第372話、せっかく、レトロなボスラッシュを楽しみにしていたのに


当然のごとく、初めにその残酷なほどに冷たい脅威が降りかかったのは。

先頭を邁進していた正咲であった。



「……っ!」


ほとんど偶然に近い野生の勘で、正咲は人型から、再度猫(みゃんぴょう)の姿を取り、地面を転がるようにして冷たい暴威を回避する。

頭の……耳の後ろ辺り、間一髪、冷たさが通り過ぎたのを感じ、冷や汗をかく正咲。


しかし、すぐ後ろにリアとケンがいたのに注意喚起もできずに伏せるしかなかった事に気づかされ、正咲は視界が真っ暗になる重圧を覚えつつも後ろを振り返る。


そこには、リアもケンもどこにもいなくて。

かわりに地面に落ちていたのは、ケンの能力そのものである一対の黒白の輪っかであった。



「けんちゃん……」


仕組みは分からないが、きっとその二つを使ってリアごとうまく回避したのに違いない。

さすがだなぁと、正咲が内心で安堵の息を吐いて胸をなで下ろしていると。

そんな事はお構いなしとばかりに、ナチュラルに見下すような、不快と言う表現しかできないような悪漢の声が降ってくる。



「ヒャッハァ! 早速二人仕留めてやったデス! 折角地獄から舞い戻ってキタというのに、案外あっけないものデスねえ?」

「だれっ!?」

「おやおや、このトップアーチストであるあてくしをご存知ないとは全く心外デース。元パーム六聖人、辰野稔(たつの・じん)とはあてくしのコトデシてよ?」

「……ええと。ごめんなさい。知らないや。梨顔先生とかなら知ってるけど、今更何のようなの? もう、あなたたちと戦ってる場合じゃないと思うんだけど」



冷や汗をかかされたせいか、あまりに場違いな敵の出現に、正咲の口調もどこか冷めたものになる。

甘さのなくなった、少し前の正咲に戻ったようであった。



「無粋無粋無粋っ!! 一度浸かる事となったこの屈辱!晴らしにキタのに決まってるデス! 音茂知己に敵わないのであれば、近しいモノを凍え砕いてヤルのデスっ! キャツの悔しがる様子が目に浮かぶようデスねえ!」




カナリと相対していた幸永やもう一人。

東寺尾柳一が紅の能力……【逆命掌芥】を使い、最後の力を振り絞って蘇らせた三人。

それは、猶予のあるものとは言え、敵役の矜持として最期の役割があったのは確かであった。

蘇らせられるものが限られていたとはいえ、この稔と言う男に関しては柳一の人選ミスといえよう。


自覚があるにせよないにせよ、敵対者としての宿命を負っていたパーム六聖人。

そんな中でも、何より独りよがりで自分の欲望に忠実であった稔は、もしかしたらただ一人異質であったのかもしれなくて。




「ははーん。さてはジョイ達のしらないとこで知己さんにあっけなく倒された悪いひとなんだね。悪いけど、あなたに付き合ってるひまなんてないんだから。すぐに退場させてあげる」

「ウヒヒ。よくぞよくぞ口にしたァ! 小動物の分際でェェッ!! ……さぁさぁさぁ! ユーはどんな声で啼くのデスカネェ! 楽しみデスっ!」



正咲は、背中のしましま毛を逆立てて、全身から紫電を放ち。

稔は両手のひらに青白い冷気の塊を迸らせて。


正に一触即発の雰囲気。

いざ尋常に、とばかりに一体一の戦いが切って落とされようとしたその瞬間。




「ちょっと待つとね! 正咲! バカ正直に相手の舞台に乗ってどうすると!」

「喧嘩はだめです~っ!」


アクションゲームによくある、終盤にかけてのそれまでのボスとの再戦か。

そうは問屋が下ろさないとばかりに、地面に落ちていた白い輪から飛び出すケンとリア。



「けんちゃん! リアちゃん! やっぱり無事だったんだね。よかった~」


そのまま後ろ足を蹴って突進しかねなかった正咲は、しかしすぐに甘さを取り戻し、あっさり踵を返して二人の元へと駆け寄っていく。

リアの続く言葉はどこかずれていたが、それが結果相手の目論見を打ち破ったらしい。



「ヒハッ。アジなマネをぉ」


おそらくは、タイマンな真剣勝負と見せかけて、フィールドタイプの罠等を仕掛けてあったのだろう。

人型に戻って抱きつかんばかりの勢いであった正咲に、そのような事を諭すと、正咲自身も卑怯だぞ、とばかりに稔を睨み返す。



「クハハ。あてくしの攻撃を受けて死なぬとは、そうでなくては舞い戻ったカイがないというものッ」

「なにいってるのさ。そんなのきかないよーだ。最初のふいうちがぜんぶでしょ。たねがわかっちゃえばよゆーじゃん」


挑発ともとれる言葉を、正咲は倍にしてあかんべぇで言葉を返す。

それは、来るならそっちから来ればといった誘いでもあった。


相手の懐に先んずるのが危険らしいのは分かっている。

ならば遠距離でゴリ押すか、向こうからやってくるのを待つのみだ。



……自分一人だったらこうはいかなかっただろう。

けんちゃんとリアちゃんがいてくれてよかった。

この甘さは決して悪いものじゃない。

正咲がまさに、それを再認識した瞬間でもあって。



「ヒヒヒヒヒィっ! よろしい! ならば死ぬがよいデス! あてくしを本気で怒らせたコト、後悔するデスっ!!」


想定通り行かない苛立ちをぶつける子供のように。

稔は、声を荒らげ、再び……一見すると氷の礫にしか見えない、だけどカーヴの力が凝縮されたそれを、次々と投げつけてくる。


冷静さを欠いているように見えて、正咲達が接近戦でなく遠距離での攻撃を見るや、方針を変えてきたらしい。

それだけのカーヴの力を持っているのか、残量などお構いなしであるのか、その一撃一撃が無防備に受ければあっさり命を奪われかねない力を持っているのが分かる。



「けんちゃん!」

「分かってると! 【黒夜白夜】っ!!」


正咲は名を呼びつつ後退し、後ろを気にしつつもケンの背中でまごまごしていたリアの手を取り、二人でケンの影に隠れるような形を取る。

そのタイミングを見計らって、短いタイトルとともに繰り出したのは、フロアの床から天井まで届く勢いの黒い輪であった。


限界まで大きくしてみたことはないが、おそらくケンが今まで作り出したものの中では最大級の輪っか。

大きい分だけ空きスペースも多く、盾としてはいささか心ともないように見えたが……。


素通りするはずの氷の礫は、黒の輪を通過した途端、消えてしまった。

それこそ、何のリアクションも、衝撃すらなく。



「ナニィイ! ナンダそれはああっ」

「所謂ブラックホールっぽいものとね。いくら撃っても無駄ばい」


同じく試した事はないが、その黒い輪が取り込む限界は存在するはず。

だが、件はそのあたりは全く気にしてはいなかった。


本人は気にも留めてもいないようだが、稔を包む……あるいは構成するカーヴの力が減ってきているのが目に見えて分かっていたし、自身の能力が溜め込むばかりでないという事も理解していたからだ。



「ウヒヒっ。何故こうもあっさり防がれる!? あてくしの能力は最強のハズなのニィィッ!!」


ただただ悔しげにそう叫び、礫を投げるのを止めてしまう稔。

とりあえずは無駄打ちすれば体力が尽きて消えてしまうのは承知しているらしい。

とはいえ、ここに知己がいたら、一度目の邂逅と同じ言葉を口にしていたことだろう。


所詮その力は借り物であると。

だがそれも、使い方次第で大きく変わるのだ、と……。



             (第373話につづく)







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