第130話、消えない虹と霞桜の女王
一方その頃、マチカたちは……。
「名前、聞いてもよろしいかしら? そちらは私のこと知っているみたいですけれど」
「……大一(だいいち)だ。どうせこれっきりの関係だろうから、好きなように呼んでくれて構わない。あんたのことはもちろん知ってるさ。若桜でも類を見ない天才少女だってな」
纏う虹色は激烈なほどに増してはいるが、その口調はフランクのままだった。
それはポーズなのか、それとも自分を桜枝の娘だと知っていてなおの余裕なのか、マチカには判断ができない。
「ずいぶんと余裕じゃねぇか。それでもてめえのほうが強いっていいたいわけか?」
「そうさなあ。何せ俺は、『パーフェクト・クライム』に選ばれた人間で、こう見えても死人だからな。ちっといてーぐれえじゃ、どうにもならんってわけだ」
コウの言葉にひどくあっさりと自分のことを喋る、大一と名乗る男。
一般的に見れば働き盛りの、陽気でフランクなお父さんといった印象だろうか。
『パーフェクト・クライム』云々はともかく、どうにも死人には見えない。
「死人ね。おもしろいこと言うのね、あなた。せっかくそうして地に足をつけてるんだから、もっと他にやることがあったでしょうに」
「そうだろうな。でもま、『パーフェクト・クライム』が殺せって言うんだもんよ、しょうがねえわな」
「軽く言いやがって。自分の意思はねえのかよ? あ、ゾンビなんだっけか。そんなもん、あるわきゃねーか」
マチカの言葉に、当たり前のように……それでいてどこか諦めたかのように大一は言うので、何だかイライラして、コウはそんな悪態をつく。
「残念ながら、あるんだな。これでも」
「……コウっ!」
怒りも何も感じられないのんびりとした声だったが。
それまで黙っていたヨシキが叫び、コウはマチカを庇うようにして。
今までいた場所から離脱する。
すると、それまでコウがいた場所に、上方から曲線を描く虹色の何かが飛来し、大地にがつんと突き刺さる。
それは、その色が示す通り、虹だった。
いや、硬質化した虹とでも言えばいいだろうか。
あのまま動かなければ、頭を落とされていたかもしれなかった。
「て、てめえっ」
コウはいきり立ち、アジールを展開する。
ヨシキもそれに習うと、大一はそれを見て手を叩いた。
「よくよけたじゃないか。完全に気配は殺したんだがな。……まあいい。急いだって何も変わらないからな。話の続きだ。確か、俺の意思がどうのって話しだったよな」
コウが攻撃をかわしたことについては、馬鹿にする風でもなく、本当に感心しているようだったが。
その後に続く言葉には、やはりどこか諦めのようなものを感じる。
「パーム……いや、『代』の人間はさ、『パーフェクト・クライム』に操られている、なんて思われがちだけど、本当は違うんだよ。まあ、パーム中にはそういうヤツもいて、操られてることさえ気付いてないのもいるにはいるけど、少なくとも俺は違う。俺は、俺の意思で『代』になった。『パーフェクト・クライム』を支える器の一人として蘇ったんだ」
「あなたの意思? 何人もの人の命を奪った『パーフェクト・クライム』に、自らの意思でついているとでも言うの?」
マチカには、そんなこと考えられなかった。
そんなこと、正気の沙汰とは思えなかった。
「いや、その通りさ。でもヤツは殺したくて殺したんじゃない。どうしようもなかった。そんなことつもりはなかったけど、力がコントロールできなかったんだ。だから、そんなこともう起きないように、俺たちがその力、支えてやってんのさ」
だが、その後に続く言葉はまったく逆のことを言っていた。
と言うよりも、絶対悪だと思われていた『パーフェクト・クライム』に、そんな事実があるとは夢にも思わないマチカである。
しかも、これはマチカたちの所属する『喜望』にとって大きな情報だった。
大一の話を信じるならば、やはりパームと「パーフェクト・クライム』が繋がっていると知れたことだけでも、収穫と言えるだろう。
だが、何故こんなことをいともあっさり話すのだろうか。
どうも、大一の言葉面と染み出る感情が矛盾していて、まともに信じていいのか、疑問だった。
「何だよ、わ、わけわかんねーな。殺せって言われたから、ここに来たンだろうが。殺したくないって、滅茶苦茶矛盾してるぜ?」
「矛盾なんかしていないさ。本当は殺したくない。だけど、『パーフェクト・クライム』は自分の正体を知るやつを生かしてはおけない。それはどうしようもない感情で……だから正体を知っちまったやつを、仕方なく殺すんだ」
「そ、そんなの……」
我侭で赦されるようなことではなかった。
そのあまりにも理不尽な言葉を、マチカは許せなかった。
この町が、自分の家がしてきたことと重なり、いっそういやな気分になる。
やはりパームとは相容れない。
マチカは強く、そう思った。
「……絶対、そんなこと許さないから。あなたが死人だと言うなら、今すぐ土に還してあげるわ」
「許さなくていいさ。俺を土に帰せるものなら帰してみな。『パーフェクト・クライム』の正体を知っている以上、お嬢様、あんたは命を狙われ続けるだろうからな。でなきゃ、俺に殺されるだけだ」
マチカの強い意志を秘めた瞳が、大一を射抜く。
人を支配しうるほどの強さをもったそれを、しかし大一は軽く受け流しつつ。
それでもどこか何かを諦めたかのような覚めた口ぶりで、言葉を返して。
ぐん、と空気がぶれたかと思うと。
気付けば大一はマチカの目前、上空に、一瞬で移動していた。
「瞬間移動のカーヴか!?」
コウが、そう叫んでしまうほどの一瞬だったが、からくりは別にあった。
上空にいる大一に尾を引くような形で、虹がかかっているのが見える。
どうやら大一は消えない虹を作り出し、それに背に負うようにして移動してきたようだった。
「―――【不惑消虹】ファースト、アンイレイザー・アングル!」
「させるかっ。【安寧悌陣】っ!」
それから流れるような動作で両手を合わせ、水平に向けると。
上方にある手を二本につがえ、ちょうど手裏剣を投げるような動作をする大一。
すると、そこから七色の三角柱……その一つ一つが鋭利なプリズムと化したものが、雨のように降り注いだ。
それを寸前で察知したコウは、自らの能力で、敵のものと認識したの能力を通さない光のカーテンを発動する。
光のカーテンとプリズムはぶつかり合い。
しかしさらに細かく、きらびやかに散ったのは、プリズムのほう。
「ひゅう! やる……がっ!?」
さらにと激しい衝撃がして、跳ね飛ばされたのは。
驚きの声を上げる間もない大一の方だった。
ぶち当たり跳ね飛ばしたのは、まるでノコギリザメのような鋭い角。
とっさに大一が消えない虹を盾として発動していなかったら、それはたやすく大一の身体を貫通していただろう。
出所に目線をやれば、光のカーテンからそれは覗いている。
右手半身を、サメのようなものに部分変化させた、ヨシキがそこにいた。
「無詠唱カーヴを使うか! やるねぇ」
再び感嘆の声を上げる大一。
だが、マチカたちの攻撃はそれで終わらない。
大一に、突如吹く突風。
その風は、一陣一陣が身を刻む小さな刃だ。
「……【廻刃開花】っ!」
「ぅぐっ、がががぁっ!?」
それはあまりにも小さくあまりにも早く、避けるのも難しい。
それが中空にいれば尚更だった。
大一は、その刃……桜の花びらをまともに受け、血煙をあげながら風に巻かれ、吹き飛ばされていく。
だが、大一はそのまま地面に倒れながらも、その衝撃を反動にしたかのようにすぐさま起き上がった。
そして、興奮したように叫ぶ。
「すげえ! すげえぞ、お嬢様! どういう仕組みだ? 仕組みが分かんねえ!」
発せられる言葉は、本当の驚き。
だが、左目を切ったのか、その目を真っ赤にし、全身を刻まれ、血で滲ませていてもなお、その態度は不似合いなほどに明るい。
死人だと言っていたが、まさか痛みを感じないのだろうか。
「サメに光のカーテン、それから桜! ははっ、ぜんぜんつながりわかんねえぞっ、やっぱ天才だ!」
「天才、天才ってうるさいわねっ」
言われなれていないセリフに、マチカが思わず言葉を返すが。
内心では少し焦りを感じている部分もあった。
マチカたちトリプクリップ班の個々の能力は、あまり高くない。
ヨシキのAクラスがせいぜいで、だから相手の油断や慢心も誘える。
その隙をついて、息もつかない連続攻撃で敵を倒すのが、班のスタイルだった。
だが、今は現在メンバーが一人欠けてしまっている。
それにより能力の使用に優位な異世も開けず、いつもの必勝のパターンが崩れ、決定的な一撃を決められないのが現状だった。
しかも大一はマチカたちに対し、全く油断も慢心もないのだ。
馬鹿にしてるように聞こえる言葉も、本気で言っているようだから性質が悪かった。
「よし、次は俺から行こう! ―――【不惑消虹】セカンド、バニッシュ・ゴウン!」
途端、空気を押し出し膨れ上がる大一のアジール。
そしてそのまま腰を据えると、正拳突きのような構えをとった。
「へっ! 戦いに次とかねぇんだよ!」
だが、能力を使われる前にとコウは走り、間合いを詰めて能力を発動する。
フレーズもタイトルもなしで生まれたのは、くらげのように丸い、小型のカーテンだった。
狙うは大一の拳。
コウの能力は外からの力の通過を遮断し、中にあるものは外に出さないという特性がある。
大一繰り出したものが、手を使って能力を発動するタイプのようだったので、まずその手を封じよう、そう思ったのだ。
その目論見は最初、うまくいっているように見えた。
しかし、カーテンの下部分、ちょうど手首に当たる部分が大きくはためいていることに気づき、マチカは叫ぶ。
「コウ、よけなさい!」
そう言った瞬間、土煙が上がり、爆発音が木霊する。
気付けばマチカの目前に、コウのカーテンが迫っていた。
いや、カーテンだけではない。
大一の拳から、爆発的なスピードで伸びた消えない虹が、光のカーテンをかぶったまま飛んできたのだ。
反射し、大一本人がそれを受けないのは、その消えない虹が大一に繋がっているせいなのだろう。
そんなことを考えながら、迫り来るそれらに対し防御の術がなかったマチカだが。
それが息のかかりそうな近くにきたところで、割り込む影が二つあった。
コウとヨシキである。
いつの間に来ていたのか。
よけろ、というマチカの言葉を聞かず、二人がかりでそれを受け止めて……。
(第131話につづく)
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