第404話、移ろう季節の中で、僕は移ろわない気持ちを持て余している



―――それは。

宇津木ナオにしてみれば今でもはっきり思い出せる、しかしいつの時か、いつの世界かももう曖昧になっている記憶の一つ。



ある時、ナオが所属する音楽事務所にして、カーヴ能力者の集まる派閥の一つに。

内に篭らず見聞を広めたいと。

あるいは、見えないものが見えてしまうといった内に抱える問題を解消するためにと。

かつては伝説のアイドルと呼ばれた母親に連れられてオーディションに、一人の少女がやってきた。



風間真(かざま・まこと)。

時代、世界によっていくつかの名前を持つのは確かであったが。


そう呼ばれる少女は、後にいないはずの知己と血縁関係があるかもしれないと知る事になるその前から。

一目見た瞬間、摩耗しきって忘却していたものを思い出してしまうほどの衝撃を受けたのだ。



見た目や雰囲気なら、それこそ実妹である仁子の方がよほど似ていただろう。

しかし彼女には確かに、知己を感じさせる何かがあったのだ。


それは、ナオにも分からない空虚を埋めてくれるもので。

事実彼女は、ナオの乾きを忘れさせるくらいに、度し難い存在であった。



唯一無二の仲間たちは勿論、ずっと引き篭り表舞台から姿を消していた法久を従え、圭太すらも呼び戻し。

ついには知己の残滓ですらある時不意に連れてきてしまう始末。 


記憶を失い、肉体は朧げで、その名前すら彼女につけられたとのたまうできこそないではあったが。

言葉のやりとり一つで叶わなかった夢すら思い出してしまったのは確かで。

 

ナオはその後、今度こそすべてがうまくいくのではないかと。

楽観的に思っていたわけだが……。


 


やはりそれも、長くは続かなかった。

今度は、知己の存在ばかりを考えていたからいけなかったのか。


あるいは、幽き亡霊のような周りにほとんど知覚されない存在でも。

知己がそこにいるだけで比翼とも言える『完なるもの』を呼び起こしてしまったのか。

……今となっては、ナオには分かりようもなかったが。





知己を思い起こされる少女、真。

ある意味、彼女の晴れ舞台とも言えるその日。


ナオは、そこで初めて……彼女がナオと同じように。

時空を、平行線を超えて本当の知己の事を知っているのだと理解した。


あるいは、彼女はこの世界の存在していたはずの知己の事をも知っていて。

この世界の住人で、ナオたちと同じように、知己の事を欲し、求めるために時を渡ったのだろう。



それにもっと早く気づけたのならば。

お互い情報を摺り合わせて話し合っていたのならば。

彼女の、真の……まほろばのごとく消えてしまいそうな涙を目の当たりにする事もなかったのだろうが。




初めは、些細な引っ掛かりで。

何だか気になる、程度であったのに。


その時の衝撃は……痛みは。

ナオにとって生涯初めての事であり、致命傷を与えるほどのダメージを与えた。



そう、その時ナオは初めて思い知ったのだ。

人の枠を外れているにも等しいナオ自身が。

誰かを大切に想う事があると言うことを。


愛と夢と、それらのさかしまの言葉を、音を。

いたずらに生み出してきた自分が『それ』を経験することになるなどと。




恐らく彼女は知己が記憶を失っていると断じ、それを探し求めて世界を渡ったのだろう。

そして、知己が知己であることを取り戻すための鍵を、ナオですらすべてを知るには足らぬ程の努力と行動、想いと信念を以て見つけ出したのだ。



しかし、それは。

ほんの少しのズレをもって失敗してしまった。

ナオがその事に気づいていなかったからこそ、あと少しのところで溢れていってしまったのだ。

何故ならナオは、その鍵のことだってとっくの昔、初めから知り得ていたのだから。




……まさしく、幻であったかのように。

儚くなって消えゆこうとする真。

思わず駆け寄って声をかけなければとナオは思い立ったが。



彼女はナオのことなど見てはいなかったから。

真は、たとえ叶わぬとしても。

ただずっと、一途に知己だけを見ていたから。


ナオもそんな彼女に倣って。

わだつみのごとくただ影から見守り、想うことに決めた。


永劫に続くかもしれない、枝分かれした繰り返しの世界の中で。

いつか彼女の願いが、夢が想いが、叶うのを見届けるまで。


それこそが確かに。

ナオの心にぽっかりと空いた穴が、埋まっていった瞬間で……。



           (第405話につづく)






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