第344話、エンドロールには早くも遅くもない時分に、あいつはやってくる
海底へ沈みゆく巨大な人型、『プレサイド』。
その最深にして最下層と言える右の足の踵部分に、イレギュラーたる一人の少年の姿があった。
それは、正咲とともにこの地、信更安庭学園にやって来たのにも関わらず、入る前に用事があると別れたはずの母袋賢(もたい・けん)その人である。
今まで何をしていて、どこにいたのか。
どうやって『プレサイド』に入る事ができたのか。
「……それは本人にも分からないのであった、とね」
考えうる理由としては自らの能力である、いわゆる通り抜けフープとしての移動に使える黒い輪っかがひとつ。
これで、どこからか移動してきた(別の場所につがいのフープがある)はずなのだが、その経過がケンには分からないのだ。
(外はばりすごな青、海かな? 全然濡れてないって事は、向こう側から来たわけじゃないみたいだけど)
これまでの経緯を思い出そうとしても思い出せない。
着ている服を、ケン自身を濡らす水分までまるごと何かにすっぱり抜き取られてしまったかのように、ケン気づいたらここにいたのだ。
(うーん、やっぱり思い出せんと。確か正咲とこっちのエリートがっこに来たとこまで覚えてるんだけどなぁ)
つまるところ、ケンにとってみればここが何だか人体の中系なロケーションのダンジョンめいた異世である事がかろうじてわかるくらいで。
正に状況もさっぱりで、一人放り出されたのにも等しかった。
(それとも、ここに来た瞬間、何者かの異世にとりこまれたと?)
それだと、スタート地点に黒の輪っかが貼ってあったわけが分からなくなってしまうが。
それでもケンが考えた通りならば、意識が飛んでいた訳も分からなくはなかった。
(だけど、僕的にはあんまり悪意めいたものを感じないんだよなぁ……ここ)
ケンが敵対する能力者と戦ってきた機会は少なかったが、ケンにはこの場所が敵の異世というよりは、『彼女』の異世にとらわれた時と同じ感覚を覚えていたのだ。
「彼女……って誰と?」
自分で思ってそれを思い出せなくて、愕然とするケン。
正咲、瀬華、麻理、マチカ、そしてまゆ。
思い出せる限りの名前を思い出してみるも、誰か足りていないのか、ケンには確信が持てなかった。
(うーん。このダンジョン攻略はつまり、その分からない女の子の事を思い出すのが鍵とね)
ケンの能力者素人の考えだと。
このダンジョンを攻略していく事で、その答えが分かるはずだと、根拠のない自信を持っていて。
(そうだ。正咲だ。こういう事が大好きな正咲なら、きっと巻き込まれてるに決まってる。まずは正咲を探そう)
ケンは、その自分の考えをまとめると、念のため武器その他として黒い輪っかを剥がし、手に持ったままくるりと踵を返す。
ケンにとってみれば、生まれて初めての(今覚えている限りでは)異世のダンジョン。
一男子であるからしてワクワクドキドキは収まらず、周りの目がない事もあって随分とテンション高く興奮していたわけだが。
そんな部外者であり、ここを創った主にとってのイレギュラーであるケンは気づかない。
ケン自身の背中に映える、純白の翼の存在を。
この場所が許可を得たものを除けば、天使……翼あるものの一族しか入れない場所であり、長いこと意識が飛んでいた自覚もなく、既に例えるならこの場所の物語はもうエンドロールが流れ、幕が下りようとしていることを。
―――さぁ、ともに見ていこう。
エンドロール後のお話を。
何も知らない無垢なほどに、第三者である天使とともに。
それはもう一人の『まいそで』の天使の、おまけのお話。
はたして、天使の少年がその背中でいつの間にやら生えていただけどちゃんとした血筋のもとにあるその翼に気づくのはいつになることやら、だが。
……それともかくとして。
本来なら語りえぬその結末を、追っていくことにしよう。
(第345話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます