第四十三章、『むくのはね』

第343話、お調子者の三枚目、親になって歌に願う



―――信更安庭学園から海に出た、その奥深く。


水深数百メートル以上はあるだろうその場所に、膨大なる人型は沈んでいた。

その心臓部とも言うべき場所に、そこで起こった事全てを残酷なままに見届け続ける男とともに。

 


(『魂の宝珠』を集めるこのゲーム。3勝2敗か。イレギュラーの存在あれど、おおむね想像通りか……)


男は深淵に沈む蒙昧なる人型の、最後にして悠久な動力源としてそこにいた。

【心臓の間】の肉襞、毛細血管に絡まれ閉じ込められ、まさに一体化せんとしている。


しかし、そこに抵抗はない。

何故ならこの【プレサイド】と呼ばれる『緊急避難施設』を作ると考えた時から、自らの後先など既に決まりきっている事だと考えていたからだ。

 

そんな事よりゲームに勝った者達に対しての報奨について頭が一杯だった。

 


(……やはり、終末迎えんとする、外へと望むものが多いか)

 

それはすなわち、自ら死にに行くようなものだ。

報奨などと言っているが、負けてこの地に残り、終末の刻を免れ、模倣ながら夢幻の世界を生きる方が幸せなのではないかと不肖の親ながらに思っていて。



(せめて、願わくは、あの子を……)


閉じ込め、ここで守っていたい。

心に癒えない傷を負って尚、向かう先はまた地獄であるというのに、それを止めずにいられるだろうか。

 


(だけどあの娘は、ゲームに勝ってしまった……)


勝利者には、報奨を与えなくてはならない。

それが、今まで違う事のなかった天使のルール。

 


(……そうか。お前はだから止めようとしたのだな)


こんな辛い思いをするのなら、初めから閉じ込めておくべきではなかったのだ。

男が今までしてきた事は、あるいは翼ある彼女達にとって、意味のないものだったのかもしれない。



(それでも守りたかったんだ。愚かな俺を許さなくていい……)


せめて、そんな愚か者がいたのだと、覚えてさえいてくれれば。



(願わくは、あの娘の道行きに幸いを……)


男は、勝者達を順繰りの眺め、そこで初めて淡く微笑む。

 


自分には何もできなかった。

だが、あの娘には支えて幸せにしてくれる人がきっといる。

かつての自分が確かにそうでありたかったように。

 


その時不意に、男を優しく呼ぶ声が聞こえたような気がした。

 


―――待たせてすまない。今俺も、そちらにゆこう……。


男は小さく頷いて、何やら唱え最期のカーヴ能力を発動する。

 


……名付けるならば、【歌に願いを】。

 

歌の力によって創られた夢幻の理想郷。

男はそれを願い、自らを膨大なる人型の心と化す。

 

 

すると、今の今まで哭いていた海の声と。

人工物の証であったとも言える膨大なる人の型の駆動音が、ぴたりと止んだ。

それは我が儘な男の、子を想う最後の抵抗だったのかもしれない。



男が命を賭して扱った最期の能力。

それは海の奥深くにいて、その圧力に負けず、終末へ向かう世界のダメージからも逃れる事ができるものだった。


言い換えるのならば、時の断絶した世界。

皮肉な事に、出口はたった一つ。

膨大なる人の型、その頂。

 

中に残された、夢に沈まず抗おうとするもの達は、はたして終末の刻迫る現実ヘ還る事を望み、叶うのか。


―――これは、本筋では語られない物語。

故に結果も曖昧で、誰にも予想できないのだろう。



だが、この時巨大な人の型と一つになることで意識を預けた男は気付かなかった。


男が自ら選んで招き入れたはずの者達以外に。

横から入り込まんとするイレギュラーが存在している事を。


予想できないはずのこれからが。

イレギュラーの存在により予想だにしない方向に動こうとしている事を……。



           (第344話につづく)






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る