第373話、無邪気の無慈悲で、命の儚さを知る


「……」


そこまで何もできないでいたリアは、正しくも全てが学びであるかのように、その攻防を見つめていた。


例えばあの氷の礫が、黒い輪の枠外を狙うものであったのならば。

あるいは使役者本人の意思で動かせたのならば。


自分ならどうするだろう?

それは、自分も何かを成したい、役に立ちたいといった心情が成せるわざなのかもしれなくて。

しかし、そんな答えが出るよりも早く。



「【黒夜白夜】セカンド! 『ホワイトホール』! 指定……氷の礫っ!」



稔が手を止めたその隙を逃さぬようにと。

ケンは瞬時に黒い輪を白いものに変質させた。

瞬間、白い輪の一見何もない所から反射するかのうように、力込められし氷の礫が同数、稔の元へと向かっていくではないか。



「ヒィィ! 跳ね返すだとぉっ!?」


悲鳴に近い声を上げ、驚愕が勝ったのか、避ける事もせずに氷の弾幕にのまれていく稔。

インパクトの瞬間、大気すら凍らす氷膜があっという間に広がって、稔を覆っていく。

それは幾重にも重なり、刹那として氷山を結成していって。



「やったか!?」


すると、少々正咲らしくないといえばらしくない、だけどお約束を踏襲するのが最近のお気に入りらしい、いわゆるやってないフラグを堂々と立てていくスタイルの正咲。

それは、確実にダメなやつだろうと突っ込もうとして、ケンはかえって冷静になった。


思わず正咲の方を見やると。

みゃんぴょうの姿のまま、ドヤ顔をしているのが分かる。


まさか、わざと叫んだのだろうか。

……いや、そんな事はなさそうだ。どう見ても素のリアクションである。


そんなきめ細やかに策を労せるのならば、最初に突っ込んでいくような真似はしなかっただろう。


きっと天然なのだ。

やっぱり、自分が見ていないと心配だ。

ケンはその事を再確認しつつ、役に立ちたい気持ちと、フラグに釣られて前に出ようとするリアを引き止め、口を開いた。



「決まった、と思ったらそこから追撃ばい。むしろ一旦下がる位の慎重さがあってもよかとよ」


リアはここから一つ一つを学んで、どんどん強くなる。

願わくば、それが望んだものであるように。



「正咲っ、カミナリで追撃とねっ」

「りょーかいっ。けんちゃんってば容赦ないねぇ」


苦笑しぼやきつつも、すぐさま繰り出すは先ほどの氷の礫もかくやな雷の雨。

氷山がさらに形を変え、冷気による濃い霧の中、人型を取ろうとしているのを待たずして、間髪を置かず打ち据えていく。




「……っ!?」


くぐもった稔の、今度こそ本気な驚愕の声。

おそらく、反射を受けてやられるふりをして潜んでいたに違いない。

自らの能力が自らには効かないだろうといった予測によるものであったが、それもこれも正咲の言葉がなければ気づけなかったかもしれない。


本人に自覚はないのだろうが、後で一杯褒めてあげようなどと、上から思いつつもケンは手とり足とり戦いを教えるみたいにリアを見やり、肩に手を置き、雷の雨を受けて尚立ち上がらんとするその先を見据える。



「カーヴ能力での攻撃はなんといってもイメージばい。攻撃の意思を持って、自らに眠るカーヴの力をぶつける。正咲みたいに、自分にあった事象に変化させるもありとね。自分にあった好きなものをイメージすればよかと」


ケンがイメージするならば、知己の全てを消し去り、元に戻そうとする力か。

あるいはまゆの、ケンの今後の意思を問うた、全てを圧潰すかのような圧倒的な力だろう。


それを突き出した手にあるもの……白い輪から打ち出すイメージ。

同じようにと目配せすれば、リアは何度も頷き、むくむくだけど小さな手のひらを突っ張る仕草をしてみせる。



恐らく、意識的にカーヴの力を攻撃に使うのは初めてだっただろう。

しかし、まゆが操られているふりをして一度相対した事は、リアにとって確かに身になっていたらしい。

あるいは屋敷の中で見ていたテレビか何かで、それらしいものがあったのか。


ううんと可愛らしい掛け声とともに、リアの手のひらから桃色の力秘められし光球が生まれるのが分かって。



(名づけて、『仲良しボール』かな)


そんなケンの、処置なしなネーミンスセンス皆無な技名はともかくとして。

おそらくは、未だ完全覚醒していない、【救世雛天】の欠片のようなものなのだろう。

その桃色の光球に相手を害する、傷つける力が込められていないのは間違いなくて。


ある意味、ケンのものとは相反するそれ。

混ざったら一体どうなるのだろう。


まゆの知識にある、『シンフォニックカーヴ』。

相性が良ければその二つの力は増大するし、良すぎても打ち消しあって消滅してしまう事もある。


ある意味博打的なそれ。

逡巡するより早く、既に一つとなって放たれていて……。





「ひゃゃはアア! このアテクシの究極たる氷の鎧の前にはそんな些細な攻撃などきカッ!?」



勢い込んでこちらに向かってきそうであった稔の声。

不自然な形で止まり、後が続かない。



「うわっ。でっかいお星さま」


何故なら、そんな稔の口を塞ぐどころか、圧倒的な質量と光量で消し去るがごとく、正咲が呆けて呟くのも無理もないくらい、デフォルメされた大きな星型の光が、まさにめり込むような形で稔に直撃したからだ。



「ぐおおおおっ!!」


断末魔の声とともに大仰な星に触れて、消滅していく稔の氷の鎧。

仮に、流星をホワイトホールで取り込みストックしたなら、究極の一撃となるだろう。

しかし、実際問題ケンが星を取り込むような機会は恵まれなかったので、それはどちらかと言えばリアのイメージする攻撃手段……魔法みたいなものだったのだろう。

溶けるのでも削れるのでもなく、ただただ消滅しているのを見るに、その辺りに何でも取り込むブラックホールの力が汲まれているようだ。


恐らく、一度敗北した(厳密に言うとカーヴ能力者としての力を失っただけで、知己に命まで奪われたわけではなかったのだが)経験を踏まえて。

正しくも知己の指摘を鵜呑みにし、学習し、自分で新たに作り出した能力だったのだろうが。


やはり稔も、力に関して言えばハリボテのようなものであったのか、結局通用しなかったようだ。

そのまま氷の鎧どころか、ある程度のカーヴの力が込められていたのか、ギザギザでパンクな服まで、吹き飛んでいってしまう始末。


このままでは、リアや正咲の教育によろしくない見えてはいけないものまで見えてしまう。

ケンは、やべぇやりすぎたと声上げて二人の視界を塞ごうとしたが、。

それは大きな星型がうまくやってくれたらしい。

海星のように上手く巻きついて、教育に悪い部分を隠すどころではなく、一体化し融合していって。



「おごおおぉぉぉっ……」


稔の断末魔が小さくなっていったかと思うと、ご都合主義な光のカーテンが去った時には、稔はもうそこにはいなかった。



「え? なに? すた~……ひとで?」

「おお~。見た事ある子です。かわいいです」


同族(マスコット)のよしみなのか。

正咲はどこか楽しげに、リアは得意げに、変わり果ててしまった稔を見て、きゃっきゃとはしゃぎ出す。



(……なるほど。リアにとって仲良くなれるもの、無害なものに変える能力ってことか)


ふるふるくねくねば動きがあざといのは確かであるが、ケンとしては二人のようには笑えなかった。

むしろえぐいな、なんて思っていた。



リア自身未だ名前もよく知らないカーヴ能力【救世雛天】は。

根幹として敵対者の敵意を削ぎ落とし、好意に転換する事にある。


だが、ケン自身がそうであったように。

その根幹さえ抑えておけば、能力は絶えず進化拡大していく事が分かっている。


今回の結果は、ケンとの『シンフォニックカーヴ』がうまくいった事の副産物なのだろう。

敵意を変換するどころか、恐らくは敵意持つ事すらできなくなっているはず。


果たして、元の姿に戻す方法はあるのだろうか。

十中八九、リアはそれをまだ覚えていないだろう。

それ以前に、元に戻そうといった発想すらないかもしれない。


案の定、海星なのにぴぃぴぃ鳴くマスコットな様に我慢できなかったのか、二人で弄り倒しているではないか。

ぴぃぴぃと泣き声は上がるものの、抵抗している様子はない。

完全にリアのマスコット……ファミリアのような存在になってしまい、元の意識すらそこにはないのかもしれなかった。


まだリア一人の意思でそれを使える事はないだろうが、元に戻す力を得るまで、あまり使わせない方がいいだろうとケンは判断して。

そのままペットとして一緒に連れて行きかねない二人を見て、さていかんとすべきかと続けて考え込んでいると。


元々きっと、そんな余命だったのだろうが。

終わりは唐突に来た。



「ぴゅ~ん……」


何と言っているかは分からないが、それでもケンにも分かる悲しげでもうらしい声。



「わわ、ジョイじゃないよっ」

「チカチカしてるですっ。これってお姉ちゃんと同じっ?」


黄色みがかった色合いが薄れ、透明になり明滅。

カーヴの力が少しずつ抜け出ていくのが傍目にもわかって。


リアが言う通り、込められていた力に限界が来たのだろう。

あまりのタイミングの良さに、正咲は涙目になっていて。



「ぴゅうっ……」


まるで、ゴム風船の中の空気があと一息押し出されるみたいに、さいごの声を上げて。

そのまま稔であった……あるいは柳一によって創られしファミリアは。

跡形もなく消滅してしまう。



ああっと声を上げるリア。

ごめんなさいと誰にともなく謝る正咲。



そんな無理くり弄るのが悪いのだとは、気の毒すぎてケンも口にはできなかった。

ただ、自分たちの前に立ちはだかった理由、結局分からなかったな、なんて思っていて……。



            (第374話につづく)






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