第403話、数センチのズレを重ね生まれた、叶わぬ運命の人



―――それは。


いつか見た夢のあとさき。

あるいは、世界が進むべく可能性の一つ。



宇津木ナオは、いつの頃からか当たり前に過ごしていた世界がいくつも枝分かれしていて、決して交わる事のない平行線として、幾億数え切れぬほど永く並走している事を理解した。


理解……してしまった。



それが、人ならざるものだけが知覚できると言うのならば。

ナオはそれを認識した時から既に、人ならざるものへと変貌していたのかもしれなかった。



きっかけは、ナオ自身に与えられしカーヴ能力、【才構直感】を使えるようになった事だろう。


その中のサードの力、『フェイク・フッドラ』。

他人に化ける、なりすます事のできる能力。

法久の『スキャン・ステータス』にもそう記され、ナオ自身もそういった力であると疑っていなかったもの。


しかし、その真実に、違和感に、齟齬に、ナオは気づいてしまった。

それは、ナオ自身と同じく、心にぽっかり穴が空いたままの圭太や……特に法久の事を、同族嫌悪をもって盲目に鵜呑みにしていなかった事もあったのだろう。



それに気づいたのは偶然か必然か。

ナオが能力をもって化けていたのは、他人ではなかったのだ。

決して知覚し、接触する事ができないはずの、別の世界線で過ごす『もう一人の自分』。


彼らを呼び出し、成り代わらせて。

自身は安全で不可侵な時の狭間に引っ込んで。

そんな身代わりとなった『もう一人の自分』を俯瞰する……そんな能力。


それすなわち、不死(イモータル)。

あるいは終わりなきループを周る宿命を負ったとも言えて。



そんなナオの力と相性のいい、同じように人ならざる、規格外の力を持つ圭太と法久。

三人が力を合わせればバンドの顔であり中心であり、要である知己の事をサポートし支える事など容易い。



……そう思っていられたのは、果たしていつまでだっただろう。

無数の世界線を知覚し、時空を超え未来に過去にその手段を求めたが。

未だに答えは出ていなかった。





―――本当に度し難いよ。


知己という存在は、三人にとって……いや、世界にとって余りにも大きすぎたのだ。


その様は、正しく真なる『完なるもの』。

まるで、知己が中心として世界が廻っているかのように、世界そのものであるかのように。

世界の命運を、滅びを、再生を、知己が握っている。



彼以外のものすべてが彼のストーリーを彩る脇役で。

それに気づいてしまったが故に、心に穴が空いていると感じてやまない三人。

……でもその一方で、その穴を埋めて、乾きを癒してくれるのも知己であると確信を持っていて。



突き詰めてしまえば、本人を前にしては決して口にする事はないだろうが。

そんな知己といつまでも続く限り共に在りたいと言うのが、彼らの存在理由(レーゾンデートル)でもあって。

知己の口から能力……才能そのものを捨てるといった言葉を聞いて、見た目以上に衝撃が、動揺があったのは確かだったけれど。



『……本末転倒と言えばそれまでだが、いっそのこと最初から『なかったこと』にしてしまえばいいのではないか。彼奴の力のように』



そう口にしたのは圭太だっただろうか。

世界の滅びの、最大の原因となる『パーフェクト・クライム』ばかりにかまけて。

結局知己による滅びを生む事となる愚策ばかりを考え実行していたナオにとって。それは青天の霹靂であり、目からウロコが落ちる思いであった。



―――知己の存在し得ない世界は、世界線は果たして世界と言えるのか。


時を超え世界を犠牲にした、壮大で無謀も甚だしい実験。

人ならざる三人ならば、思ってもみなかっただけでそれすらも可能となったわけだが。




『……駄目だな。この空虚感に長くは耐えられそうにない』

『せめて最初から存在自体知らなければ良かったのか』

『どちらにしろ、滅びの宿命は免れない、か』




駄目元での選択ではあったが。

やはりうまくはいかない。


でも、それでも。

退屈に殺されそうになるくらいには、『何もない』日々が続いたのは確かで。


存外、その考えには可能性があるのかもしれない。

そう思い立ち、ナオたちは様々な可能性に賭ける事にした。




―――曰く、初めから知己の存在しない、遠い遠い未来の世界。


―――曰く、知己の代わりを負う役目を持つものを宛てがった悠久なる蒼の世界。


―――曰く、時の狭間の行き来を知った上での、タイムトラベラーの世界。




中には、上手くいったものもあって。

緩慢なるめでたしめでたしで終わっていくものもあった。


だけどそれはきっと。

ナオたちの望んでいた世界とはもう別物で。

故にこそナオたちは、自分自身が納得できるようなエピローグを探し続けるのだ。

 

永遠にも近い時が過ぎようとも。

人ならざる彼らは、その事に摩耗しつつも、もう慣れきってしまっていて……。




 

そんなナオが、新たな満足しうる可能性を見出したのは。

戯れに、いたずらに名付けた、『新しい日々』。

そんな世界の一片であった。



……知己が存在しえなくても。

残滓を垣間見る事ができて。

いつか形となって存在できるようになるかもしれない、そんなコンセプトに依る世界。



そのような四次元の視点を忘却して過ごす世界の一つで、宇津木ナオは。

存在理由を、生きる意味を忘却しても尚、魂に染み付いて離れる事のない、大好きな音楽と共に在った、若き世代、世界を支えるだろう者たちを導き育て育む仕事をしていた。


皮肉にも、側を離れる事で、何か新しい活路を見い出せるかもしれないと。

はじまりの時にナオが決めた仕事と同じで。



正しくそれは、偶然が少しズレた事による運命だったのかもしれない。


ある時、ナオが所属する音楽事務所にして、カーヴ能力者の集まる派閥の一つに。

内に篭らず見聞を広めたいと、母親に連れられてオーディションにやってきた一人の少女との出会いが。


知己にしか埋められぬはずの空虚を、埋めるきっかけとなるのだから……。



            (第404話につづく)






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