第407話、選んできたその道が間違っていても、あなたが待っていてくれるのならば
……そんな法久には。
既に人ではない何かになりつつある法久には。
人の生としての心残りがひとつあった。
それは、法久が知己と出会い、これからの先行きを自身の中で決定付け、道化として生きることを決めてからすぐの話。
思えば、出会いの順序、順番が違っていたのならば。
何もかも変わっていたのかもしれない。
自分勝手に巻き込んで、共にゆくこととなる可能性もあったのかもしれない。
……いや、それは事実あったのだろう。
後に圭太やナオとともに時空を超えた人ならざる存在となり、第三視点で世界を俯瞰する間に。
確かにその可能性は存在していたのだから。
でも、それでも。
『彼女』との出会いはあまりにもトクベツで。
手前味噌ながらリアルに充実していた過去の法久自身の人生においても、
間違いなく知己に次いで法久の心に強く留まることとなる思い出であることは確かであった。
その、始まりの邂逅の時。
『彼女』……真光寺弥生は、文字通り人ならざるものであったのだ。
後に世界を統制する12のうちのひとつ、『金(ヴルック)』の根源……この世界の神的存在にも等しいものとなる法久にとってみれば。
『彼女』はその道を、未来を指し示す啓示そのものだったのかもしれない。
その時の弥生は、かそけき雪のように透けていたのだ。
ファミリアなどのカーヴ能力、フォームのもととなった『魔精霊』などの存在に明るい法久でなければ。
見た目そのままに幽霊、それに類する存在であると判断されただろう事実。
周りに法久のような能力者がいなかったからなのか、自分のことが見える人物を探していたらしく。
その一番目が法久であったことに。
彼女が実際口にしていた言葉通り、運命を感じていたのだという。
確かに、微かに漂う彼女と最初に出会えたことは、法久としても運命であると表現してもよかったのかもしれない。
後にそれがカーヴ能力、ファミリアの一種で。
カーヴによらず、分かりやすく生霊のようなものであったと分かっても。
法久の人生に、記憶に強く強く刻まれていたのは確かで。
人ならざる存在となり、彼女との波乱万丈で幸せな道行きを知ってしまったからこそ、思うのだ。
法久に一番に打ち込まれてしまった、心のうつろを塞ぐ楔がなかったとしたら。
人らしく何事もなくめでたしめでたしの生涯を送ることができたのかと。
そんな夢物語のような展開を、きっと間違いなく。
法久と引けを取らないくらい、彼女……弥生自身が望んでいたのも間違いなくて。
弥生はそれからずっと。
ひたむきに頑なに、法久のことを追いかけ、追い求めるようになった。
元々能力者として才能があったのは確かであるが。
能力者としてだけではなく、ミュージシャンとして満たされし、才ある人間として、寄り添い共にあろうとする弥生。
そんな彼女に対し、しかし法久は道化を演じ、忘れたふりをし、とぼけ続けていた。
原初の世界で、そんなつれない法久のことを彼女はどう思っていたのだろう。
だんだんとそれが辛くなってきて、こっぴどく傷つけて袂を分かったのは、なんとなく覚えていたのだが。
法久がその時の想い、感情すら擦り切れ、忘れてしまうくらいの永劫の先。
『金(ヴルック)』の根源、その一柱として未来から過去に、知己だけでなくこの世界を見守り、陰ながらフォローするようになった頃。
彼女……弥生と、法久は再度の邂逅を果たすこととなる。
「法久……さんっ! 法久さんなんでしょう!?」
「……っ」
数え切れぬほどの星霜すぎて。
正直なところ変わり果てているだろう自分を自覚していたのに。
それでも覚えて、気づいてくれた弥生に、感動を覚えたのは確かだった。
こうしてわざわざ過去に姿を現している以上、今度こそ共にあることを望むならば応じようと。
彼女の想いに降参めいた気持ちがあったのも間違いなかったが。
「……やっぱり! やっぱり法久さんは『向こう側』だったんだ。……うん。私、どこかで気づいていたのかもしれないわね。でも、それでも……私は、法久さんについていきたいっ。だから、だからっ。いっしょにいても、いいですか?」
そんな彼女のもっともらしいセリフを耳にした瞬間。
法久は気づいてしまった。
それは、彼女の勘違いどうこう、ではない。
引き鉄になったことに間違いはなかったが、法久は改めて理解してしまったのだ。
彼女ではなく、知己と共に在ることの方が。
こうして世界のために身を粉にしていることが。
自身の存在理由(レーゾンデートル)であり、楽しくて嬉しくて幸せで、ドキドキしてヒリヒリして、ゾクゾクして。
生きている実感があって、心のうつろを間違いなく埋めてくれるものなのだと。
彼女につれなくしていたのも。
未来永劫生き続けなくてはならないといった業を押し付けたくないとばかり思っていたが。
それも違うのだ。
だって彼女ならきっと。
それを口にするだけで問題なく受け入れてくれるだろうから。
「そこまで言われたら、もうお手上げでやんすね。君の執念はたいしたものでやんす。お言葉に甘えて、おいらを受け入れて、その身を委ねてくださるのなら、嬉しいのでやんすけど」
「……はいっ! お願いしますっ!!」
故に法久は、道化のままで。
ブラインドが降りたままになっている彼女でなければバレてしまっただろう最低の嘘を吐いた。
共にあることを受け入れるふりをして、彼女に触れて、眠らせて。
世界が最初の滅びを乗り越えて、いつかあるべき姿を取り戻すまで。
延々と繰り返す夢の世界へと引っ張り、連れ出し、捕らえてしまったのだ。
それは、彼女の身を案じ、こんなろくでもない自分に付き合う必要はないといった気遣いがあったのも間違いないわけだが。
「……おいらたちだけなのでやんすっ。誰にも邪魔はさせないのでやんすよっ」
この一番の幸せは、自分たちだけのもの。
できることなら独り占めしたいくらいなのに。
これ以上異物を、邪魔者を増やし加えるわけにはいかない。
もしかしたら、人ならざるものである以上に。
目の前にブラインドがかかってしまっているのは、法久の方なのかもしれなくて。
「はてさて、今回はどうなるのでやんすかねぇ……」
至上の愉悦を込めて。
世界の観測者、ピカピカ光る人は。
過去と未来に交信する男として世界を彷徨い続け、気まぐれに助言し、世界にちょっかいをかけ続ける。
そんな世にも哀れな道化の仮面を剥ぐものは現れるのだろうか。
願わくはそれが。
諦めの悪い、かそけくも消えない、一人の少女であらんことを……。
※ ※ ※
知己の全身のみならず心まで蝕もうとする、死に誘い操ろうとする力。
その魔性の花の痛みから、無意識のままに逃れようと、意識を飛ばすことで。
代価として知己に訪れたのは、いつか見たことがあるような気がしなくもない、夢……真実か虚実かどうかも分からない記憶、思い出の数々であった。
当たり前に傍にいて。
その一方で袂を分かつことになった仲間たちの来歴、想い。
知らなかったことが、何よりも罪で。
すべての元凶であると口にしたのは誰であったか。
相対することになった訳を、知己は確かに知らなかった。
そもそも知ろうとすらしなかったのは。
改めて受け止めきれぬ後悔として知己に襲いかかって。
……でも、だからこそ。
今その想いを知り得たからこそ、知己は思うのだ。
こんな風に夢に溺れ、囚われて、寝ている場合ではないと。
もう手遅れになるくらいに、自分自身の都合に皆を巻き込んでしまったのだから。
その責任を負う、償うなんて綺麗事はもう言えそうにないけれど。
ここまで来たら歌のように。
あるがままに自分らしく、等身大の我が儘で。
前へ前へ進むしかない。
自己中心にすぎるくらいに。
やらなければいけないことを為さなくては。
そう、決めた瞬間。
急激に熱くなる背中。
促される覚醒。
抗いがたい夢から、夢と混同する甘く優しい金縛る何かを引きちぎる勢いで。
知己は全身全霊を以て、まさしく歌の歌いだしのように。
大声で叫ぶのだった……。
(第408話につづく)
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