第十八章、『落日~Love like candy floss~』
第132話、青薔薇のサムライガール、かつての同志と相対す
「【魂喰位意】サード! ……『炎瑞駆踊』っ!!」
麻理に向けられる死の刃。
それを見た瞬間、気付けば瀬華は剣を抜き放ち、自らの力を発動していた。
黒いサックが宙を舞い、美しい薔薇の細工が柄に施され、青白く歪曲した刀身を持つ剣が現れる。
そこから噴き出す炎は螺旋を描き、剣の衣となって。
炎の渦を纏った剣は陽炎を生む程の疾さで、麻理と克葉の間……今や異世を支配し始めている氷の塊にぶつかっていく。
大気はずたずたに切り裂かれ爆音と剣戟が轟き、荒れ狂って。
「ぐっ!?」
「……っ!」
克葉の氷塊を携えた腕(かいな)と、瀬華の剣は拮抗しつつも反発しあい、それまでの運動方向を変えざるを得なくなる。
衝撃によろける克葉。
吹き飛ばされる瀬華。
それだけ見れば、瀬華が押されているかのように見えたが。
瀬華の攻撃はそこからが本番だった。
弾かれる右腕を流れるままに任せ、身体ごと回転させる。
さらに、その状態のまま剣を手放し、今度は左手で逆手になる形で剣を持ち替える。
「ふっ!」
そして……地面すれすれまで沈み込んだ体勢から、伸び上がるように二撃目を加えた。まさしく、踊るように。
「がはっ」
よろけ体勢を崩していた克葉は、せり上がってくる炎の刃をわき腹に受け、浮かされる。
ずしりと伝わる、重たい手ごたえ。
「はあああっ!」
瀬華はそれを振り払うように声をあげると、そのまま刃を振り切った。
「ぐうっ……」
克葉の身体に深く切り込まんとする刃は、しかしそこで克葉が身をひねり下がったことにより、抜け出る。
それでも克葉は残った炎に焼かれ、剣戟の衝撃を殺しきれなかったのか、きりもみするように吹き飛んでいって。
爆風に流され、たゆたっていた黒いサックが地面に降り立ったのは、まさにその瞬間であった。
「……麻理を傷つけようとするのなら、かっちゃんだって許さないんだから!」
瀬華は深く息を吐くと、払うように剣を下ろす。
それも力のよるものなのか、つむじ風が起こり、赤黒い煤が舞う。
麻理には確かに切ったように見えたのだが。
その青白い刃には、血一つついていなかった。
吸い込まれるほどの輝きを放つその剣に、麻理は思わず息を飲む。
そこに、カーヴ能力者同士の戦いというものを感じ取ったからなのかもしれない。
「その剣が瀬華ちゃんの力、なの?」
「うん……」
思わず問いかけた麻理に、瀬華はなんだか気まずそうにうつむく。
黒姫の剣と謳われたその剣。
細身でわずかに湾曲したそれは、剣舞などに用いられ片手持ちの剣の一種であるが、その最大の特徴は、右でも左でも変わりなく使える握りにあった。
瀬華はその特徴を生かし一撃目を捨て、相手が無防備になる瞬間を狙ったのだ。
それは、瀬華自身の努力故のものだが、それでもこの状況で躊躇わずに確実に決められたのは、瀬華の能力【魂喰位意】に拠るところが大きい。
【魂喰位意】は、そういった技術を写し取るファースト。
技術のみならず切ったものの魂を奪い、吸収するセカンド。
そしてそれらを解放、あるいは使役するサードがある。
瀬華は今、過去に取り込んだうちの一つを使ったのだが。
一度繰り出してしまえばその力は再び吸収するまでもう使えなくなることもあり、いつだって瀬華は手加減はしなかったし、できなかった。
その一回一回が、瀬華がこの世に留まれる時間を削っているのが分かっていた、というのもあるだろう。
空白の時の自分を支えてくれた、大切な仲間であったはずの克葉に刃を向けてしまったことに後悔している部分は少なからずあった。
とはいえ、やらなければ大切な友達が……麻理が殺されていたかもしれないのだ。
瀬華はそんな板ばさみの苦しみで、胸が張り裂けそうだった。
「まいったな。本気なんだな、瀬華」
「……っ」
しかし、瀬華のそんな葛藤など知らないかのように響く、克葉の声。
息さえ凍りついてしまいそうな強大なアジールが、辺りに広がっていく……。
驚いて瀬華が、麻理がその発生源を見やると。
克葉が平然と、苦笑すら浮かべてそこに立っていた。
切り上げられたわき腹が炭化してえぐれているのにもかかわらず。
「麻理、下がって!」
瀬華はそんな克葉から遠ざけるように、麻理を庇って前に立つ。
だが、辺りに広がる冷気は、そのくらいでは防げるはずもなく。
もうすでに外気に晒されている肌が痛かった。
「本音を言うとさ、できれば穏便に済ませたかったよ。こうして相容れなくなったとはいえ、やっぱり仲間だからな」
「どうしてっ? どうしてかっちゃんが麻理を狙うの! おかしいよ! たとえ操られてたって、かっちゃんはそんなことする人じゃなかった!」
会ったことない知らない人でも、すぐに仲良くなって。
そしてそのみんなに好かれていた克葉。
《あの日》から心を封じられ、心を閉ざし、生きることにいつも乾いていて。
誰ともつながりを持とうとしなかった瀬華。
それでも人並みに、あるいはそれ以上に生きていけたのは。
愛華がくれたきっかけ、恭子というあこがれ、テルというライバル。
そして、当たり前に生きていていいと思えるような、普通の男性にはない、克葉の独特の空気のおかげだった。
だから、瀬華は信じられない。
克葉が……死んだはずの克葉が、自分と同じようにここにいることよりも。
麻理を殺そうとしている事実が。
「どうしてか。そうだな。竹内さんにとってはとばっちりもいい所だけど。でも、『パーフェクト・クライム』の正体を知ること、それがどんな意味をなすのか分かっているかい?」
「わ、わたし……」
諭すような瞳で見据えてくる克葉に、麻理は答えられない。
分からないからというのももちろんあるが、自分が命を狙われている理由が、《深花》を扱う者だからではなく、頼まれて何気なくだった『パーフェクト・クライムを捜すこと』のせいだということを、はっきりと言われ戸惑っていたからだ。
「誰にも言わないから。それがまかり通ればよかったんだけどな。知ってしまった以上、それはいつ伝わるかわからない。もし伝わってしまったら……『パーフェクト・クライム』は自分を保てなくなる。保てなければ、世界はそれで終わりさ。傷つけたくなくても世界を傷つけてしまう。壊してしまう」
「……」
だけど、麻理は戸惑いながらも、やっぱり自分の考えた通りなのだと思う部分もあった。
『パーフェクト・クライム』の人は、自分と同じなのだと。
「じゃあ、どうすれば、いいんですか?」
もう一度、麻理は一つ大きな決意を秘めて克葉に問いかける。
「君が今、思ってる通りだよ、竹内さん。答えは最初と同じ。大人しく、『パーフェクト・クライム』の犠牲になればいいんだ。……ちょうど、この俺みたいにね」
そしてそれに答えた途端。
克葉のアジールが爆発する。
「【羅刹回帰】ファースト!『 ナーサリー・ライム』っ!!」
力ある言葉とともに克葉の周りに出現したのは、氷塊の剣山だった。
幾重にも重なったそれは、ギラギラと反射しながら成長し、麻理に迫る。
動けない麻理。
いや、今度は動かなかった、といったほうが正しかったのかもしれない。
だが……。
「駄目ーっ!」
叫んだ瀬華は、麻理にぶつかる勢いで再び割り込んだ。
瀬華は、驚異的なスピードでその氷の刃を受け止めたが、全てを止めきれない。
飛ぶ赤い飛沫。
呆然とする麻理。
しかし、それは克葉も同じようだった。
「なんで止める! 俺たちの仲間になる、ただそれだけなのに!」
「駄目、それでも駄目なのっ。 死んじゃったら何もかも終わっちゃうんだから! 麻理、約束したでしょ? 絶対……絶対に駄目なんだからっ!」
「瀬華ちゃん……」
言われ、麻理は思い出す。
もう、自分を犠牲にするような真似はしないと誓ったことを。
だけど、そのせいで本当に世界がなくなってしまったら?
そう思うと、やはり麻理には頷けなかった。
でもこのままじゃ、瀬華はただ自分を守ろうと自身を傷つけるのだ。
そんな瀬華に。
何もできない自分が、麻理にはとても歯痒くて……。
(第133話につづく)
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