第371話、誰が正しいかなんて、きっと誰にも分からないはず



「……あっ。だれかくるですよ? たくさんの声が聞こえるです」



ある意味年貢の収め時か、などと自分本位な決意をケンがしかけた時。

人の惚れたはれたが未だにしっかり理解できないでいるリアであるからこそ、そんな空気を散らすがごとく耳を澄ませる仕草をして、そんな事を呟いた。

 


「声? そんなまさか、ここには他に人なんているはずが」

「……いや、これは。この気配は感じた事があるとよっ」



確かにそれは、口をきく機能がない以上、彼らの存在を主張する声と言ってもよかったのかもしれない。

話題が逸れた事を二人で感謝しつつ、耳を澄まし気配を探れば、聞こえてくるのはひたひたと何か柔らかいものの足音と。

オオオ……と反響し木霊する、まさに声のようなもの。



「上だっ。階段のところっ」


正咲が指し示す先、『プレサイド』でもみかけた赤黒い粘土質の人型……『紅』をはじめとする羅刹紅などといった、今まで出てきた敵ファミリアが、一団となって階段を下りこちらへやってくるのがわかる。



「あれがいるってことは、この地下に先客がいるって事とね」

「紅の術者? まだ生きてたんだっ」

「うう。いっぱいるです~」


まるで、正咲達がここに来るのが分かっていて待ち伏せをしていたかのよう。

世界中に散らばっているという紅達を操る術者なら、可能なのかもしれないが……。



(何故、今更になってそんなことを……?)


正咲も、ケンも、そしてリアも。

『パーフェクト・クライム』の真実を知っている今、敵味方などないことくらいよく分かっていた。


それでも尚、こうして待ち伏せ、仕掛けようとする意味とは。



「意味なんて知らないもん。邪魔するなら、ジョイがみんなぶっ飛ばしちゃうからねっ」


急がなくてもいいとは言え、ゆっくりと足止め、時間稼ぎされている場合じゃないのは確かなのだろう。

正咲の宣言には、きっと確かにその意味が、真実が含まれているのかもしれなくて。



「知りたいなら術者に聞けばいいって事とね。……んじゃ、突破するとよ。正咲は先陣を、リアはしんがり、任せたばい」

「りょうかーい!」

「う、うんっ」


ケンのそんな叫びとともに、本当のダンジョンと化してしまった、突破戦が始まった……。







物は言いようで。

切込隊長を正咲に任せ、後ろにいるリアを守る形となって、三人は進む。


『紅』達がこちらの攻撃を学習し対処しようとしてくるのは、身に沁みて分かっていたので、迅速かつ確実に正咲はみゃんぴょうの姿をとり、まさしく電光石火で電撃を駆使し、立ちふさがらんとする紅達を駆逐していく。


一撃で倒れないタフなものは、ケンの能力……白黒の輪によって強引に土手っ腹を開けるか、吸い込んでしまっちゃうかで対処していたため、紅達の学習、反撃どころか、リアの出番すらない始末であった。



「うう。お姉ちゃん、しんがりって何すればいいですか~」

「何って、敵のバックアタックを警戒する大事な役目があるとよ。重要なポジションとね」


一見何もしてないように見えるけど、今は我慢だ。

そう言いくるめて、リアを無理やり納得させる頃には、特に手間取う事もなく。

全地下三階のうちの、地下二階にあたる場所までやってきていた。



「もんすたーはうすかなって勢いだったのに、階段上がったらいなくなっちゃったね」

「だいじょぶです。しんがりはリアが守るですっ。誰かきたら知らせるですよっ」

「……確かに進行方向はともかくとして、階段上がったらついてこないのは妙とね」


正直すぎるところを言えば、箱入りどころか家入りだったリアは、当然カーヴ能力者における戦闘訓練どころか、普通の運動すらろくにしていない。

意外にもそんな暇がなかったというのもあるのだろうが、リアの立つ舞台がここ(この世界)ではないと言うのもあるだろう。


これからしかるべき教育機関に通い、自身の舞台のための手はずを整える予定であり、それは眠っていた記憶のようなものを呼び起こされた事で、リアもその事は分かっていたはずだった。


しかし、『魂の宝珠』を巡るやり取りの中で、おそらく正しくも父、剛司の目論見通り、リア自身に与えられたカーヴ能力に気づけたようであった。

それは、七つの災厄、あるいは『パーフェクト・クライム』に対する事ばかりに特化した能力。


リアは知る由もないだろうが。

天使であったご先祖様のうちの一人と、同じ能力である。



その名は後に、【救世雛天】と呼ばれるもの。

それは大雑把に言えば悪意を打ち消し、好意に変換する力であり、七つの災厄を滅ぼすためのたった一つの冴えたやり方とも言える、『相手と仲良くする事』であった。


ケン……と言うより、まゆは自らそれを受ける事で、その能力の可能性を大いに感じ取っていた。

まゆの時のように、力で解決しようとする事が悪手である事はよくよく思い知らされている。

 

下の階層のものがやって来ないのは、もしかしなくても、しんがりを守る事を理解し律儀に受け取ったリアが、半ば無意識の中で能力を発動したからなのかもしれなくて。



(となると、紅達が出てきたのは……リアを育てるためと?)


 自棄になっていて理由などない、といった可能性は捨てきれなかったが、そうでなければケンのそんな考えは正しいような気がしていて。


そうなってくると。

リアの成長を鑑みるに、今度はリアの能力がきかない相手が立ちはだかるのではないか。

なんとはなしに、ケンがそんな考えに至った時であった。



ゾクリと。

凍えるような悪意とともに、人など刹那で凍らせ砕くだろう不可視の冷気の塊が飛んできたのは。



             (第372話につづく)







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る