。やっぱりあなたの言う通りかも。わざわざ教えてくれてありがとう。これでますますこんな所でぐずぐずしてる場合じゃなくなったわ」
「愛しき人の元へ帰るってか? ならば邪魔者はとっとと退散してやるが」
「そうね。そうしてもらえると助かるのだけど」
「……このうそつきめ」
カナリは引き返す気配などさらさらなく、再び翼を生やして目的地を見据える。
そのあまりに堂の入った嘘吐きぶりに、言葉面と反し笑いをこらえるような仕草をし、その小さな手のひらに炎の球を……小さき太陽と見まごう塊を生み出した。
「……それはっ」
色こそ違えど『パーフェクト・クライム』の黒い太陽を彷彿とさせるそれ。
一瞬、彼女が全ての原因にして根源であったのかと思いかけたが、それを否定したのは幸永本人であった。
「【過度適合】。ホントはいくつかバリエーションもあったんだけどさ。今は、『これ』がオレの最大最強にして唯一無二の能力だ。モノホンに比べて大した事がないのは、名前負けでオレに愛が足りてねえからなのかもなぁ」
曰く、それは愛の力を炎に変えてぶつけるもの。
使役者の抱える愛が大きければ大きいほど威力を発揮するのだと言う。
だが、幸永は誰かを愛するという機会を持つ前に黒い太陽に焼かれ、そして今は死して傀儡となってここにいる。
故にこその謙遜であったが、今までの攻防など児戯にも等しいと言わんばかりな小さき太陽は、苛烈な熱風(コロナ)を、炎蛇(プロミネンス)を撒き散らしている
おそらくまともに受ければ骨すらも残るまい。
事実、使役者である幸永の手にも余るのか、焼け焦げ溶け出しているのが分かって。
「愛から逃げんなよ。体験した事のねえオレに言えた事じゃないかもしれないけどな」
自分勝手で自分本位な結末をつけようとするな。
だけど、かっこつけずに自分の欲に従え。
相反するそれらが込められたもの。
ある意味、その力強さは相手を、カナリを想うが故だったのかもしれなくて。
「……いくぜ。覚悟を決めろ! 【過度適合】フォース! デルソーレ・ファイアっ!!」
凄絶に、溶け落ちる前にと。
それは、美里との戦いでも繰り出す事のなかったありえないはずの四番目。
足場……モールの天井を焼き尽くしかねない『太陽』を、カナリに向かって打ち出す。
これからのカナリの行動を止めたいのか、それとも止めを刺したいのか。
矛盾していておかしな笑いが出てくる。
でも、口は悪いけど優しくてお節介焼きだからなのか、カナリにはそれが、とてもゆっくりゆっくり迫って来るのが見えて。
「……教えたいこと、伝えたいこと、数多にあって燃え猛る……この想いよ、具現せよっ。【歌唱具現】ファースト、『アガフェ・クランプ』っ!!」
「……っ!」
カナリが、まるでちくまの能力、【歌符再現】をトレースするかのように。
あらゆる歌を力に変えられる事は分かっていた。
だが、本当は違ったのかもしれない。
力をトレースすること事体が、彼女の本当の力だったのかもしれなくて……。
驚愕に幸永が目を見開く中。
幸永が生み出した小さな太陽より、ほんの少しだけ大きく、ほんの少しだけ発動の早い、だけど瓜二つのそれが、刹那にしてぶつかり合う。
それは、どんな反応を生むのか。
きっと来るであろう凄まじい衝撃に、幸永が身構えるよりも早く。
その声を、視界を、橙から白へと、あっという間に染めていって……。
※ ※ ※
「だぁーっ。ダメだったかぁ。やっぱり人生落ちこぼれのオレにゃあリア充の才能には勝てねえってわけかぁ」
悔しくもどこか晴れやかな声色で。
大の字に空を見上げなら幸永はぼやく。
「さっきから思ってたんだけど、そのりあじゅうっての、わたしのこと馬鹿にしてるでしょ」
「あぁ!? 馬鹿だと? わかってるよ。ただの僻み妬み嫉みだっつの!」
横合いから覗き込むような形で、疑問に思っていた事を口にすると。
噛み合ってるんだかそうでないのか、よく分からない答えが返ってくる。
「……そう、ええと。じゃあわたし、行くけど」
「敗者に語る口無しってか。もう知らねえよ。もう止められねえし。……だけど口出ししちゃうもんね。もともとその予定だったけどよ、このままオレは何事も成せずに消えちゃうわけ。そんな『もうらしい』オレを置いて、きみは去るのかい?」
「え、えっと。それは……」
言われてみれば、何だか薄情な気がして、素直なカナリは足を止めてしまう。
「なに、別に看取ってほしいとか、止めを刺せとかそういうんじゃなくてさ。せっかくだからこの命が無駄じゃなかったって、証明させて欲しいんだ」
「……」
一体どうすれば、そのような証明ができるのか。
身につまされたカナリは、思わず聞き入っていて。
「思いついたんだ。どうせ命を使うのなら、オレのかすみたいな命を足しにしてくれないかなってさ」
あるいは、カナリのこの後を、せめて見守りたい。
幸永の呟きは、そんな意味が込められていて。
カナリは、はいともいいえともすぐには答えられなかった。
しかし、幸永自身が言っていたのは本当だったのか。
目を離せば消えてしまうのではというくらいに、その金の髪が薄まり、身体が透けだしていく。
とはいえ、カナリ自身がやっておいて何ではあるが。
最早悔いなしとばかりの大往生……大の字でいる幸永を、どうやってお供にすればいいのか分からなかった。
「えっと、その。おぶさっていけばいい?」
とりあえず、そのためにと幸永の顔を覗き込むようにして膝立ちになるカナリ。
そんな素直すぎるカナリを見て、幸永は思わず一人で爆笑してしまった。
「ど真面目っていうか、超ピュアってうか、嫌いじゃないけどほどほどにしとけよ」
じゃないといつか痛い目みるぜ、とばかりに。
友達を窘めるがごとく、幸永はにっと笑って、なけなしの力を振り絞るようにして左手を振り上げる。
そこには、まだ力が残っていたというのか、小さな火の玉があって。
「……くぅっ!」
それは反射というか、ほぼ無意識に発動したのは、やはり背中の翼であった。
そのままかき抱くように叩きつけられそうだった炎の玉を、カナリは寸でのところで浮かび上がり、文字通り間一髪でかわす事に成功する。
「あはは。みそっかすのはったりだったんだけどな。これもかわしちゃうんだ」
それでも無理に動かした翼の根っこが軋むのを感じながら、必死で羽ばたかせつつ、どうしてと幸永に顔を向ける。
もう戦いは終わっていて、敵味方なんてもうないはずなのに。
何度も口にした言葉だが、カナリは確かに幸永に戦う意思がないことを感じ取っていたのだ。
それ故の疑問。
その答えは、そのまま力なく落とされた、幸永の手のひらがきっかけであるかのように返ってきた。
「……っ!」
それはまさに、刹那の瞬間と表現するのに相応しかっただろう。
おそらく、二人の戦いで限界までに達していたのだ。
階下に続く穴が、クモの巣状のひびを作り、あっという間に屋上フロアに広がったかと思うと、その全てがそのまま階下に消えていってしまう。
そこで初めて気づかされる、あのまま無意識に攻撃を避けていなかったら、カナリ自身も瓦礫とともに落ちていたかもしれないという事実。
それに気づいてしまったら、カナリの選択肢は一つであった。
意を決し、翼をそのまま維持したまま。
躊躇う事なく階下へと飛び込んでゆく……。
(第370話につづく)
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