第三十八章、『AKASHA~魚~』

第303話、飾らずに、君のすべてと混ざり合いたい今更だけど




Side:透影・ジョイスタシァ・正咲&阿海真澄




―――『プレサイド』、左肩付近。



バラバラにされてしまった中で。

偶然か必然か。

同じ場所に飛ばされた真澄と正咲。



相手の目論見には乗らないとばかりに逆走する前に。

どこか法久に似ていなくもない紅から示されたメッセージは以下の通りだった。



《 最終ステージは個人戦です。

【横隔膜】のフロアより上にある、『魂の宝珠』を【心臓の間】まで持ってきてください。

『魂の宝珠』があるのは、【脊髄の間】、【右耳】、【右手】、【左耳】、【左手】の五ヶ所です。

【心臓の間】には、三つの宝珠を掲げる杯があります。

つまり、五つある『魂の宝珠』のうち、三つを持って【心臓の間】へ辿り着ければゴールとなります。

その先には、あなたの望むもの……『脱出への道』があることでしょう。

あなたの目指す道は、【左耳】です。


魂の宝珠を獲得するために。

魂の宝珠の前には五つのルートごと様々な『試練』や、プレイヤー達を妨害する『敵』立ち塞がります。

【左耳】にあるのは『螺旋の試練』です。    》







プレサイドの主……天使の姉妹の父が、真澄たちに示してきた新たなゲーム。

参加料は、おそらく彼女らの魂。カーヴ能力者としての力。



どうして、こんなことに巻き込まれなくちゃならないのか。

自分の意思と足でこんなところまで来ておいて、真澄が考えてしまうのはそんな事だった。


思えば真澄は、カーヴ能力者どうこうではなく、同じチームのリーダーである阿蘇敏久に真澄という存在を認めてもらいたかったのだろう。

男性のように振舞っていたのも、体育会系で男同士の友情に篤い敏久がつくるその輪に加えてもらいたかったからなのかもしれない。


それは真澄にとって黒歴史と呼べるものに等しかったけれど。

真澄が真澄のままで初めて敏久に会った時、真澄は敏久との間にある明確な壁のようなものを感じ取っていた。


明らかに避けられ、自分の領域に入り込もうとするのを警戒している。

同じチームである、由伸や裕紀にはそんなことなかったのに。


それがなければ、真澄はきっと敏久の事をもっと知ろうって興味を持つことはなかったかもしれない。

半ばムキになって、彼らと同じであろうとした。同じ歩幅で歩こうとした。

仲間外れに敏感で、無理やり溶け込もうとしていた真澄は、その時から既に何かがおかしかったのかもしれない。


それは盲目。今まで知ることのなかった、真澄の新しい一面。

敏久に対し異常なまでに拘るその理由が、恋であるということに真澄自身が気付くのに、さほど時間はかからなかっただろう。




だけど。

その想いは、きっと敏久にとってみれば重すぎたのだ。

誰よりもその事を真澄自身が自覚していて。


同じものにすらなろうとしていたその気持ちは。

死のその瞬間、庇われ自分だけが逃がされるという最悪の形で袂を分かつことになる。



敏久が、真澄と過ごした記憶……カーヴ能力者としての力を失ってしまったと知らされたのは、それからすぐのことで。


真澄は多分、絶望したのだ。

多分なのは。

それが心壊れるほどに大きなもので、それからリアに会うまでの記憶がほとんどなかったからだ。



敏久は、男の誇りと呼ばれるものに従って、真澄を助けることに充足を得ていたのだろうが。

真澄にはそれが理解できなかった。


どうして、供にゆくことを赦してくれなかったのか。

そんな考え方の違いが、思えばお互いを隔てる壁の正体だったのかもしれない。




それから真澄は、心に虚ろを抱えたまま天使の少女に出会って。

そんなリアに導かれるまま、ここにいる。



それはきっと、真澄の我が侭だったのだろう。 

リアの姉であるまゆは、そんな真澄に優しいと言った。

かつては相対する敵だったらしい怜亜は、最終的には悪くないって言ってくれた。

本当は、一人になるのが嫌で、心を同一にしたい誰かを求めていた……敏久の代わりを探していたなんて言えるわけがなく。




そうして、流れ浚われるままに、今真澄は正咲と供にいる。

真澄にとってみれば、ここでこうして出会うまでは全く知らなかった、ある意味まゆより正体不明、目的不明瞭の、だけど心身ともに強烈な強さを放つ彼女とともに。



そう、ある意味正咲は。

真澄にとって目指していた理想を体現しているような少女であった。


強くて溌剌としていて、それでいて自由で。

明日ことは考えず悩まず。自信に満ち溢れている。

そんな彼女だからこそ、今でもずっと悩んでいる真澄の疑問を聞いて欲しくかった。



―――どうして、供にゆくことを赦してくれなかったのか。


ゆるぎなく前を向く彼女は、自分から逃げようとしていた塁に対する時のように。

そんな真澄をばっさりと切り捨てるかもしれない。


でも、それならそれで別によかった。

そう考えると、真澄はやっぱり心を同一にしたい誰かを求めていた……自身の抱えるものを知ってもらいたかっただけなのだろう。




「……自分勝手だよね。お互いにさ」


紅に示されたメッセージを無視し、ゲームにつきやってやる気さえさらさらない。


それが故の逆走。

真澄達たちは『左耳』と呼ばれる場所に向かうことなく。

直接ゴールのあるらしき場所、あるいは他の皆のいる所へ繋がる場所へと向かっている。



そんな中の、内々のやり取り。

そもそもは、ここまでに至った経緯をお互いに話そうってことになったからなのだが。


それまで真澄に視線を向けてその昔語り聞いていた正咲は。

僅かばかり視線を進行方向にずらし、そう呟いた。


ただそれは、真澄自身百も承知なことでもある。

その事を、正咲も分かっていたのだろう。

故に、真澄が何か言葉を返すよりも早く、正咲は言葉を続けた。




「でもいいんだよ。女の子はわがままで。って言うか、ジョイが真澄ちゃんの立場だったらゆるせないかも。男の子ってさぁ、自分を犠牲にして大好きな子を庇うこと、かっこいいって思ってるよね。ううん、それを自分たちだけの特権だって思ってる」


まるで、身に染みて体験した自分の事のように。やれやれとため息すらついて。

だけど、真澄にとってその言葉はどうにも捨て置けないというか気にしなければならない部分があった。


「あの、その……大好きって誰が誰を?」


思わず咄嗟にそう返すと、立ち止まる勢いで、ぽかんとする正咲。


「だれって、その敏久さんってひと、真澄ちゃんのこと好きなんでしょ?」 

「…………え? あ、えっ? そんな、本当?」

「そりゃそうでしょ。シチュエーション的に考えて。かばった相手はただの仲良しの友達でしたなんて、お話としてナンセンスだよ」

「そ、そうですか?」


冷静になって考えてみれば。

敏久の気持ちなんて正咲が知ろうはずもなかったわけだが。

そんなはずはないと思っていても、正咲の自信満々な態度に希望が生まれてしまう。


ただ、もしそうだとしたら、何をとち狂っていたのかって感じで。

かまってもらいたいからって、心を共有したいからって、何で男になりたいなんて思ったんだろう?

そして、どうやらそれは正咲も疑問に思っていたことだったらしい。


赤い、体内にも似た蠕動する洞窟の道を走っていることを忘れそうになるくらいの黙考の後、ふいに正咲は言う。




「ところで、ずっと気になってたんだけどさ、男の子のかっこするのって、はやってるの? 塁ちゃんもそうだし……あぁ、そう言えばまゆちゃんもそうだっけ。何でか知己さんとか、けんちゃんののまねっこしてたんだよ」



天使姉……まゆの件は、どうやらここに来る前の話らしい。

何でそんな無謀というか破天荒なことをしてたのかは知らないけど、確かにまゆは見た目さえ考慮しなければ、男っぽいような気がしていた。


男っぽいと言うより下世話の極み……じゃなく、下ネタ好きの男子中学生というか、台詞回しはちょっと邪気眼な厨二臭がすると言うか。


何てことを真澄が考えていると。

間抜けは見つかったようだなぁ、なんてまゆの嘲笑が浮かんではっとなる。


そんなこと知ってる時点でお前も同類だって言いたいのだろう。

しょうがないじゃないかと、真澄は心内で文句を返す。

だって敏久たちの輪に入れてもらいたくて、必死にいろいろ勉強したのだから。




「お姉さんや塁さんの事情は違うと思うけど、やっぱり僕はその場の空気を共有したかったんだと思うよ。おんなじになって、一緒に馬鹿なことしたかったんだ……」


事実、敏久たちには直接口でそんなようなことを宣言したはずだった。

それがいつしか、一緒の空気を吸うってことじゃなく、何故か男になるってことに方向転換してしまっていた。


本当に何をしていたのかと、今更ながらつくづく思う真澄である。

本当に男になれるわけじゃないのに、みんな戸惑っていただろうな、と。

思い起こせば、腫れ物を扱うような雰囲気があったのは、きっとそのせいなんだろう。




「できるよきっと、いっしょになってばかなこと。いまからだって遅くない。たとえ大好きな人だって、ぜんぜんできるよ。ジョイたちだってそうだもん」


まさしく、身をもって体験したと主張するみたいに正咲は言う。

それは、絶対的な自信に溢れた言葉。 

それに憧れる真澄でさえ、できるかもしれないって思えるくらいには。



「……そう言われてみればできそうな気がしてきたかも。あとは」

「こっから出なくちゃ、だよね」


一刻も早く、愛しい人の元へ。

だけど、まゆの言う所の、『皆で協力してこの異世を脱する』といった義理を果たさなくちゃいけない。

故に真澄たちは頷き合い、前方に広がる逆走の果てにあるはずの、終着点を見据える。




そこは、肉質めいた壁の立ち塞がる袋小路。 

だが、よくよく見るとその真ん中に何かをはめ込むようなへこみがある。


おそらく、そこに『魂の宝珠』とやらをはめ込むことで道が開かれる仕組みになっているのだろう。



「よぅっし! いっちょぶっこわし~」


もちろんそのためにわざわざ逆走したのだから、そう言う正咲の台詞は、予想の範疇ではあったが。


なんて言えばいいのか。

凄く楽しそうというか、わくわくという言葉が吹き出しで頭の上に出ているような、そんな感じで。


考えれば、まず壊せないだろう壁。

だからこそ挑戦しがいがある。


そんな正咲を見ていたら、自然と真澄自身の静脈を切るためだけに研ぎ澄まされた人差し指の爪も、止まろうというものだろう。


とはいえ、真澄の力を限界まで使ったとして、この目の前の障害を打ち破れるかどうかは微妙だったから、それはそれでよかったのかもしれないけれど。



「ジョイがやるんだからね、みててよ真澄ちゃん!」


本当になんのひねりもなく、子供のような正咲の言葉。

だけどそれはもしかしたら、自傷しなければ能力を発動できない真澄を慮っての言葉だったのかもしれない。


もう一生半袖が着られないだろう、幾重にもなって刻み付けられた、ストライプのごとき手首から手を離して。


真澄が意味もなくお手上げのポーズを取って見せて、正咲の言葉に応えると。

それで正咲は満足したらしい。


大きく一つ頷いて、ひまわりのような笑顔を見せたかと思うと。


刹那、その表情は一変していって……。



             (第304話につづく)






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