第345話、天使の羽なんて奪い取ってと、地を這い空に叫び続け
一度ならず二度までも。
鳥海恵(とりうみ・めぐみ)……リアを、その思惑を、願いを裏切る形で。
離れていってしまった姉、鳥海白眉(まゆ)。
まゆの仕掛けた呪縛……腕輪のもう一つの使い方によるものから逃れられずにいたリアは、それでもその戒めに抗がわんとして全身を震わせていた。
涙も声も枯れる事はなく、姉が消えた……闇の染み入る青、蒼を睨み続けている。
「……っ」
ぱきりと鳴る、歯の根。
既に膝ほどまでに達してきている水の冷たさを覚えつつ、リアはどうしてこんな事になってしまったのか自問自答する。
……本来ならばありえなかったはずの姉達との出会い、再会。
そのありえないはず出会いが、これから先の未来、あるいは別の時間軸における宿命の相手、『パーフェクト・クライム』によってなされた事を、リアは知っていた。
この場に閉じ込められた訳とともに、父が母によって封じられていたリアの記憶……使命を思い出させてくれたからだ。
『パーフェクト・クライム』の力によって滅されしいくつもの力ある魂。
それぞれの思惑は違えど、『パーフェクト・クライム』の駒として蘇って来た者達。
その中に姉の姿は確かにあって。
この仰々しい人型の異世で再会した時、姉が禁忌を犯し存在していた事に確かに気づいていたというのに。
リアは何も言えなかった。
言えば最後、敵となるかもしれなかったから。
暴かれる事で、消えてしまうかもしれなかったから。
理由は様々あれど、姉(まゆ)自身が自らの罪を自覚していたからなのか。
昔と違って優しかったから……優しすぎたかせいも、あったのかもしれない。
今、この瞬間を失くしたくないと思ってしまったのだ。
余りにも違いすぎて別人なのではないかと思ってしまうくらい暖かくて心地よくて。
リアは流れに身を任せてしまっていたのだ。
今のこの状況は、甘えきったその自分へのツケなのだろう。
(でも、だったらどうして……っ)
まゆは、リアのもとに現れたのか。
相容れぬ敵として、リアの心を、使命感を壊そうといった腹積もりだったのだろうか。
あるいは、皮肉にも父から与えられた遊戯めいた試練、その内容を分かった上で突破のための礎、犠牲になるためだけに存在していたのか。
(……ひどいですっ、お姉ちゃんっ)
どちらにしろやりきれない。
それだけを繰り返し叫び、唇を噛んだリアは。
「……っ!」
その瞬間、戒めが解かれている事に気づき、前のめりの勢いで倒れそうになるのをなんとかこらえる。
ここに来て戒めが解かれた理由はなんなのか。
リアが、その事を考えるよりも早く。
固く分厚く、凍える冷たさを持った鉄扉が軋んで。
その前、リアの足元にあった魔法陣が七色に輝いて。
現れたのはまゆではなく、炎……それはどこか明確に示すものがないはずの魂の偶像のようでもあって。
それを閉じ込めた透明の珠を小さな手に持った、メタリックな『紅』……赤い法久であった。
「ロボットさん? お姉ちゃんは!?」
鉄扉の向こうに広がる黒き蒼の、あまりな酷薄さに帰らないものと無意識の中で確信めいたものをもってしまっていたリア。
事実、扉の向こうには100メートルを超える海の底なのだ。
生身の人間が耐えられるものではない。
しかし、法久の姿を模した紅はそこにいる。
その事実は、リアに儚い希望を持たせるには十分であったが。
駆け寄るリアに呼応するかのように、後頭部のモニターに打ち出された文字は。
そんなリアを打ちのめす、無慈悲で見た目通り機械的なメッセージであった。
《 試験の結果……鳥海白眉の活躍により、『左耳の試練』をクリアしました!
さぁ、手に入れた『魂の宝珠』を持って、『心臓の間』へと向かいましょう。
そして、試練クリア報酬を手に入れるのだ! 》
文字通りの名誉を称えるがごとき、いっそ清々しいロボット……赤い法久の言葉。
まゆの活躍。
姉の犠牲……しかもそれを自ら望んでいるフシさえあった……事によって得られたもの。
何もかもがどうでもよくなっていつの間にやら手に持っていた炎のゆらめき潜めし『魂の宝珠』そのものを、投げ捨てたい衝動に駆られるリア。
何も知らず、真澄や二度目の姉達と出会う前のリアであったのならば、そんな衝動に流され、子供の癇癪めいた行動を起こしていたのだろうか。
無意識に掲げていたそんな行動を、赤い法久が無機質ながら澄んだ瞳で見あげていたのに気づきバツが悪くなり、正咲や姉にならって持ってきていたポシェットに丁重にしまい込む。
すると、赤い法久はどこかリアに対して気を遣うような仕草で、それでも何言う事なくメッセージボード……デスクトップを収納すると、先導するみたいにふわりと浮かび上がる。
どうやら、『魂の宝珠』をしかるべき場所へ持っていくようにと案内してくれるらしい。
思い出したこの世界の、あるいはこの物語の舞台の顛末を考えれば、悲観に暮れている場合ではないと分かっている。
ここで何もせずにいれば、自らの命が守られるのも確かな事なのであろう。
だが、天からもらった名を使うためにある自分たちにとって、それは無駄なものに等しかった。
使命を。
ここではない自分の舞台へと上がるためには、父の庇護下にあるこの優しくも残酷な場所から巣立たなくてはならないのだ。
リアは、言葉足らずとも理解及ばずも、その事を本能として理解していた。
よって、赤い法久についてゆくのが正しい事だと分かっていたはずなのに。
深い深い蒼の向こうに行ったきり帰って来ない姉。
冷たく凍える……実際そうであると、リアは本当の意味で知る事はなかったが。
姉を助ける目があるのではないか。
そんな衝動に駆られたのだ。
人が、その深い蒼に長い間晒されればどうなってしまうのか、知識として知っていたとしても、実感のないリアだからこその発想だったのかもしれない。
だが、現実としてリアにできることはないに等しかった。
リアに、こちらと向こうを遮る扉を開ける術はなく。
できたのは未練がましく扉の方を振り返るのみ。
「……あっ」
それはきっと、奇跡と言ってもいいタイミング。
リアの思わずついて出たその呟きには、間違いなく希望と期待が詰まっていた事だろう。
そこにあった事すらも忘れられようとしていた、姉の能力そのものである白い輪……まるで生きて明滅しているかのように、白に黒にと光り様変わりしている。
あるいは、その繰り返しのリズムが遊んでいるようにも見えて。
「ロボットさん、ちょっと待っててくださいです」
「……っ」
慌てて来た道に舞い戻ろうとするリアに、急制動かけて中空でつんのめる赤い法久。
そのままもがき転がっていくのも気づけずに、リアは膝上くらいまで水の溜まってきていた玄関のような場所へと、腹ばいになって、ぴかぴかと光っているように見える白黒輪っかに必死に手を伸ばした。
「あ、あとちょっと……ですっ」
そうして、何とか小さな手を伸ばして触れるは黒(ブラックホール)のタイミング。
「あ、あれ? なんかくっついて、わわ、わぁっ!?」
「……っ!」
その瞬間。
正しくも二次元の世界にしかないような有り得ない事が起きた。
リアの頭がやっと入るくらいの輪なのにも関わらず、何もかも置いておいてリアを吸い込んでいったのだ。
その場には、悲鳴じみたリアの声と。
揺れる地面に沈む黒い輪。
水に突っ込めずにまごまごしている赤い法久が残されて……。
(第346話につづく)
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