第131話、消えない虹に、消えゆく乖離
コウとヨシキは、いつの間に来ていたのか、よけろというマチカの言葉を聞かず、二人がかりで大一の攻撃を受け止めようとする。
「ぐうっ!」
「ぐっ」
だが、予想以上に勢いが強い。
二人がかりで止めても、ぐんぐん押されてしまう。
「ははっ、すげえ。なんて防御だ! あのタイミングで止められるなんて、結構ショックだぞ! ……だけど、この技はこれで終わりじゃないっ!」
大一はそう叫びさらにアジールを高め、虹を繰り出すために軽いジャブのような動作をして見せた。
するとどうだろう。
ぐん、とうねるように虹が広がり、大きくなって迫ってきた。
言われたことをせずに、勝手に行動したコウには少し腹が立ったが、それはただ守られている自分自身も同じ。
だからこそ、あれを防ぐ術を必死で考える。
一番なのは、もう一度コウにフルパワーの【安寧悌陣】を使ってもらい、それで防ぐことだが。
今はコウとヨシキの二人で相手の力を止めている状況だ。
コウの手が空いて、尚且つ能力を発動できるまでの時間稼ぎが必要だった。
それに、光のカーテンを下ろして分断するぶんだけのスペースがいる。
あの力をどうにかして切らなければならなかった。
そう、考えたのは一瞬。
コウがその場を離れ、ヨシキがアジールを強め、腕を【無残噛浸】により、鮫のあざとのようなものに巨大化させ、数秒の二人ぶんの役割をする。
「【廻刃開花】!」
それからマチカは、素早くヨシキの隣に立ち、自らの能力を発動する。
一点集中で放たれた桜色の風刃が、真下から虹へと突っ込み貫こうとして、さすがに切ることはできずその進行方向を上方へと変える。
「今だっ、【安寧悌陣】っ!」
しかし、三人にはそれで十分だった。
コウが叫び、能力を発動すると同時に、それぞれが同じタイミングでしゃがみ込んだのだ。
瞬間、思っていた以上の摩擦音と衝撃が来る。
虹の奔流は光のカーテンにぶつかると、ものすごい勢いで方向を変え、中空に舞っていき……キラキラと七色に光る粉塵が辺りに巻き上がり、視界が閉ざされた。
「くっ、へ、平気っすか?」
「え、ええ。大丈夫よ」
「……」
コウの声にマチカは答え、ヨシキが頷くのが分かる。
だが、この手はもう通じないかもしれない。
コウの能力は、ずっと維持しつづけるのには限界がある。
ヨシキのサメ化した手は歯が半分以上折られ、ぼろぼろだった。
そして何より、マチカ自身が持たなくなってきている。
まだ、マチカは自身の能力を二回しか使っていなかったが、その疲労はかなりのものだった。
(『深花』の力を使った影響ね……)
封じられていた記憶が戻ってきて気づいたことではあるが。
そもそもマチカがこの若桜町に帰って来たのは、深花の力をめぐる若桜町の陰謀を確かめることと、小さき頃失っていた深花の力が、使えるかどうか確認する意味合いもあった。
そもそもマチカは自分に、麻理のように特別な力があることを知っていたのだ。
『喜望』の間で噂されていた『アサト』という人物。
どう捻じ曲がって伝わったかは定かではないが……
今思えばたぶん、それは自分と麻理、両方のことを言っていたのではないかという気もする。
人の命を使い、願いを叶えるといわれる深花の力。
だけどそれが町の黒い欲望のために、今まで使われていたことを知らなかった。
世界を救うために犠牲になるヒーロー。
その人のためにこの力はあるのだと、ずっと思っていた。
だからずっと町に、騙されていたのはショックだった。
その反面、この力を町のために使うことを放棄するいい理由になったのは確かだった。
けれど、その任を放棄した本当の理由はそうじゃない。
マチカはそれより前に、この若桜の……人の命を利用する呪われた力を使ってしまったからだ。
自らの命を使って大切な人の命を救うという、自分の願いを叶えるために。
だが、マチカはこうしてまだ、生きている。
それは皮肉にも梨顔トランの力、【悪魔片思】のおかげだった。
……あの日、どうして約束は守られなかったのか、それが知りたかった。
そんな願いが、マチカの命を今日まで繋げていたのだ。
しかし。
もう、その願いは叶ってしまった。
自分の命の火が消えるのは、もうすぐなんだろうとマチカは思う。
この激しい疲労は、きっとそのせいなのだ。
でも、それでもせめて。
自分の思い違いのせいでたくさん傷つけてしまった、賢たちみんなのために。
この目の前の男だけは倒さなければならないと、マチカはそう思っていた。
なのに。
「これも防ぐか。けなげなことだ。そこまでして、若桜の子供たちを守りたいか」
「……」
ごく近くに聞こえる大一の声。
しかも、マチカが『パーフェクト・クライム』の正体を知っている、という嘘も、
嘘だとばれてしまっているみたいだった。
「お嬢さん、別にあんたはターゲットじゃないから……さっきも言った通り、本来なら見逃してやりたいところなんだがね。実はそうもいかないんだ。内々の話でなんだが娘が人質にとられていてね、俺の仕事……あんたらを消さなきゃ、娘の命がないんだな、これが」
唐突にふってわいたような、そんな大一の言葉。
けれど、会話の端々に焦りのような、諦めのようなものを感じたのはそのせいかと、マチカは思う。
「アレは本当に悪魔、『パーフェクト・クライム』そのものだよ。人様の娘がどうなろうが、かまいやしないんだ」
梨顔トランのことだ。
マチカはそう思った。
だとするなら、本当はどっちなんだろうとマチカは思う。
最初に言ったように、『パーフェクト・クライム』に従っている大一が本当なのか。
娘を人質にとられどうしようもなくて、こんなことをしているの大一が本当なのかと。
しかし。
次第に視界がはっきりしてきた中で、大一は笑っていた。
ギラギラとした、どこかもう壊れてしまったかのような顔で。
「それでも殺すなって? お嬢様。……あんたは俺に向かってそう言えるのかよ!」
「当たり前、じゃない! それで助かったとして、あなたの娘が喜ぶとでも思ってるの!?」
だが、マチカも負けてはいなかった。
まるで、最後に燃え盛る炎のように、毅然として大一を睨みつける。
「痛いとこつくじゃないか。でもな、いいんだよ。俺がどう思われようが、あいつが生きて、無事でさえいてくれればな」
「……」
悲哀のこもった声で、それでも自分で悪魔と呼んだ男と同じ理不尽なことを言っていることに、大一は気付いているだろうか?
でも、だからといってその言葉への反論は、マチカから出てくることはなかった。
何故ならマチカだって、同じようなことを思っていたからだ。
たとえ自分がどう思われようと、無事でいてくれさえすればいいと。
「それにな、可哀相だがあんたは死ぬ。もう、何を言っても遅いんだよ」
そう言われ、そこで初めてマチカは、光のカーテンの周り……大一との間を遮るようにして、新たな七色のカーテンが覆っているのがわかった。
いや、それはカーテンではない。オーロラだ。
「―――【不惑消虹】、サード! ヴァウ・ローラッ!」
大一の力ある叫びとともに、大気が震え、軋む。
「ちいっ!」
コウは、【安寧悌陣】で作り出した光のカーテンを強化する。
ゆらゆらとゆれるオーロラは、その光のカーテンに、ゆっくりと風に舞うように触れて。
電気が暴れるのが見えるほどに、互いの力と力がぶつかり合い、反発する。
それは一見、互角で。
光のカーテンはオーロラの力を防いでいるように見えたが。
「っ、ごほっ、ごほっ!?」
オーロラから伝わる尋常じゃないほどの高温が、辺りの大気の水分を、さらに酸素を奪っていく。
マチカは咳き込み、その場にしゃがみこんでしまった。
とたんに、朦朧とする意識。
これが、マチカに終わりが近付いていることへの影響なのかそうでないのか、マチカにはもうよく分からなかった。
さらに高温のオーロラは、容赦なく光のカーテンに迫り続け。
その高温で、マチカたちの肌を髪を焼こうとする。
「ぐっ……くそったれ! もたねえぞっ、暑さはそのまま通過しちまうっ!!」
コウはあまりの高温で目を開けられなくなっていたが、その高温にマチカが倒れ、意識を失いそうになっているのにも気づいていた。
一刻も早くなんとかしなければ。
そう思い辺りを見回し、わずかに見える視界で、ヨシキを捕らえる。
「ヨシキっ! マチカさんを、頼むっ」
「……分かった」
「……」
コウの怒鳴り声と、ヨシキのめったに聞けない低い声。
マチカはおぼろげな意識で、二人が何かをしようとしているのが分かった。
でも、もう呼吸すらろくにできないし、目も焼かれてしまったのかよく見えない。
必死に見ようとしても、辺りに見えるのは闇ばかりだった。
これでもう終わりなのだろうか?
マチカは思う。
大一を止められなかったのが悔しい。
だけど……死ぬことの未練はもうなかった。
自分の長年の悩みは解決したし、命を懸けて戦うヒロインみたいにはいかなくても、大切な人の命を救うことはできたのだから。
そう思い、残っていた意識を手放した時。
マチカは辺りの暑さが消えて。
なんだか懐かしいあたたかさに包まれるのを感じていて……。
(第132話につづく)
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