第304話、すべての水の流れを読み取って、とっておきはまだこれから
「……っ!」
真澄は、その劇的な……まるで人格が入れ替わったかのような正咲の変わりように、思わず息をのみ後退ってしまった。
魂まで凍えるような、獲物を狩る、研ぎ澄まされた捕食動物のような殺気。
それを、ここに来るまで何度か見たことがあったはずなのにも関わらず。
(な、なんでっ……)
そして、今更ながらに気付かされる。
真澄はその気配を、その殺気を知っていた。
今の今までは敏久にもう一度会わなければとか、探さななければと自身を誤魔化していたが。
それは、敏久たちを襲った……真澄たち『魔久』班(チーム)思い出を壊した殺気そのものだったのだ。
たとえそれが本人の意思でなかったとしても。
二度会い見えれば自分がどうなってしまうか分からない、そんな気配。
あるいは、もし会うことがあったのなら。
真澄はたった一つの言葉を期待していた。
今にも心壊しそうな真澄を癒し宥めてくれるのは、その言葉しかないと。
それは正咲でなはく、カナリのものだったはずなのに。
どうして全く同じ気配が、水の流れがそこにあるのか。
たとえ、一卵性の双子であっても、その身に流れる水が同一になることはありえない。
可能性があるとすれば、一つだけだった。
それはまさしく、一心同体であるもの同士。
ファミリアとその主。
思えば真澄は、『喜望』に身を置くことで、そのありえないはずの同一を数多く見てきた。
たとえば、『トリプクリップ』班(チーム)の桜枝マチカ、神楽橋コウ、釈芳樹の三人。
全く同一の存在でありながら、それぞれに個を持つように見せかけていた。
故に、正咲がカナリの事を口にしなかった理由は理解できる。
何故なら、ファミリア使いにとって、主とファミリアの明確化は不利に働くからだ。
理性ではそう考え、仕方ないじゃないかって思っているのに。
もしそうなら、正咲は真澄の話を一体どんな気持ちで聞いていたんだろうって、考えてしまうのだ。
カナリに対する、どうしようもない昏い気持ちに気付けないはずはないのに。
何故、何も関係ないような態度を取っていたのか。
別に、報復をしたいわけじゃない。やり返したいわけじゃない。
唯、たった一つの言葉をくれるだけで、真澄は納得できて昇華できるのに。
そんな風に考えていたからだろうか。
知らず知らずのうちに、真澄の爪は手のひら深くに入り込み、血が滲む。
雫となって落ちるそれは、飛沫残し無駄になることはなく、赤くどこまでも澄み切ったモノに変貌する。
それは、水の王の親愛なる眷属だ。
真澄の一度きりしか使えない切り札の一つ。無意識に作り出す、真澄のとっておき。
あるいは、使うまいと心に決めた禁じ手。
しかし、思えばその時真澄は、大いに勘違いをしていて。
それが、完全に具現化し、天高く飛び跳ねるよりも早く。
「暗闇を切り裂くように……っ!」
正咲の、まさしく歌と呼べるそれが、辺りに木霊した。
それは、敏久の腕を切り落としたものと同じもの。
分かっててやっているのなら、なんて残酷なのだろう。
(……?)
そんな事を考えるうちに、かえって真澄は少し冷静になった。
発現し損ねた眷属が、赤い飛沫となって乾いて消える。
そもそも、前提がおかしいのだ。
これでも協力関係になって、真澄は多少なりとも正咲の事を理解できるように努めていて。
何事にも、馬鹿がつくくらい真っ直ぐな彼女が。
果たして真澄の話を聞いて、何の反応もせずにいるだろうか。
どちらが主でファミリアかはともかくとして。
カナリとの繋がりを正咲が認識しているのならば。
彼女の性格を考えれば、何のリアクションも起こさないなんてありえない気がして。
(まさか、カナリさんのことを覚えていない……?)
正確には、カナリという人物そのものについてではなく、正咲との関係を、だ。
カナリと戦ったことを話した時、正咲は確かに彼女のことを知ってはいた。
しかし、カナリとの関連性は忘れてしまっている。
一体、それの意味するのはなんなのだろう?
基本的に蚊帳の外な真澄には、到底及びもつかない答え。
もしかしたら、まゆ辺りなら、何か知っているのかもしれないけれど。
「……光の筋よ疾れ! 『ホーリーナイツ・アンブライト』っ!!」
そんな事を考えている間にも繰り出されるのは、大地を走る光の波動。
真澄が知るもの、体験してものよりも何倍も大きいそれ。
これが、仕えるものと使うものの差か。
真澄は正咲の強さを十分理解していたつもりで尚、信じられない、なんて思ってしまった。
地面も空間も天井も、全てを切り裂き突き進むそれは、それでも小手調べの一撃なのだろう。
大規模破壊(ジャガーノート)か、大量殺戮(ジェノサイド)か。
周りに障害も味方もない時に、初めて扱えるような、大仰で無慈悲なもの。
少しでも鬱屈したものを向けてしまったことを後悔したくなるような。
慄き、耳を塞いでも尚聞こえる轟音。
光の筋で切り裂くはずのそれは、鋭利な切れ味を証明するものではなく、ただただ破壊する音。
どこから生じたかも分からない砂塵が晴れた頃には。
目の前の赤白い壁は見事に真っ二つになっていって……
「えっ?」
思わず驚きの声をあげてしまう真澄。
正咲の技がぶつかったその瞬間こそ、壁の向こうの見覚えある広間(おそらく、バラバラになる前にいた、『横隔膜』と呼ばれる場所の上階辺りだろう)が見えたのに。
まるで逆再生してるみたいに、赤く、それこそ肉感のあるピンク色ものが、その甚大なる裂傷を塞いでしまったのだ。
「むむ。やっぱり邪魔する気なんだ。だったら見せてあげる。ジョイのじつりょくはこんなものじゃないってことを!」
何だか、誰かに話しかけているみたいな、そんな問いかけ。
真澄はそれに再度はっとなる。
誰か、じゃない。
いつからそこにいたのか。
正咲が能力を発動してすぐ、だろうか。
あえて真澄の感覚で言うならば、ついさっき新たな『水の流れ』が生まれたのだ。
それは一見、人のもののようではあるが。
真澄には分かる。
分かってしまった。
その流れは、人の身体のみを循環していない。
この巨大で蒙昧な、気の遠くなるほどの水の流れの、小さな小さな枝葉の一つにすぎなかった。
簡単に言えば、この『プレサイド』と呼ばれる世界と繋がっているのだ。
つまりは、この世界の一部とも言える人物。
それを、真澄は二人知っている。
真澄がその流れの元を探そうと辺りを見回したのとほぼ同時。
「黄昏に秘めし光、瞬く輝石……っ!」
閉じかけた壁の向こうへと、放たれるは新たな……おそらくは先程の技より強きもの。
「我が力の前に誰もがひれ伏すっ……我、輝石持つ王なり! 『フォール・オブ・フォール』っ!!」
その瞬間、世界は秋色に染められた。
壁に向かって降り注ぐのは紅の……いや、それだけではなく。
大小様々な、数え切れない、色とりどりの星型のものたちに。
真澄の頭一つぶんくらいはありそうな、伝説の砂糖菓子……こんぺいとうのようなそれ。
その見た目と、広がる甘い香りとは裏腹に、間断なく目の前の壁を蹂躙する。
次々と、蜂の巣型の痣を作る壁。
すぐに再生が始まるが、今回の正咲は更に容赦なかった。
まるで、一度見ただけで再生の速度を把握してしまったみたいに。
再生の速度を超える勢いで、星が壁を削ってゆく。
しばらくすると、再び見えてくる反対側。
このままならいける。
更に速度を上げたのを見るに、正咲もそう思ったはずで。
その能力を発動することで多少なりとも自身がおろそかになっているだろう正咲の隙をつくならば。
まさにこの時、だったのだろう。
正咲のいる場所の僅かばかり背後。
足下の地面が盛り上がろうとしたその瞬間、真澄は既に駆け出していた。
あらかじめ気づき予測していた事もあって。
『それ』と正咲の間に割り込むことは容易いだろうと。
真澄は確信に近い思いを抱いていたわけだが……。
(第305話につづく)
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