第402話、太陽が怖い僕の弱さも醜さも、そこからは見えてない



手始めに、目に付いた羅刹紅。

スパイクのついた篭手により愚直に正拳を突き立てんとする知己。



「おらあぁっ、お構いなしだっ!」


案の定、拳から生まれる七色の風の渦に巻かれるようにして紅い蝶が近づいてきたが、構わずどころかより一層ギアを上げて打ち抜いた。


その瞬間、知己の瞳は確かに周りの世界が止まっているかのように、ひどく緩慢にゆっくりと見えていたわけだが。

知己の七色の拳が、触れるか触れないかのタイミングで、紅い蝶はそのガラス細工のごとき見た目に反して相当な火力をもって爆発しているのが分かった。

 

力任せがウリな重戦士なごとき様相の知己ではあるが、その巌のような拳も実のところ、物理的にはむしろほとんどダメージを与える事はない。

何故ならその七色の拳は、相手のアジール、能力どころかダメージでさえも『なかった』事にしてしまうものだからだ。


それは、所謂『ファースト』の力である『オーバードライブ・リオ』にも言える事で。

当然のごとく圭太たちもそれを分かっていた上で、知己が触れるよりも先に爆発させる算段であったのだろう。



それは、先程移動する前の一戦でも同じで。

目的はおそらく目くらまし、あるいは法久を手始めに潰そうといった腹積もりだったのかもしれない。

……故に法久は、最も安全だと言える場所、知己の七色の鎧の中で丸くなり、爆発オチなどさせんとばかりに知己は躊躇なく拳をそのまま振り抜いていて。

 


ドッパァンッ!


ひどく渇いた音……それは音すらも奪っているからなのか……とともに、紅の蝶ごと羅刹紅のどてっ腹にシリンダーを通したかのように綺麗な大穴が開く。



 

「くおあっ!?」


如何せん七色の鎧を使う戦いなど、ほとんど経験がなく、あまりの手応えのなさに拳の勢いを止められず、前のめりにつんのめってしまう知己。

 

 

「わわ、知己くんっ、閉じてくるでやんすよっ!」

「マジかぁっ! これすら読んでるってのかよ!」


その辺りの事は、実際どうなのかは分からなかったが。

すぐに羅刹紅の体はドロリと溶け出し、包み込むどころかそのまま雁字搦めにして閉じ込めんとする勢いで。




「……ぬぅうああっ! グレイドルっ!!」


普段なら決して出さないような唸り声を上げ、みゃんぴょう……正咲が得意げになって使う、全身を使ってのきりもみ回転運動。

技でもなんでもなく、みゃんぴょう愛甚だしい知己が、時に可愛く、勇敢に必殺技を繰り出しているのを見ていつか自分も使おうと心に決めていたものでもあった。



花火のように撒き散らされる色とりどりの雷の代わりに吹き出すのは、七色の知己のアジールである。

羅刹紅は、声もなく空いた穴をさらに螺旋状に広げられ、亀裂入り結界するかのように四散したかと思うと、そこには溶けた氷すら存在しなくなっていて。

 



「これ以上、無駄になかったことになんかさせるんじゃねえぞっ! さもなくば異世ごとぶち壊すっ!」



回転し、竜巻を起こし飛び上がり、儚いものたちの群れを中空で睥睨しながら、知己は異世じゅうに響くかのような大声を上げる。


それは、先程までとは逆で、ナオと圭太を呼び出し、先に仕掛けさせんとする挑発でもあって。

それと同時に間違いなく知己の本音でもあって。

ナオたちからすれば、そのまま身を隠し続ける手も、人質の所在が分からない以上、ありだと思われたが。

 




「はっはあぁっ! やれるものならやってみるといい! 『パーフェクト・クライム』を我が物とした僕に叶うものかよおおっ!」


やっぱりどこからしくない、ひどく芝居がかったような朗々としたセリフで、ぬらりと群れの向こうから現れる、黒い翼を持ちしナオ。

その途端、黒い獣達……群れの影がゆらりと起き上がり、さらに黒い獣達の姿が増えていって。





「それでも、勢いのままに向かってこないところを見るに、存外冷静でやんすか」

「紅さんはいない……か。十中八九まともに取り合うのは、罠にかかるようなものだな」


 

威勢の良さの割には、やはりすぐには仕掛けてはこない。

このまま睨み合うのは知己たちにしてみればよろしくないのは確かで。

知己はそう言いつつも鎧を維持したまま前傾姿勢で倒れこむような勢いで、今度は力加減を間違わないようにと、真っ正直にナオに向かって突撃してゆく。





「ふははっ、まったく、素直すぎて泣けてくるよおおっ!!」

「……なっ!?」


波引くように、知己から逃れ離れていく、群れの取り巻きたち。

開けたその先には、凄絶な……何かに耐えるような笑みを浮かべているナオがそこにいて。




「―――【紅侵圭態】、サード。ハーデスト・エンド……」



その引いた一群の中に紛れ薄れるようにして、圭太は佇んでいて。

 



「『ハート・オブ・ゴールド』でやんすかっ!!」



静かに、力込められし呪を紡いたその途端。

逃れられぬ視界の先に、幾重もの赤く紅くアカい、

覚醒させるかのようにその存在を主張させる花が咲いていた。


一見、薔薇のようにも見えるそれ。

しかし、薔薇にしては花弁は余りにも大きく。



「そこまでするってのかよ!」


見出したのならば最後、もう二度と手放したくなくなるほどに、心奪われてしまう魔性の花。

数十は咲き誇るだろうその紅い紅い花々は、黒い翼持ちし化生となったナオそのものを受け皿とし、糧とし、その血を養分とするかのように、ナオの体に突き刺さり咲き誇っていた。


その様は。

正に死する花のごとく。


相手がこちらの手の内を知っているように。

『ハート・オブ・ゴールド』に類する能力を圭太が使って来るだろう事は、想像に難くなかった。



しかし、その出現場所を。

咲かせる場所を、ナオが受け持つ事など、どうして想像できよう。


あまりにあまりな自己犠牲も甚だしいナオの様を、分かっていても知己は目を逸らす事ができなかった。

すぐに死せる花のマインドコントロールめいた力が、知己に襲いかかる。


当然虹の鎧……すべての能力をなかったことにするはずのものを身にまとってはいたが。

それでも視線を覆う事などできるはずもなく。


それすら承知で精神を支配せんとする力の波を。

知己は打ち消さんと反抗抵抗するも、何しろ数が多すぎて。




「しまっ……っぐっ、がああああああっ!!」


打ち消そうとする力は、数の暴力……紅い花の支配する力にあっという間に飲み込まれて。

今まで聞いた事もないような、知己の苦悶の叫び。



いつまでも続くやもしれないそれは。

しかし唐突に途切れて。

そのまま虹のをも剥ぎ取られた知己は。

ぶすぶすと白煙を上げ、ぐらりとよろけて。


そのまま赤い大地と一体化するかのように。


その意思ですら、赤い赤い世界へと溶け込んでいく……。



            (第403話につづく)






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