第405話、世界が没ちこんだら、少しは変われるのだろうか



紅粉圭太の人生は。

ナオや法久と違って元々はひとつしかなかったが。

 

あまりに特異で扱いづらく生き難い能力に目覚めることによって。

心に虚ろが……生に絶望と諦観がつきまとうようになるのに、さほど時間はかからなかった。



 

―――【紅侵圭態】。


今でこそ力を抑え御することができるようになったが。

その能力は、一言で言えば『死』そのものであった。

紅恩寺と呼ばれる、古くから異能を持ち、カーヴ能力者の一族としても名門の出であった圭太は。


能力が発現した時から暴走しているわけでもないのに、死を撒き散らして。

父を死に追いやったことで、生まれては来なかった存在にされ、捨てられてしまう。



それも、父の圧力、悪意、殺意がトリガーとなったことによる事故であったのだが。

圭太が『死』を与えてしまったのは確かで。

甘んじてそれを受け入れたわけだが。


何より圭太を苦しめたのは、周りに死を与えんとする割に、けっしてそれが自分には訪れない、ということであった。

であるが故に心にぽっかり空いた穴は、際限なく大きくなって。

生に絶望しながら荒れに荒れた日々を過ごしていたわけだが。



そんな圭太を文字通り救い上げたのは、知己だった。

ナオや法久よりも早い出会い。


カーヴ能力者として駆け出しであった知己が。

能力をかさに着て多くの外れものたちとともに悪事を働いていた圭太を捕らえ、懲らしめに来たのが始まりである。



能力を使わなくても、死の気配を少し開放してやるだけで、一番したかったこと以外はなんだってできる。

……などと思い上がり助長し、自棄になっていた圭太。

 

そんな圭太を文字通り殴り飛ばし目を覚まさせた、心の穴が埋まるかもしれない可能性に気づかせてくれた知己。


何せ、知己には圭太の能力がまったくもって効かないのだ。

それどころか、共にいるだけで死の匂いがなくなってるのが分かって。

 

もしかしたら。

いつの日か知己が自分の一番欲しかったものを与えてくれるのではないかと。

共に、音楽という夢を追うようになるのに、それほどの時間はかからなかった。



そこに、ナオや法久も加わって。

一番欲しかったものが、徐々に形を変えて別のものになっていくのに気づかないくらい、虚ろを忘れ満ち足りた日々を送っていく中で。



 

最初にそれに気づいたのも、やはり圭太であった。

知己の、能力に関わるものならば、もれなくなかったことにする力。

圭太の、『死』に誘う力すら収めてしまう、神にも等しい大それた力。


不意に何気なく思った疑問。

それは、なくなったものはどこへ行ってしまうのか、ということで。


 

きっかけは、何でも吸い込むブラックホールのごとき力と。

それにより貯めておいたものを吐き出すホワイトホールの力を持つ先輩の能力を垣間見たこともあっただろう。

 

それからというものよくよく注視して、知己に取り込まれ収められている能力たちの様を眺めていると。

改めて気づかされたのは、吸われ収められた力がなくなっているというのは、厳密に言えば間違っているという事であった。

 


知己の能力を発動する前にアジールを具現化すると、あらゆる能力はその力が抑えられ、十全に力を発揮できなくなる。

能力の発動は、それの強力版で。

知己が急にその場からいなくなったり、力を抑えたりすると、それまで抑えられてた力が戻ってくるどころか前より強くなっていて。

圭太はそれを、溜めに溜めて増幅して返すのでは、と考えた。


それは事実、正しかったようで。

法久などは、自身の力と掛け合わせてより強力なシンフォニックカーヴ……合わせ技を考えていたようだったが。

 


その前段階……実験の際、力を返してもらった圭太は。

大いに後悔することになる。


貯めて、捏ねられ、進化し、増幅し返ってきた力は。

クラスで言えば2段階は上がるだろう、別のナニカだったのだ。



そのまま考えなしに吐き出していたのならば、まさに圭太自身が世界を滅ぼすことになっていただろう。

咄嗟に自身で必ず訪れる死と言う概念を殺す、といった大仰な力の行使がなければ。

どうなっていたかも分からないくらいで。


今となっては、その『否死』の力が役に立っているからして過去の話ではあるのだが。

問題は、そのなかったことにするのではなく、溜めて溜めて進化させて返す力が、『パーフェクト・クライム』にも影響を与えている、という事だろう。


その真実に気づいたのは、それほど遅くはなかったが。

それでも、圭太にとっての故郷……この原初の世界においてはもう、取り返しがつかなくなっているのは確かで。




―――『ならば、取り返しのつく方法を探し出し見つけだそうではないか。それこそわしらにはいくらでも時はあるのだから』 


ナオと法久と圭太の力があれば。

いつかのいつかはきっとうまくいく。

 

そう思い立ってから、圭太の行動は早かった。

早々に能力者としての舞台から降りたふりをし、どうしようもなくなっている知己のために。

『パーフェクト・クライム』と知己が共に在り続ける道行きを探し求めるために、秘密裏に組織を創ったのだ。



それこそが、『パーム』。

ありあまる、進化した『否死』の力をもって、黄泉返らせた過去の英傑たち。

……知己をほんの僅かでも想い、救うだろう可能性のある者達を集めたのだ。



今の所は、どんな道筋、運命を指し示しても滅びの結末ばかりであったが。

それらの全ては、無駄にはならない。

全てが経験値となって生かされ続けている。

 



……そうして。

幾重もの失敗経て、気づいた可能性のひとつ。

 

今までは、どちらかをなかった事にしたり、マイナスのイメージばかりが先行していた。

きっと、楽なものばかりを選択していたからこその結果、だったのだろう。



それならば、気まぐれだろうが思いつきであろうが、名前を捨てていた圭太に『紅粉』という名をくれたあの日の知己のように。

一番欲しかったものはもうすでにその瞬間からあったと今更ながら気づかされた圭太のように。


お互いを救い上げられるような、歌の世界にあるような結末こそが。

もっとも難しく、過酷で厳しい道のりである一方で、正解の道筋だろうと、圭太は確信を持っていて……。



 

「……始めようか! 一世一代の舞台を!」


表向きには、圭太の一番だった願い。

自身に死が訪れる事を希ったが故の、稀代の悪役として。

知己の目の前に立ちはだからんとその舞台に上がるといった宣言。

 


しかしその裏で仮面で顔を隠し、アジールの色を変え、かつての自身の能力を取り戻したのは。

知己という全ての中心に相対する首魁の役所を演じる事で、知己を取り巻く多くの人々との可能性を探るためにあったのだ。


 

敵も味方も関係なく、様々なドラマが。

歌にあるような物語が。

知己に、世界に訪れるのだろう。

 

それは結局、日の目を見る事のない脇役、端役であったが。

それでも鍵となる役所で居続ければ、圭太自身未だに見つけられていない、新しき一番の願いが叶うようになるかもしれない。


 

『パーフェクト・クライム』が。

七つの災厄が。

理想の終わりを迎えるための、たったひとつの方法を見つけられるかもしれないのだ。


 


「……そんな事を云うなと、泣いてくれた、か」



圭太は、そんな暖かな愛の夢を見ながら、今日も喜々として仮面を、紅の蝶を纏う。

 

もうすぐ訪れるだろう、幸せな終わりが、徐々に近づいて来てくれているような。

 

胡蝶の夢のごとき、残滓を感じながら……。



           (第406話につづく)







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