第406話、その日が来るまでと、螺鈿の煌きもって潜み俯瞰する
青木島法久の人生は。
傍から見ればその全てがうまくいっていたように見えただろう。
両親に友人に愛すべき人に恵まれ、才能があって頭も冴え、順風満帆であると思えるくらいには運も持っている。
今でこそ法久は、リア充と聞けば唇を噛んで泣く泣く抗議するほどではあるが。
それはもしかしたら、同族嫌悪どころか、かつての自分を羨むもの、だったのかもしれなかった。
ご多分に漏れず、物心付いた時からカーヴ能力に愛され、天賦の才を持っていた法久は。
あるいは圭太やナオと同じように早いうちから心のうつろを自覚するようになっていた。
しかし、法久は二人と違い、その空虚感を自身の甘え、奢りであると断じていたのだ。
こんな文句のつけようのない日々をおくれているのに、物足りなさを感じるとは一体どんな了見だと。
知己と会うまでは、そんな腑抜けた自分を厳しく律しようとしていたのは確かで。
ぽっかりあいた穴を率先して埋めるべく、法久はあらゆるものに目を向け、渇望するようになった。
その中でも特に興味が尽きなかったのが、音楽。
そして、それに影のように付き従って離れないカーヴ能力についてだろう。
現在の法久のカーヴ能力……【頑駄視度】は、まさにそんな法久自身を反映していると言えるが。
その始まりは、まるで楽しみの尽きないコレクション系のゲームのように、すべてのカーヴ能力を把握したいと思い立った事にあった。
カーヴ能力者の上位的存在、七つの災厄。
かつてこの世界に舞い降りたという天使。
妖(あやかし)、魔の物とも呼ばれる、カーヴが発現する前から存在していた、カーヴ能力とは異なる力をその身に秘めし者達。
カーヴ能力……その属性(フォーム)の元となった、『魔精霊』と呼ばれる存在。
そんな魔精霊が暮らすという、この世界と繋がっているらしい異なる世界。
神、などと呼ばれる、この世界が生まれた時から人々に信仰されていた超常の存在。
それこそ法久は、カーヴ能力を取り巻くすべてを知るためにありとあらゆるもの、その知識を貪るように、乾きを満たすように取り込んでいって。
カーヴ能力者としても、一廉の人物として名を馳せるようになった頃。
さらに深く興味を持ったのは、カーヴ能力そのものを新しく創り、生み出さんとすることであった。
人が想像できることは何でも実現可能であるのがカーヴ能力であるのならば。
歌の数だけ能力が生まれるのならば。
自身で創り出すことも可能ではないのかと思い立ったのだ。
そんな、神をも恐れぬ傲慢な想いは。
しかし考えていたのは法久だけではなかったらしい。
―――『あおぞらの家』。
元々はカーヴ能力の素養がなかった幼い子供たちに、カーヴ能力の元となるアジールを植えつけ、カーヴ能力者足り得るか、と言った非人道的な実験を行っていた施設。
能力を植え付けるタイミングは様々で。
それこそ赤ん坊の時から能力を植え付け育てていったらどうなるのか、そんなことも行っていたらしい。
法久としては、心内では多くの子供たちの犠牲を孕んでいるだろうことを考えなければ。
是非にも協力、参加させて欲しいなどと思っていたわけだが。
そんな心内とは裏腹に、『あおぞらの家』に関わるようになったきっかけは。
『あおぞらの家』を所有していたかつての派閥、『業主』がそれにより助長して大きな力をつける前に『どうにか』するためにと。
敵対派閥『位為』から依頼されての、『あおぞらの家』出身者の調査(必要ならば『落とす』ことも吝かではない)であった。
法久が調査すべきと命ぜられた最初の人物は。
法久が通っていた大学に同じく在籍していて。
ちょっとした有名人であったことに加えて、カーヴ能力そのものを無効化するカーヴ能力者として、法久自身前々から気になっていた人物でもあった。
法久としては、カーヴ能力のすべてを余すことなく手に入れたいのに。
それをなくそうとする能力なんて言語道断であると、そんな危機感を持っていたのは確かで。
人生の目標を。
渇望を妨げ邪魔になるのならば。
上からの命令通り因果応報、『なかったこと』にしても構わない、なんて思っていたわけだが。
それも、戦わずして当の人物……音茂知己に出会うまでのことであった。
そう。法久は相対しただけで、今までの人生に縁のなかった敗北と挫折を味わったのだ。
自身の人生を賭けて追い求めていた歌の力を、すべてを以て否定する存在。
カーヴの力は、歌の力と同じようでいて違うと。
だからこそ、本当の歌の力で勝負したいと。
能力者たちの荒波に歌の力だけで進んでいきたいと、熱く熱く語った男。
そして、そのためには法久の力が必要であると。
法久の今までのすべてをなかったことにして、その上で求めてくれた人物。
法久が心に空いたうつろを塞ぐものが彼……知己であると。
思い知らされる程に悟ったのはその瞬間で。
そんな知己に報いるように、法久が手始めにしたことは。
今までの自分についての懺悔と。
知己を取り巻く現状を詳らかにすることであった。
知己自身、生まれてすぐに『あおぞらの家』に預けられ、物心つく頃からカーヴ能力者として育てられてはきたものの、その裏での非人道的な仕打ちについては知らなかったらしく。
……そこからだったのだろう。
物語の主人公であある知己の相棒として、最強のカーヴ能力者として、歌を生かしカーヴを殺す存在として。
『ネセサリー』としての、世直し行脚の冒険が始まったのは。
手始めに行ったのは、過去の悪しき慣例に倣っていた『あおぞらの家』の破壊であった。
カーヴ能力者になれず、暴走しがちな子供たち。
いたずらにアジールを植え付けられ、苦しんでいた子供たちの解放。
人を傷つけるためじゃない。
癒し、幸せを運ぶためのバンド活動。
カーヴ能力者としても、その先駆者となるために奮闘する日々。
そこに、圭太やナオ、多くの仲間たちが加わって。
知己の相棒として傍にいることで久しく感じていなかった空虚感を。
順風満帆な日々を繰り返すことで皮肉にも再度ぶり返し感じるようになった時。
まるで、その『期待感』に応えるかのように。
かつて貪り学び求めていた『七つの災厄』のひとつである、『パーフェクト・クライム』が法久の前に降り立った。
―――知己と共に在れば、心のうつろを忘れさせてくれるような、楽しくて刺激的な日常を送ることができる。
そんな不遜な想いが、この状況を生んだのではないかと。
荒唐無稽で自己欺瞞に塗れようとも。
それからずっと、法久は後悔し続けている。
―――『法久くんは、何があっても生き延びて、すべてを見届けて欲しい。そうすれば、いつかはきっとうまくいく可能性を掴むことができると思うから……』
ずっとずっと後悔しながら。
そんな与えられた楔を胸に、贖罪のごとく法久はやがて人をも超えて、世界に見(まみ)え続けることになる。
その楔が、開ききっていた心のうつろを埋めてくれていることに安堵しながら。
その身体を硬質に青く光る鋼鉄に変わり果てようとも。
知己が役目が終わったと。
楔を引き抜いてくれるまで。
法久は悠久なる青として。
過去と未来に交信する男として。
ピカピカ光る人として。
ありとあらゆる世界に、時間枠に、漂い彷徨い続けるようになる……。
(第407話につづく)
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