第370話、かげろうのような記憶の中、かなわぬ夢とたわむれる



カナリが降り立った場所は、雑貨や文房具などを売る均一ショップの一角のようであった。

あちらこちらに天井の石板などが散乱して、ひどい有様ではあったが。

既に人がいなくなって久しいのか、人の気配もなく崩れた天井からの陽光が差し込むのみで。



「幸永……さんはっ」


ぐるりと回るように周りを確認するも、彼女の姿は見当たらない。

そもそも今の彼女はファミリアに等しい存在であったはずだから、少なからずカーヴの力をその身に秘めているはず。

カナリ自身、索敵はそれほど得意ではなかったが……。



「……いたっ」


それでも、さほど時をかけることなく、カナリはその気配……というより命の残滓みたいなものを発見した。

そこは、均一ショップ内の、絵を描くためのものが売っている場所。

額縁や絵の具、パレットなど、色々なものがのけられ、あるいは散乱しているその一角。


まるでスポットライトを浴びているかのように緑色の背表紙の、カナリが持つには少しばかりかさが大きいリングタイプのスケッチブックが、カナリに手を取れとばかりに異彩を放っている。



「そんな、まさか……」


そのスケッチブックに、幸永の……あるいは魂のようなものが宿っている、とでも言うのだろうか。

カナリは、あまり得意ではない気配を読む力を疑いたくなったが、それでもほとんど無意識にそれを手に取ってはっとなった。



「……あたたかい」


在る。

確かにそこで明滅している。

まるで年経た器物に憑き、再び動き出すのを待つ、付喪神のように。

あるいは、事実復活を一時的にせよ果たした黒姫瀬華、その剣のように。



―――オレもついていってもいいかな。


それは、幻かそうでないのか。

自分が何かの役に立てればと言っていた。

幸永の意思のようなものが伝わってくるような気がして。



「それじゃあ、一緒に行きましょう」


カナリは自分に言い聞かせるみたいに一つ頷いて。

律儀にも白砂の溜まった誰もいないレジテーブルにスケッチブックの代金(『喜望』に所属するものとして、お給料を貰っていたのだ)を置くと。

その暖かい力秘めしスケッチブックを脇に抱え、再びふわりと翼をはためかせる。



そして、始まりの運命に引き寄せられるように。


カナリは再び自らの名を冠した、『もう一人の自分』がいるはずの、最後の場所へと向かうのだった……。





         ※      ※      ※


 


所変わって、カナリの屋敷のある山……狭霧(さぎり)と呼ばれる山のふもと。

かつては、戦闘機の武器などを作っていた場所。

ダンジョン、だなんて大げさだろうと思っていたケンであったが、この透影家に住んでいた頃に冒険だと遊んでいた正咲を幻視して、なるほどと思ってしまうくらいには入り組んでいるのは確かであった。



「こんな楽しげなところがったんなら、僕達も誘ってくれればよかったとね」

「そうです、そうですよ~」


うっかり僕達の中にリアは入ってなかったのだが、本能的にハブられそうになった事にリアは気づいたようだ。

リアもリアもとばかりに後に続こうとする、そんな二人を見て、正咲は正咲に合わない厭世的な笑身を浮かべてそれに答えた。




「そんなこといったってしょうがないじゃないかぁ~。ケンちゃんに会うまでジョイ、自分で自分のこと忘れてたんだもん」



正咲自身と、正にもう一人の自分。

思えばファミリアとして扱ったことなんて一度もなかった。

すぐに、ファミリアと主と言う立場を入れ替えたせいもあるけれど、それだってそもそもは正咲自身がみゃんぴょう(仕えるもの)になりたかったというのもあったが。

それより何よりたった一人の家族……妹だと思っているカナリを守りたかったからに他ならない。

それが自分本位で独りよがりのわがままだったのだとしても、正咲はそう思ってしまったのだ。



「そうなのか? その割には秘密の抜け道って感じで詳しそうだったけど」


本物のダンジョンのように、モンスターや宝箱があるがけじゃないけど、壁に沿ってどこまでも続く連なる配管は見ていてわくわくするし、過去の名残とも言える、それっぽい古ぼけた機械や生活の跡、トロッコ用のレールなどもあって、当時の正咲とカナリは、きっとそれら全てを宝物ように思っていた事だろう。



「だから、ケンちゃんに会ってから思い出したんだってば。なつかしいなぁ。あの子とよく探検したっけ」


表向きには、ここに閉じ込められていたはずの二人。

だけど、そんな事は気にもせずに、ここによく二人で遊びに来ていたのを思い出す。

モンスターはいないけど、ねずみやこうもりを始めとする小動物も結構いて、狭い世界の中にいた二人にとって、まさに冒険を楽しむにふさわしい場所であると言えた。



「ああ、そうか。ええと、カナリちゃんだっけか。ようは正咲にとっての妹みたいなものとね。会った事無いけど、知らない感じでもないんだよなぁ」


まゆの記憶の中にあって、思えばまゆを受け入れたばかりの頃、正咲の事をカナリと一瞬勘違いした事もあった。


リアの手前、記憶を思い掘り起こしてみると、ここでまゆは正咲やカナリと会った事があるようだった。

この地下の事は知らなかったが、世界の行く末と、彼女達二人に役目を与えたのはどうやらまゆであったらしい。



(目的もなく、なんとはなしに地上に出て、ここに来たと思ってたけど……)


それならば、言いだしっぺが何もしないわけにはいかないんだろう。

無意識にもここに来たのは、リアのこともあったのだろうが。

二人に対する罪悪感みたいなものもあったのかもしれない。



「正咲さんの妹さんですか。リアとおんなじ妹さんです。会ってみたいです~」

「うーん。会わせてあげたいのはやまやまなんだけどねぇ。さっきのゼリーみたいな結界あったでしょ? あれ、家を出る時に鍵をかけたのと同じなんだ。あれがあったってことはまだ戻ってきてないって事なんだよねぇ」

「そうですか。残念です~」

「……」


だから百面相しつつも、どこかまだ正咲に余裕があるのかと、納得するケン。

まゆの記憶を鑑みれば、正咲はケン達の記憶を失ってまでカナリとの関係を入れ替えていたのだ。


与えられた役目……『時の舟』に乗り込み、操作し、異世界へ旅立つ事を自分でやりたがっているのは間違いない。

おそらく正咲と同じくして記憶を取り戻したのならば、カナリ自身も同じことを思っているはずで。


故に、どちらが先に役目を果たすべきその場所にたどり着くか、焦っていたはずなのだ。

だが、あの結界が会った事で、余裕を取り戻したようだ。

しかしそれは、逆に言えばお互いに出し抜きたいというか、会いたくないという事でもあって。



「そうは言っても、待っていればここへ来るんだろ? だったら待ってればいいんじゃなかと?」


危険だからって置いていくより、一緒に分かち合って乗り切った方がいいじゃないか。

僕たちだって今までそうしてきたはず。

二人がある意味仲違いのようになってしまったのは、どうやらまゆというか、自分自身にも原因があるようだったから。

何とはなしにそう言うと、そんな事考えもしなかったとばかりにぽかんとしてみせる正咲。



「あー、うん。そっかぁ。ケンちゃんの言う通りだよねぇ。ってゆーか、なんでそんな簡単なこと思いつかなかったんだろ」


言葉とは裏腹に、どこかバツが悪そうに頬をかく正咲。

なんとはなしに、お互い意固地になっていたのか、なんて思うケンであったが。



「あ、そうだよ。うん。みゃんぴょう(ファミリア)として別行動してる時に知ったんだよ。カナリちゃんに大切なひとが……大好きなひとができたってことを。だから、離れ離れになっちゃうのはだめだと思ったんだ」


咄嗟に出たでまかせ、という訳でもないのだろうが。

確かにそれはダメですねと同意してるリア(その実、きっとその意味をちゃんとは理解していなさそうであったが)はともかくとして。

ケンは、それに素直に肯けなかった。


結局、カナリの気持ちをないがしろにした、正咲のわがままだと思ったからだ。

カナリからすれば、だからといって正咲に押し付けていい理由にはならないだろうと。



「瀬華ちゃんや麻理ちゃんにはわるいけど、ジョイにはケンちゃんがついてきてくれるでしょ?」

「……おっ、おお」


しかし、自分にはいるから大丈夫。

と言わんばかりの、照れた顔でそんなことを言うものだから、ケンの方もテンパってしまった。


考えた事が無かったといえば嘘になるだろう。

まゆやリアの事もあったとはいえ、結果的に見れば正咲を選んだと思われても仕方のない事なのだから。



改めてその事を突きつけられる形となって、ケンと正咲の間に何とも言えぬ空気が漂う。


なぁなぁにしておくのは、卑怯だろうか。



かといって本当にそれが本当の答えなのかもわからない、というのはずるいことなのかもしれない。


あるいは、そんなつもりじゃなかったで済ませてしまえるわけがないくらいには。確かに正咲の事を思っているのは確かで……。



            (第371話につづく)






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