第302話、通り過ぎないでここにいるよと泣かれればどうもしようもない



こゆーざさんとカナリが『喜望』としての命を破り金箱病院を飛び出して数刻あまり。


紅の大群を蹴散らし地上に降りたったのは、ちくまと麻理の二人であった。

何を隠そう、任を放り出して自分のしたいことをしようとしている第二組目である。



「麻理さんの行きたいところってどこなの?」

「う~んと、まずは電源のあるところかな」

「でんげん? って、あ、ちょっと。待ってってば」


失礼だけど見た目とはアンバランスな、エッジの効いた無駄のない動きで辺りを見回すと、比較的無事そうな建物に向かって駆け出す麻理。


見た目だけなら車いすとゴールデンレトリバーが似合いそうな深窓のって感じなのに。

なんてやっぱり失礼千万なことを考えつつ、ちくまは麻理の後を追う。



辿り着いたのは、病室と病室の間にあるリネン室だった。

目指すは、給湯用のシンク台、そこにあるコンセント。


麻理は今までずっと抱えたていた法久を降ろすと、頭のてっぺんをペタペタとたたく。

するとかちゃんと音がして、臀部から尻尾みたいなコンセントが飛び出してくる。



「いつまで経っても戻ってこないからさ、充電した方がいいかなって」


そのコンセントを差し込んだ麻理は、ちくまに説明するみたいにそんなことを言う。

それが充電中なのを表しているのか、法久は青い光を点滅させていて。



(カーヴの力に依る永久機関のはずだったけどな……)


ちくまは麻理の一連の行動が理解できず、首を傾げる。

二人して何のコントだろうとちくまは思ったが。


「もしかして、それが終わるの時間かかる?」


とは言えちくまにはよく分からないこの世界の風習があるのかもしれない、

なんて自分を納得させ、頷いてからそう聞いてみる。



「どうかしら。充電するの初めてだから」


返ってきたのは、答えにはならないどうもしようもない答え。

曖昧な言い方をするから駄目なのだ。


自分は急いでいることをちゃんと伝えなくちゃいけない。

そう思いたったちくまであったが、丁寧に両手両足を揃えて、法久を座らせていた麻理は、それより先に口を開く。



「これでよしっと。それじゃどうしよっか。ちくまくんってどこに行きたいんだっけ?」

「え、えっと。初めは滅びの原因になった現場でも見に行こうかなって思ってたんだけど……」

「けど?」


麻理の口調が堅い。

思わず口から出てしまった本音。

麻理からすれば日和見な観光客みたいな言葉に聞こえただろう。

救うためには不可欠だと言い訳しても、それは所詮部外者の戯言だ。


だから彼女はお冠なのかもしれない。

ちくまは前言を破棄するように首を振り、言葉を続ける。



「麻理さんの言葉を聞いて思ったんだ。どうせなら自分のしたいことをやろうかなって」


終わるその時も。

これから帰るために向かわなければならない場所も分かっている。


滅びの原因も、理解した。

回避するには、砂漠を緑化するほどの苦労と努力が必要なのも分かっている。

決してちくま一人では無理なのも分かっている。


しかし、やるべき使命と言うくくりで考えれば、今のちくまにできることはあまりなかった。

なら、やりたいことをやろうって、そう思ったのだ。

それはよくよく考えてみれば、先ほどの日和見発言と変わらないように思えたけれど。



「ちくまくんのしたいことって何?」


それは、まぁ聞かれるだろうなと思っていた言葉だ。

とは言え口にするのはなかなかに恥ずかしい。

少し前に同じようなことを聞かれてうまくはぐらかしはしたけど。


言わなきゃ駄目な雰囲気。

ちくまは、額をかきかき言葉を紡ぐ。


「差し支えなければなんだけどね。ずっと一緒にいたい人がいるんだ」


もう二度と、つらい別れはしたくないから。

さすがにそこまでは、言葉にならない。


「差し支えがあったらどうするの?」

「どうもしないよ。いやならいやでそれでいいんだ。……僕が知りたいのは、むしろその気持ちだから」


そんな虚勢は張ったけど。

拒絶された場合なんて考えもしなかった。

仕方ないと言っても、それはちくまにとって大きい。


いやだと言われた時点で、死ぬかもしれないとちくまは思う。

仮にそうならないとしても、使命にやる気なんて起きなくなるだろう。


本当は世界を救うことなんか二の次なのだ。

元々、ちくまはやりたくてやっているわけじゃなかったから。

ただ想いに対する答えを聞きたかった。

それだけだったから。



「そっか。ちくまくんすごいね。私には無理ね。ふられるの分かってて気持ち伝える勇気なんてないし。……ううん。それはいいわけ。今を壊したくないだけかもね」


しみじみと、麻理は呟く。

カッコつけた手前、本当は自分も怖いですとは言えず。

代わりの話の種を投入する。



「ふーん。麻理さんのその好きな人って、一発殴ってやる! って言ってた人?」


世界が終わるかもしれないこんな時に。

なんて益体もない話をしているのだろうかと思いはしたけど。

逆にだからこそ必要なのだと、同時にちくまは思う。


「あはははっ、まさかぁ。それは同性の友達みたいなもんだし。どっちかっていうと言葉の通りよ。隙あらばがつん!って感じ?」


本音。それは本当の麻理の姿だ。

見た目にそった清廉さより、少しワイルドなくらいがちょうどいい。

無理をしている普段を見ていると、その方が自然な気がしてくるちくまである。


自然なままでいられる人と、理想を演じてままで側にいたい人。

一体どっちがしあわせなんだろう。


ちくまには分からない。

それは多分、麻理にしか分からなくて。



「……って、こんな話してる場合じゃなかったよね。早く行きましょう」

「うん。それはいいけど法久さんは? 置いてっちゃうの?」

「本当は一緒に連れてきたいけど……法久は私のじゃないからね。黙ってくわけだし、連れてはいけないわ」


そう言う麻理は未練たらたらで、泣きそうだった。



「なんかごめん」

「もう。何で謝るの、ほら、急ぐわよっ!」


何というか、殴りたい友情より想い人とやらの愛より愛玩の情の方が強そうに見えるのは気のせいだろうか。

やっぱり女の子って分からない。

ちくまはそんなことを考えつつ、再び飛び出してゆく麻理を追いかける。


しかし麻理は、院内の敷地を出かけたところで、思い出したようにくるりと振り返った。



「そう言えば結局、ちくまくんってこれからどこに行くんだっけ?」

「特にどこと言うことはないんだけど……とりあえずこっちかな?」


麻理に問われ、ちくまは軽く目を閉じる。

魔精霊……この世界で言うファミリアは、魂にその存在の重きを置いている。

始祖と呼ばれる、過去全ての魔精霊の子であるとも言えるちくまには、その魂の足跡を追うすべがあった。


だからこそ、カナリが行方不明になったときにだってすぐに見つけられたのだと、今になってちくまは思う。


今、ちくまの進むべき道ははっきりと見えていた。

いや、むしろ初めからちくまにはそれしか見えていなかったと言ってもいいのかもしれない。


意識を取り戻してからすぐに上へ向かったのだって、そのせいだ。


ちくまには、たった一人の大切な魂。

今はカナリと呼ばれる少女の事だけが見えていて。




「『喜望』本社ビル方面か。もう、仕方ないわね。たまたま行く先が同じだし、途中までご同行させてもらうわ」


そんな言葉とは裏腹に。

麻理はなんだか嬉しそうだった。



「うん、よろしく」


だからそれに、ちくまも快く頷いた。

麻理の行く先にあるのは大切な人だろうか。


それとも殴りたいあいつだろうか?

なんて事を考えながら。

赤く黒く染まりだした世界に、二人は進むのだった……。






          ※      ※      ※





「ん……?」


それまでは、上下もわからない青いだけの世界だったのに。

気づけば何の憂いもなさそうな、平和でのんびりとした光景か広がっていた。


それは黄昏時の児童公園だ。

知己は、公園のベンチに一人、座っている。


あるはずのレミの姿がない。

と思ったら、そんなレミを一回り小さくしたような、晶や真琴に似たおかっぱの少女が知己に近づいてきた。


その腕に眠っているのか、四肢をだらしなく弛緩させた黒い猫みたいなのを重そうに抱えている。



「……わたしの夢の世界にようこそ。知己お兄さん」

「君は、今度こそ晶ちゃんだろ?」

「レミだよ。この世界ではこの姿でしか活動できないんだ。理解してくれ」


なんだか憮然とした様子で、レミは足をじたばたさせる。

その足は地に着かず、ふらふらしていて可愛らしい。

それを見ていると、知己はいろんな事がなんだかどうでもよくなって。


「うむ。かわいいから理解する。で? 己はここでなにをすればいいんだ?」


どうでもいいから聞きはしないが、さっきから身体が全く動かない知己である。


まるで、自縛霊か何かのように。

もっとも、自縛霊になったことはないから、あくまで想像の域を出なかったが……。


「これからわたしについてこの世界を見て回って欲しい。そうすれば、少しずつだけど知己お兄さんの知りたいことも分かるはず」

「それはまた凝ってるなぁ。己としてはレミちゃんから直接話を聞きたいんだけど」


何故そんなめんどくさいことを、とは思いはしたが怖くて聞けなかった。

なにが怖いのかはあえては言わないけれど。



「すまない。それはできないんだ。眠りたいのに、瓶ごと睡眠薬を飲むようなものだよ」


それに対して返ってきた言葉は。

特殊な感じに曖昧であったが、言わんとしていることは理解できた。



「つまり一度に全てを知れば、己は死ぬような目に遭うと?」

「心配しなくていい。少なくともお兄さんに危害は及ばない。わたしは……一応覚悟はしてるつもりだけどね」


なんて卑怯な問答だろう。

一瞬、当たり散らす場所の見あたらない怒りが、知己を支配する。

そしてすぐに脱力。



「分かった、言うとおりにする。だから人質の命は助けてくれ」

「物わかりのいいお兄さんで助かるよ」


ようは、従わなければ死ぬると言われたようなものだ。

知己が、両手は上げられないので雰囲気だけで降参のポーズを取ると、少女らしい笑みがほころぶ。


美弥さんピンチです、低めいっぱいでまったく打てる気がしません。

なんて懺悔なのかもよく分からない独り言を知己が心内で呟いていると、そんな知己にかまわずさらにレミは言葉を続けた。



「それでだ。聡いお兄さんならもうお気づきだろうが、お兄さんの今の姿では、この世界で活動できないんだ。だから代わりの入れ物を用意した」


ぼふっと。

黒くぺちゃんとしたものを知己の足の上に置く。

ぼわっと、やな感じの埃が舞う。



「死体ですか」

「まさか。そんなひどいことをするわけないだろう?これはぬいぐるみだ。よくできてるだろう?」


剥製の間違いじゃないのかと思うくらいよくできていたが、

メイドインジャパンと書かれているタグが緑の首輪に取っついているので嘘じゃないのだろう。



「きちゃないですね」

「……大切に長い間暮らしてきた相棒になにを言う、泣くぞ」

「ぬわぁぁっ!? わ、分かったから泣くなっ!」


某お父さんのごとき声を上げながら、知己は前言を撤回する。


「ぐすっ。じゃあ、『ジーニー』の中に入ってくれるのかい?」

「入る。入るから、入りますとも!」


嘘泣きっぽくてつっこみどころ満載であったが。

そのまま泣かせておくとガチで精神が死んでしまうので、知己は怒濤の三段活用を駆使してそれを受け入れてしまった。

レミが、にやりと人の悪い笑みを浮かべたのはその瞬間で。



「契約完了だ。」

「お、お? おおっ!?」


頭から何かにギュウギュウと吸い込まれる感覚。

それに痛みを覚える暇もあらばこそ。

知己は、黒猫のぬいぐるみに吸い込まれていて。



「ほんとはサンタさんの倉庫で10円だったよ」

「NOーっ!」


分かってはいたんだけど。

ジーニーになった体をふるわせて、思わず慟哭する知己。

だから知己は馬鹿なのよってよく瀬華姐さんにも言われるんだろうけど。



「安い買い物だったね。キキみたいに、話せる使い魔……もとい黒猫を飼うのが夢だったんだ」

「にゃうん」


あんまり嬉しそうにそう笑うから。

やっぱりなにもかもどうでもよくなってしまう、知己がいて。



そうして今、始まったのだった。


本当を知るための、新しい日々が……。



           (第303話につづく)






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